2.最高の結婚式にしよう
校舎裏で待っていたのは、ちょうど俺の脳内で妄想が繰り広げられていた、水谷さん。
顔を真っ赤にして目をぎゅっと瞑る教室とは全く違う様子に、不覚にも心臓を貫かれてしまった。
俺が来た事に気付いていないようだったので、恐る恐る声をかけてみる。
「あのー、ここに俺を呼んだのって、水谷さん?」
「へゃっ!? 荒川くん! いつの間に……?」
「たった今。それで、この手紙って俺宛てなの? 下駄箱間違えたりはしてないよね?」
そう言って、ラブレターを水谷さんに向けて翳してみる。妄想が現実になることなんてそうそうないだろう。どうせ下駄箱を間違えたってオチ。傷付くなら早い方がいいので、先制でそう尋ねてみた。
間違いじゃ無かったら心臓が持たないだろうし。まぁ間違いだとしたら軽く自害できるけど。あれ? どっちに転んでも俺は死ぬのでは?
我が生涯に一片の悔い……あるな。もっと水谷さんの可愛さを味わいたかった……。
……俺は完全に初恋の熱に当てられていた。
「間違ってません! 私が呼び出したのは荒川くんです。はい、合ってます。そうです。そうなんです! あ、いや、あの、えっと……」
過剰肯定しながらひとしきりテンパった後に深呼吸を挟み、
「もしかして、迷惑、でしたか……?」
上目遣いで聞いてくる水谷さん。生涯の悔いが溶けていくのを感じた。
「いつでも呼び出してもらって構わない」
「え? そ、そぅ……え!?」
気付けばそう答えていた。ちなみにこれは本心。脳が別の思考に追いやられていたので言葉を取り繕う暇なんて無かったのだ。
別の思考というのは、水谷さんが呼び出したのが俺だという事実。何故俺なのだろうか。告白はないとして……。ああ分かった! 友達になってくださいってやつだ! 今日ずっと観察していて分かったことだが、水谷さんには仲のいいクラスメートがいない。そこで、同じく静かにしている俺に白羽の矢が立ったのだろう。いやぁ、紛らわしい事はやめてほしいぜ。
「それで、話って何?」
何を言われるかは理解したものの、ここは水谷さんの口から言わせるべきだろう。そう結論づけ、話を促すことにした。
「あ、はい! あの……わた、わた……、わたし……」
あがりまくってる水谷さんがかわいい。がんばれ! ここで勇気を出せれば友達百人も夢じゃない! 俺は友達少ないけど智弘なら紹介してやれるぞ!
深呼吸し、真剣な表情になる水谷さん。覚悟が決まったようだ。
「荒川くん! 私と……私と……、結婚してください!」
「ぐはぁっ!!!!」
「あ、しまったつい願望が……って荒川くん!?大丈夫ですか!?」
水谷さんの爆弾発言に、ギリギリの所で耐えていた俺の心臓が決壊する。結婚してください、だと!? 友達になるお願いじゃ無かったのか…! 完全に予想外だ。俺の妄想でもそこまでは行ってなかった。
友達や恋人をすっ飛ばして結婚。結婚……。結婚!? いや、いくら何でも展開が早すぎないか? 別れ話の夢を見たのは今朝のことだというのに……。
しかも願望とか言ってたなこの人。何、俺と結婚したいの? そんなぁ……。挙式はいつにしよっか。
俺の脳内に結婚式のテーマが流れ始めた。俺のもとに歩いてくるのはウェディングドレスの水谷さん……いや、栞。顔にかかるベールを取ると、つぶらな瞳が俺のことを見つめていて……。
「最高の結婚式にしような、栞」
「ななな何てことを言ってるんですか荒川くん!!」
朦朧とした意識の中、俺はとんでもないことを口走っていたのだった。
「今のなしです! なし! もう一度やり直させてください!」
「えー、無しなの……」
リセットがかかったことで正常な思考に戻った俺。……戻ったよね? 何も変なこと言ってなかったよね?
