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4.卵焼きの味付けは出汁が至高

※サブタイトルは個人(作者)の感想です。

 一時騒然となった教室だが、朝礼でやってきた教師が鎮めてくれたのでなんとか治まった。

 俺と栞はどちらも外向的な性格ではないため、智弘以外に質問攻めをされることがなかったのはありがたい。俺は断じてぼっちではないが、友達が少ないことがこんな所で役に立つとは思わなかったな。


 そして昼休み。昨日は独りで寂しそうな栞を眺めることしか出来なかったのだが、彼氏となった今は一緒に食べる口実がある。四限の授業が終わった瞬間に弁当を持って栞の席へと突撃した。


「栞、一緒に食べよう」

「いいんですか?」

「いいも何も、俺が一緒に食べたいんだ。栞こそ大丈夫か?」

「私ですか? 私は……巻斗くんと食べるの、ずっと夢だったんです」


 そういった会話をしている間も男子の一部から憎しみの目線が届き、他からは歓声が上がっていた。これまで周りの目を気にしていなかった俺はスルー出来るが、栞はそうでもないらしい。気丈に振る舞ってはいるが耳まで赤くなっている。


「……場所変えるか?」


 俺の提案に、栞は何度も首を縦に振った。


 人のいない場所を色々と探したが、結局隣の空き教室に落ち着いた。

 灯台下暗しってやつだな。大正デモクラシーとよくごちゃ混ぜにされるアレ。


「無駄骨を折った気分ですね……」

「俺は楽しかったけどな。校内デートみたいで」

「……そういうこと言うのズルいです」


 正直な感想を述べると何故か怒られた。照れ隠しみたいだから本気じゃないだろうが、少し落ち込む。


 手ごろな席を陣取り、弁当を広げ、食べ始める。栞の弁当は色とりどりで美味しそうだ。俺の、白米にふりかけと海苔、揚げ物を乗せたなんちゃって海苔弁とは大違い。いや別に不満はないよ? スタミナがつくし。……あの、母さんは怒らないでくださいね! すみませんでした! 謝ります! 謝りますから!


「巻斗くんもお弁当なんですね……」


 母親に平謝りしていると、栞がシュンとした顔で俺の弁当を眺めていた。


「ああ、面倒なのに早起きして作ってくれる母さんには感謝だな」


 先ほどの挽回をするべく、母さんを持ち上げてみる。これには脳内の母さんもにっこり。


「え、巻斗くんの弁当を作るという至福の時間を面倒がる人類がいるんですか?」

「俺の弁当を作る時間を至福に思う人類こそ存在しないと思うぞ、俺は……」

「いますよ、ここに!」


 自分を指差す栞。さすがに小っ恥ずかしいことを言われたので、話を逸らす。


「……栞の弁当は美味しそうだな。彩りが豊かで、健康的って感じで」

「本当ですか! 実はこのお弁当、私が作ったんですよ!」

「へぇ、結構料理上手なんだな」

「そう言ってもらえると嬉しいです! これまでの努力が報われた気がします」


 ぱあっと明るくなった栞。その顔を見て、うまくいったと内心ほくそ笑んだ。大袈裟な気もするが気にしないことにしよう。


「実はですね。母が看護師なので、夜勤の日は自分でお弁当を作っているんですよ。今日はちょうど夜勤の日だったんです」


 悦に浸っていると、唐突に家庭事情を暴露し始めた。


「そんな簡単にそういうことを話していいのか?」

「巻斗くんにならいいんです」


なるほど、俺ならいいのか。…… うん、全く分からん。


「あの…。巻斗くんとお母様さえ良ければなんですが、これからは私が巻斗くんの分のお弁当を作ってもよろしいでしょうか?」

「何その垂涎ものの提案」


 栞が、おずおずとそう質問してきた。

今すぐ頷きたい所だが、ここは慎重に考えよう……。まずは俺が栞の手料理を食べたいかどうか。まぁ食べたいわな。めちゃくちゃ食べたい。見るからに美味しそうっていうのもあるし、栞の手作りというだけで俺にとってはどんな高級料理よりも価値のある代物へと変貌する。

 続いて母さん。母さんはたまに「朝早くから弁当を作るのが面倒い」と愚痴っており、高校に入って数日間はそれこそ栞の弁当くらい色とりどりだった弁当は、今や茶一色。「もう弁当を作らなくていいよ」と言ったら喜ぶだろうことは目に見えている。

 最後に栞が面倒かどうか。普通に考えると面倒なんだろうが……。


「栞は大変じゃないのか? 俺の分まで作るなんて」

「巻斗くんのためならどんな苦労も苦労とは思いません」

「それって大変ってことじゃないのか?」

「いえ、全然違います! 私は作りたいんです。是非作らせてください!」


 うーん、ここまで言われるとな。俺は食べたい、母さんは楽になる。栞も、俺の弁当を作る時間は至福の時間だし作りたいと言ってくれる。


「……それって誰も損しないな」

「そうなります、かね」

「わかった、母さんに聞いてみるよ。俺も栞の弁当食べたいしな。栞がいいならお願いしたい」

「本当ですか!」


 満面に喜色を湛え、ガッツポーズを決める。そんな栞に対して、少し仕掛けてみることにした。


 イチャイチャ作戦開始! 今回は、食べさせあってみたい! ……うん、もう隠す気はないよ。これは俺の欲望です。

 「栞の手料理が食べてみたい」と称して、自然にあーんを誘発する。そして今度は俺のもって言って食べさせる。表向きは両家の手料理の味見。裏向きは間接キスの誘発。その真意はあーんがしたいという俺の邪な欲望。

 どうですか隊長! この作戦、完璧じゃないですか!

