13.奪われた彼氏
「放送部!?」
「はい。私、放送部に所属してるんです」
金曜日の昼休み。
栞が衝撃の事実をカミングアウトした。
俺は帰宅部なので、栞もそうだと勝手に思っていた。しかし、よく考えれば別に部活に入っていたとしても不思議はない。部内のコミュニケーションは心配だが。
問題はそこじゃない。部活の種類である。
「え、栞って人見知りなんだよな……?」
「はい。巻斗くんだからこそ、こうやって話せているっていう所はあります」
「放送部って……。放送、する部活だよな? 学校全体に向けて」
「そうですね。うちの学校には放送委員はないので、放送関連のことは全て放送部が取り仕切っています」
うちの学校は、珍しく放送委員会がない。その代わりに放送部が活発に活動している。というのも、部活というのは名ばかりで委員会決めの時にクラスから一、二名は選出されるのだ。
じゃあ委員会でいいだろってなるじゃん? でも放送部からは部活として活動したいって要望が出てるんだって。
「それじゃあ、押し付けられたのか?」
「自分から入部しましたよ」
「なぜ……?」
その活動内容からして、人見知りにとっては一番の苦痛になり得る部活だと思うんだが……。
「巻斗くんから、元気をもらいましたから。その元気を腐らせないためにも、人見知りの改善に努めていこうと思って、入部したんです。獅子の子落としとも言いますからね。あれを自分に課してみたって感じですかね、放送部に決めた理由は」
「なるほど……。栞は努力家だ」
自分からキツい場所に飛び込んで成長するなんて、普通なかなか出来ないだろうに。
加えて、そこまでするほど栞が俺に感謝していたことが伝わってきて、ジーンときた。
俺も、栞の人見知りが改善できるように手伝いたいな。俺に出来ることならなんでもする気概だ。
「そう意気込んでみたはいいものの、なかなか克服出来ないんですけどね……。部員の皆さんも私が人見知りなことは分かってますので、『慣れるまでは無理して放送しなくて良いよ』って担当を代わってくれるので、甘えてしまっています。それに加えて部室で人見知り克服の特訓を手伝ってくださって、ほんと、私って助けられてばかりですね……」
「へぇ、放送部って結構優しい人が集まってるんだな」
てっきり、嫌々やっている人ばかりだと思っていた。意外と楽しんでいる人も多いのかもしれない。まぁ、そうじゃなきゃ部活のままで継続してという声も出ないか。
「俺は栞に助けられてばかりだけどな」
「そんなことないですよ! 私は自分がしたいことをやっているだけですし」
「いやいや、栞はもっと自分に自信を持った方がいい。現に、俺は栞と付き合ってから価値観がガラリと変わったからな。前は他人になんか興味を持ったことがなかったのに」
「どう変わったんですか?」
「今の俺はな……」
ちょっと溜めてみる。栞が期待の目線で見つめてくるので、その期待に答えねばな。
「栞、命だ」
カァァッと赤くなった栞は、照れ隠しのためか話を逸らした。
「……あとですね、巻斗くんへの告白の、後押しをしてくれたのも、部員の皆さんなんですよね」
「そうか……。確かに、ただでさえ人見知りな栞が告白なんて、一人の行動力じゃ無理があるかもな」
「そうなんです! ラブレターを書いて、下駄箱に入れる所も付きっきりで、逃げそうになる私を支えてくださったんです!」
「ふむふむ……。それなら、その子達に俺もお礼を言わねば」
「へ? お礼? 巻斗くんが、ですか?」
こてん、と首を傾げるしおり。その姿をカメラに捉えて、話を続ける。ちなみに俺のスマホの写真フォルダは、今や栞の写真で一杯だ。
「なんせ、その子達のおかげで、こんなに幸せな暮らしが出来ているようなもんだからな」
「幸せ、ですか?」
「ああ、今までの人生で一番幸せだな。栞との生活は」
あ、また赤くなった。
恥ずかしさが限界突破したのか、栞は捲し立てるように話しだした。
「と、とにかくですね! 今日の放課後は放送部で来週の放送担当の曜日決めがあるので、まぁ私は担当にはならないので関係ないんですが、でも! おサボリはいけないと思うので! ……確かに、先週はサボっちゃいましたが、それでも今日は出席するので! 終わるまで待っててください! 待つのが嫌なら先に帰ってください!」
