3.イチャイチャ作戦、始動
人生初の彼女が出来た次の日。帰りがけに、駅で待ち合わせをして一緒に登校しようという約束をしていたので、少し緊張しながら電車に揺られていた。俺の家は学校の最寄駅から北に三駅揺られたら着く枕上駅の付近にあるため、電車通学。
栞はどうなんだろうか。昨日は駅で解散したが、ホームに入る素振りは見せなかった。徒歩かバスなのかな? まぁ、こんなぎゅうぎゅう詰めの中にいて痴漢なんかされたら大変だし、それならそれでいいんだけど。栞に痴漢してくる奴がいたら原型が残らないくらいに懲らしめ……っと、思考が不味い方向に飛んでいたな。
それはともかく、俺は今日から栞とイチャイチャしまくろうと考えている。これは言わずもがな寝取られ対策であり、決して、栞が可愛すぎてずっと一緒にいたいからというわけではない。栞が可愛すぎることには完全同意だが。
というわけで、登校時間というのはその第一段階ということになる。つまり何が言いたいかというと、栞と恋人繋ぎで登校したいということ! ……欲望がダダ漏れですねもう認めますはい。
脳内で理性と欲望が争いを続けていると、いつの間にか学校の最寄駅の「上枕中」に到着していた。
悶々としながら改札を潜る。すると、目の前が光に包まれたような感覚に陥った。
「あ、巻斗……くん! おはようございます」
その光の中心にいたのは栞だった。まだ名前呼びに慣れていないようで、頬を赤らめている。
背中に天使の羽が生えているような気がしたが、気のせいだった。恋って怖っ。こんな変わるもんなん?
「栞、おはよう。待った?」
「いえ、今来たところです」
そうそう、これだよこれ! 人生で一回はしてみたいこのやり取り。まさか自分がこの会話をする側に回るなんて、先週あたりの自分に言っても信じなかっただろうなぁ。
感慨に浸っていると、栞が何やらメモ用紙を握っていることに気付いた。
「それ、どうしたの?」
「あぁ、これですか。巻斗くんのことを待っていたら見知らぬ男性に声をかけられまして……。私、結構人見知りなんですよ。それで何も答えられずにいると、このメモ用紙を無理やり握らされちゃいました」
眉を八の字にする栞。メモ用紙を確認すると、名前と電話番号、メッセージアプリのIDが書かれていた。
あー、これナンパってやつか。まさかこんな朝早くから仕掛けてくる奴がいるとは……。
「……俺だってまだ栞に連絡先教えてないのに」
そう呟きながらメモ用紙に書かれていた連絡先に電話をかける。
『もしもし……あ、さっきの子?どうした?やっぱり遊ぶ気に……』
「どうも。さっきの子の彼氏ですが!」
早口で捲し立てるナンパ師に対し、出来るだけ低い声で答える。「彼氏」は出来るだけ強調しておいた。
「俺の彼女が怖がっていたみたいなんで、そういう行為はやめてもらえませんか? こんな朝から、気の弱そうな子に声をかけるなんて! 人として………あ、切れた」
くそう、みっちり「教育」してやろうとしたのに逃げやがったな。
「ありがとうございます。巻斗くんは相変わらずかっこいいですね」
通話終了の画面を眺めていた俺に声をかける栞。相変わらずってどういうことだろう。
いや、そんな事より確認しなければいけないことがあるな。
今来たばかりなのにナンパを受けていたなら、相当な悪運の持ち主ということになる。
「栞、何時から待ってたの?」
「え? あ、そうですよね。今来たっていうのが嘘っていうのバレちゃいましたね。でもカップルの待ち合わせではそう答えるって話を聞いていたので……。悪気はないんです」
「俺はそこには一切怒っていないぞ。俺もそう答えていただろうし。まぁ嘘をつかれたのは少し落ち込んだが……。それより、どれくらいの時間待ち続けたのかが気になる」
「あの……、その、登校するのが楽しみすぎて、早起きしすぎちゃいまして……。駅に着いたのは七時くらいでした」
現在時刻は八時ちょうど。ほぼ一時間も駅前に立っていたことになる。
ノーガードで一時間待ち続ける美少女。ナンパ師からしたら格好のカモだろうと容易に予想出来る。
「栞……。君みたいな可愛い子が一時間も待ち続けるなんて、悪い大人に狙われてしまうだろ! 現に声をかけられてしまっているじゃないか!」
「私、可愛いですか?」
「当たり前だろ、栞は可愛い。可愛すぎてさっきは天使に見えたし」
「そ、そうですか。そんなにですか。えへへ……」
その笑顔もまた可愛いんだよな……。
って、話が逸らされているじゃないか! この策士め!