 ……よし、決行。


「なぁ。その、さっき栞が弁当を作ってくれるって言ってたよな」

「はい! あ、巻斗くんって嫌いな物とかありますか?」

「栞が作ってくれたものなら何でも美味しいよ」

「食べたことないですよね……。あ、私の料理食べてみますか?」

「マジ? 食べたい!」


 おっと、栞の方から提案してくれたことが嬉しくてついはしゃいでしまった。


「はい、卵焼きです。卵焼きが一番料理の腕が分かるとも言いますからね。……って、どうしましたか?」


 口を開けて待っていた俺だが、栞はそれに目もくれずに卵焼きを俺の弁当の中へと移した。

あ……と言いかけた俺を見た栞が心配そうに見つめてくる。しかしな! 言えるわけないだろ!


「いや、何でもない。何でもないんだ」

「もしかして、私が口をつけた箸が嫌だったとかですか? それならすみません、配慮が足りませんでした」

「それは、本当に全然気にしてないっていうか、むしろ嬉しいっていうか……」

「……嬉しい?」

「あ、えーと、まぁ……うん」


 うう、居た堪れない。気持ち悪いって思われたよな。……顔を紅潮させているな。大丈夫そうだ。


 ホッとした俺は、卵焼きを頬張った。

 ……出汁ベースで、甘くないタイプの卵焼きだ。我が家も出汁派なので、非常に好み。しょっぱめの卵焼きってほんと美味しいよな、甘い卵焼きは俺にとってデザート感覚だからな。ご飯には合わないんだよな、どうしても……。

 その点この卵焼きはご飯が進む。ふっくらとした食感も、生半可な技術ではもたらされないだろう。


「めっちゃ美味しい」


 だが俺は食レポなんて出来ない。最上級の褒め言葉でしかこの美味さを表現することは出来なかった。


「本当ですか? お口に合ったようで良かったです」

「卵焼きっていったらやっぱりしょっぱめの味付けだよな」

「巻斗くんもそう思いますか? 世間では甘めが主流みたいな所があるじゃないですか。だから少し肩身が狭かったんですよ」

「分かる。出汁派はもっと人権があってもいいよな!」


 変な所で意気投合してしまった。ちなみに、俺が出汁派なのは、だし()()卵に親近感を覚えたから……というのはしょうもなさすぎるので誰にも言ったことがない。


 さて。あーんをしてもらうことには失敗したが、逆はまだチャンスがある。気を取り直して、あーんをする作戦を決行しようと思う。


「お礼と言っては何だけど、俺の弁当も食うか?」

「え、いいんですか! 巻斗くんを育てた家庭の味……。気になります!」

「はい、どうぞ」


 目をキラキラさせる栞に、エビフライを差し出す。弁当の中に入れない俺に首を傾げた栞だが、すぐ意図に気付いたのか慌て出した。


「あ、あれですよね! 恋人同士でやるあれ! ……はい、分かりました! い、行きますよ……あむ!」


 目を瞑って、頭からエビフライを頬張る栞。別に狙ったわけじゃないが、細長いものを食べるのって何か色っぽいな……。

 なんて思っていると、飲み込んだ栞がほぅっと息を吐いた。それも色っぽい! 反則! 罰として、俺の脳内に永久保存の刑!


「……これが巻斗くんの家庭の味。なるほど、勉強になります」


 母さんの料理で何を勉強するのかは分からないし多分冷凍だが、幸せそうなのでオッケーです。

 ……それより、この箸。今栞が咥えたんだよな。


「間接キス……」


 俺の呟きを、栞は聞き逃さなかった。


「あ、あわわ……。そういえばそうですね! ごめんなさい!」

「いや何で謝る!?」

「嫌かな、と思いまして。あ、でもさっき嬉しいって……。うう……!」


 顔を両手で隠しているようだが、その手まで赤いの可愛すぎませんかねうちの彼女。

それを眺めながら弁当を食べ進めた。


 いつもは味気なく感じる弁当が、やけに美味しく感じた。


 ……あ、今のナシ! いつも美味しく戴いてますよ! あはは、早起きして弁当を作ってくれる母さんには感謝してます! いつもありがとうございます! だから、包丁を振り回すのはやめてください!


 ……俺の脳内母さん、怖えぇ。

現実の母さんにも弁当の感謝を伝えないとな、うん。

巻斗くんと作者の卵焼きの趣向が同じなのは、ただの偶然です。本当に。


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[良い点] サブタイトルわかる
[一言] ntr前に押·し·倒·せ
[良い点] あま~~~~~~~~い。 いいです、この甘さとてもいいです。 [一言] 更新がんばってください。
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