俺の安否を確認した水谷さんは、改めて姿勢を正した。軽く呼吸を整えて、目を閉じる。それを見て俺も立ち上がり、背筋を伸ばした。
「荒川くん。私と、付き合ってください!」
「こちらこそよろしくお願いします!」
「え……?」
俺の即答に瞳を潤わせる水谷さん。ここまできてなんて言われるか分からないほど俺も鈍感じゃない。そして、俺も好きなのでもちろん返事は決まっている。
「なんで……?」
「なんでって、その……俺も、好きだから、だよ」
「え、好き? 私がですか?」
「他に誰がいるんだ」
そう答えた瞬間、水谷さんの瞳の堰が決壊した。ドッキリのネタバラシをされたような、きょとんとした表情だったのに、それが一気に崩れていく。
「私も、私もずっと好きでした。ずっとずっとずっと、大好きでした。これからよろしくお願いします!」
「好き」って言葉の強さを初めて体感した。たった二文字なのに全身を揺さぶるんだな。
「う、うん。よろしく」
拝啓、今朝彼女が出来るわけないと煽ってきた妹と万が一とか言いやがったお母さま。
あなたがたの予想に反し、最高に可愛い彼女が出来ました。ははは、ざまあみろ。
「あの……荒川くん?」
「どうした?水谷さん」
クズ思考に走っていた俺に優しく呼びかける彼女。やっと落ち着いたようだ。鈴の音のような声が耳をくすぐる。
「さっきみたいに、下の名前で呼んでくれませんか? あと私も、下の名前で呼びたいです」
「さっき? 俺下の名前で呼んだっけ……。まぁ俺のことは何と呼んでも構わないよ」
俺は水谷さんとしか呼んだことがないはずだ。何の話だろうか。
「ほら、私が言い間違えた後に……。あ、やっぱりいいです忘れてください!」
「栞」
「ほぇ!?」
何故か慌て出す栞に対し、優しく呼びかける。なんかこれ小恥ずかしいな。でも心が暖かくなる気がする。そして鳴き声も可愛らしい栞。
「巻斗……くん? うう、何かこれ恥ずかしいです」
「栞! 栞、栞、栞、栞、栞、栞ぃぃぃ!!!」
「はうぅ……! そんなに呼ばないでください……」
恥ずかしさを紛らすために名前を連呼してみる。栞は既に茹でだこだ。
「……そろそろ帰ろうか」
「はい……」
赤面したまま頷き合う。そのまま固まってしまった栞に対し、俺は手を突き出す。
その手を見た栞は、きょとんとした顔になった。
「どうしました?」
「いや、付き合ってる男女って手を繋ぐもんじゃないのか?」
「はっ! そそそそうですよね。私はま、ま、巻斗くんの彼女、彼女……なんですし。彼女、彼女かぁ……」
あ、俯いちゃった。最初から飛ばしすぎたかな。
かのじょ、かのじょ……とボソボソ呟いているのを見てちょっと反省。
「嫌だった?」
「そんなわけないじゃないですか! 私も……その、したいです」
そう言って俺の手を握る栞。強張ってはいるが、怖がっているわけではなさそう。寧ろ嬉しいようで、掌から温もりが伝わってくる。
問題は俺の方だ。自分から仕掛けたというのに、今になって緊張している。手汗大丈夫かな、一応手は欠かさず洗ってはいるんだけど……。栞の発言も、何だか手を繋ぐ以外のことを連想させるからズルい!
そんな初々しい思いを浮かべながら、二人並んで家へと帰った。
◆
「彼女、かぁ……」
家に着いた後、自室で独りごちた。
今日はなかなかに濃い一日だったな。
彼女と別れるという悪夢を見て、初めて恋をして、その人と付き合うことになって……。
うん、濃すぎるな。胃に悪そうなラーメン屋よりこってりしてる。
そんなことより手だよ。手。
栞の手、暖かかったな。
その温もりを思い出し、ベッドの上で足をばたつかせてしまう。
夢の中の俺も、彼女とああいうことしてたのかな? いや、あいつはだいぶ冷めてたししてなさそうだな。
思えば、あんな夢を見る前は彼女なんて欲して無かった気がする。彼女が出来てもぞんざいに扱っていたかもしれないな。そう思うとあの夢を見てよかったように思えてくるから不思議だ。
……いや、それはないか。彼女が出来てしまった今、別れの夢なんて二度と見たくないわい。
それにしても、夢の中の彼女と栞はどこか似ている気がするんだよな。俺が好きになったからそう思っているだけなのか、本当にあれが栞なのかは分からない。夢なんて起きたらすぐに忘れてしまうもんだ。
ただ一つだけ確信していることはある。
あの夢の二の舞は、絶対に演じない。
あんなに可愛い彼女なんだ、逃してなるものか。ましてや夢の中の俺みたいに構ってあげないなんて絶対にしない。寧ろ愛でまくる!
夢の中の彼女は「一切構ってくれない俺に日々心をすり減らされた」と言っていた。なら俺はその逆をやってやるだけだ。構いまくって、彼女の心を満たし続ける。そうして、他の男が入る隙間なんて無くしてしまえばいい。
待ってろよ栞。明日からしつこいくらい全力でイチャイチャしてやるからな!
この物語は、どうせフィクションです。