「とにかく! そんな長い時間一人でいられるのは彼氏としては心配なんだ。だから、連絡先を交換しよう」
「え、どうして連絡先の話になるんですか?」
聞いておきながら、栞は既に連絡先の登録ページを開いている。
「そうすれば何らかのイレギュラーが発生してもそれを伝えられる。それに……。いつでも、栞の声が聞けるようになるじゃないか。電話していれば、一人ぼっちだとは思わないだろ?」
理由を伝えながら連絡先とメッセージアプリの登録を終わらせた。栞のアイコンは女児向けアニメのマスコットキャラクターだった。意外と可愛らしい趣味があるんだな、と少し微笑えましく思える。俺がなぜ女児向けアニメのキャラが分かったのかに関しては触れないでくれると嬉しい。
「ほい。またナンパに遭ったら俺に電話しろよ、追い払ってやるから。あと、俺との登校を楽しみにしてくれるのは嬉しいけど、あまり早いと心配だから程々にな」
「心配してくれてありがとうございます。そうしますね」
そう言って栞はスマホを大事そうに撫でた。鞄にスマホをしまうのを見届けて、手を差し出す。昨日は躊躇していた栞だが、今日はすんなりと握ってくれた。しかしこの握り方は普通。俺はこっそり握り変えようと奮闘する。
「ちょっと、巻斗くんの指が暴走してますよ?」
「そうだな。俺の指は違う繋ぎ方を御所望のようだ」
「え、それって……」
急に手に伝わる体温が上がるのを感じた。力が緩んでいるようなので、その隙に手を繋ぎ変える。指と指を絡ませる、恋人繋ぎが完成した。イチャイチャ作戦の第一段階、無事突破。隊長、俺やり遂げました! これも全てご指導のおかげです!
俺は脳内に突然現れた謎の隊長に感謝を告げた。
……それにしても、普通に繋ぐよりも触れる肌面積が広いなこれ。だから恋人としかこの繋ぎ方をしないのか。
栞は恥ずかしさが爆発したのか、握る力を強めてきた。ちょっと痛いけど気持ちいい……。あ、俺Mじゃないからな!
「……………」
「……さ、行くぞ! 遅刻したら困るし」
二人とも顔真っ赤のまま学校への道を歩いていく。ずっと無言で、気まずい。それでも、二人とも手を離す素振りは見せなかった。他の生徒からの目線は痛かったが、そんな理由で離したくはなかったし、栞も手を握り締めているので離せない。結果、下駄箱前で離すことになった。なったのだが……。
「マッキー、昨日の今日だぞ……?」
手を繋いでいる所を智弘にまで目撃されてしまった。
「智弘か、おはよう!」
「おはよう……っておい、スルーするな! いや俺は確かに応援するとは言ったぞ? 言ったけどな、次の日にここまで進展しているなんてさすがに予想外だぞ……」
「ほんとそれな。展開が早すぎる。当事者ですら困惑してるからな」
「ずっと思ってはいたんだ。お前って見た目はカッコいいんだから、いつも放っている『話しかけるなオーラ』さえなんとかすればすぐに彼女が出来るだろうって。それでもな!まさか、一日もかからずにモノにするとは……。どうやって落としたんだ? いやテクニックが知りたいとかじゃなく、純粋な興味で」
「いやー……。まぁ、カッコいいっていうのはお世辞としてありがたく受け取っておくとして、どうやって落としたか、か。うーん、落としたっていうか、最初から落ちてたっていうか……」
「……あの、巻斗くんの友達の立花くんですね! 昨日から巻斗くんの彼女になりました水谷栞っていいます! これからよろしくお願いします!」
俺が答えに困っていると、栞が急に自己紹介を始めた。と思ったら、すぐに俺の背中に隠れてしまう。
「いや……、ほんと何をやったんだ? 水谷さんって結構な人見知りのはずだよな。めちゃくちゃ懐かれてんじゃん」
「俺もよく分からん……。てか、智弘は栞が人見知りだって知ってんだな」
「それは周知の事実だと思うが。寧ろなぜマッキーは知らないんだ。他人に興味なさすぎじゃないか?」
「今に始まったことじゃないだろ。昔からだ」
「あの、私が巻斗くんに告白したんです」
困惑する俺たちに対し、栞が背中越しに発言した。そのせいで背中に声の振動が届き、ゾクっとする。恐怖によるものではなく、気持ち良さから来る身震い。……なんか変態チックになってしまった。それを気にせずに、栞は話し続ける。
「だから、その……。巻斗くんに落とされたってわけではなくて、いや、その……落とされたのは間違いないんですが、昨日から好きなんじゃなくて、中学の頃からずっと好きなんです!」
ダイレクトに好意を伝えられて真っ赤になる俺だが、智弘は冷静だった。
「中学? 水谷さんって俺たちと出身中学違うだろ?」
「いや、あの……塾が同じだったんです。通ってた塾で同じクラスでした」
新事実発覚だ。俺はそんな前からこの可愛い子と知り合いだったのか。しかもその時から好きでいてくれていたなんて。ああ、もっと早くこの可愛さに気付けていれば……。
「なるほどな……。そうだったんだな、マッキー」
「いや初耳だ。塾の人なんて一人も覚えてない」
「……お前に聞いた俺が間違っていたよ。でも、それなら水谷さんはかなりラッキーだな。だってマッキーが水谷さんのことを意識し始めたのは昨日からだし」
「そうだったんですか? ……私は、相当な幸せ者なんですね」
肩を握る手の力が少し弱まったのは気のせいだろうか。
それはともかく、俺と栞に対する尋問が終わったようなので三人で教室へと向かった。今の会話で緊張が解れたのか、栞は背中越しじゃなくても智弘と会話ができるようになっていた。智弘と話すときの俺の手を握る手は少し固まっていたが。俺が優しく撫でてやると力が緩むのが楽しかったのは秘密。
手を握ったまま教室に入る。もうすぐ朝礼の時間ということでクラスメートは殆ど登校していた。そんな中へ突入することになったので……。
「あの二人いつの間に!?」
「荒川……お前はずっと仲間だと思ってたのに……」
「さっさと爆発しろ」
「非モテ男子どもは祝福する気がないのかね……。私はお似合いだと思うけどね。荒川くん顔はいいじゃん」
「でもどことなく怖いだろ? こう、人を寄せ付けない何かを放っているっていうか……。水谷さん脅されているんじゃないか?」
「正直、あいつは生涯ぼっちだと思ってた」
「願望を押し付けなさんな。あんな幸せそうな水谷さんの顔見たことある? ……あ、固まっちゃった」
「うーん、真っ赤な荒川くんもなかなかレアだよねー」
教室中が大騒ぎになってしまった。色々な憶測などが飛び交う中、俺と栞は真っ赤になって硬直。
「付き合った初日からラブラブすぎるからこうなるんだよ」
にししと笑う智弘に、何も言い返せなかった。