一息に言い放つと、それ以降押し黙ってしまう。
そんな栞の姿を、俺は連写し続けた。
「……いつもすぐ写真撮りますよね。恥ずかしいです」
「栞も俺のこと撮るから人のこと言えないだろ」
「…………」
◆
放課後。俺は教室でぐったりとしていた。
栞を置いて帰るなんて選択肢はそもそも存在しないので、帰ってくるのを待っているのである。
しかし……。どうにも心に大きな穴が空いたような気分になる。理由は分かっているんだ。
栞が、いない!!! 校内で少し離れるだけなのにこんな気分になるとは、我ながら栞に溺れすぎだな……。
そうして自分に呆れている時、教室のドアが開く音がした。
「良かった! まだ残っている生徒がいた……」
ドアを開けたのは、長い黒髪をストレートにし、生徒会の腕章を付けた女性だった。
「すまない、君。今暇かね?」
「どなたか存じ上げませんが、俺は今将来の嫁の帰還を心待ちにしてるので、暇ではありません」
「私を知らないのか……。生徒会長の緑野伎瀬だ。将来の嫁とやらは今どこに居るんだ?」
将来の嫁、に突っ込まないとは思わなかった……。
っていうか、この人は生徒会のトップだったのか。そんな人が俺に何の用だろうか。
「放送部ですよ。今日は話し合いだとか何とかで」
「なるほどな……。それなら大丈夫だ。大体の終了時間は分かってるからな」
放送部、という単語を聞いた会長は一瞬苦い顔をしたが、直ぐに元のキリッとした真顔に戻った。
そのまま俺の顔を見据え、頭を下げる。
「……頼む!それまでの時間でいいから、生徒会の手伝いをしてもらえないだろうか!」
「帰ってくるまでに終われるのであれば……」
その気迫に押され、いつの間にか了承していた。
◆
「うわぁ、結構溜まってますね……」
「出来るだけ一人で頑張ってはいたんだが、七人の作業量を一人で賄うのは流石に無理がありすぎてな……」
生徒会室には、書類の山。山。山。
よくここまで溜め込んだな、という量の書類が机の上に乗っていた。
「にしても、牡蠣で食中毒って……」
生徒会長の話によると、今週の日曜日に生徒会の親睦会と称して牡蠣パーティが開かれたのだとか。なんでも、副会長が大の牡蠣好きで、会長の制止を振り切って開催したらしい。
「私は苦手だから食べていなかったんだが、見事に全員当たってしまうとはな」
手を頭にグリグリと当て、呆れた顔をする会長。
「とはいえ、止めきれなかった私にも落ち度がある。したがって今まで1人で責任を負おうと思っていたのだが、ここまで仕事が滞ってしまうとな。背に腹は変えられん」
「……事情は分かりました。さっさと終わらせましょう」
「ああ。それでは、これらの書類を期限順に並べ替えてくれ。期限が近いものから私がチェックしていく」
嘆いていても何も始まらない。俺と会長は、早速仕事を始めた。
書類の内容は、大半が学校行事。修学旅行の文字には心が踊ってしまった。
俺達2年生は、夏休み明けに修学旅行が待っているのだ。それを思うと夏休みが明けるのも苦痛ではない。
……淡々と書類をまとめていると、会長がじっと俺を見つめていた。
「どうしたんですか?」
「…いや、なかなか手際がいいと思い、つい」
「まぁ、中学の頃に一応生徒会に入ってたんで」
誰も立候補者のいなかった枠に、頼み倒されて入ってしまったんだっけ。
そのスキルが今活かされているので、無駄な経験ではなかったと思いたい。
褒められて少し照れ臭くなっていると、ふと見た書類の中に自分の名前を見つけてしまった。
「ん……? うわぁ……」
その書類は、生徒の要望を聞き入れるために設置された「目安箱」に投函された内容リスト。
要望の一つに、「2年A組の荒川巻斗君と水谷栞さんが人目を憚らずずっとイチャイチャしています」と書かれていた。
……つまりどういう要望なんだこれは。ただの報告じゃないか。
俺と栞の仲の良さがどうやらかなり広まっていることは分かったが、それだけだ。
「どうかしたか?」
「いや……。ここに書かれてるの、俺なんですよ……」
そう言って、会長に紙を見せる。
「ほう……。また色恋沙汰の話か。私は別にいいと思うがな。どれだけイチャイチャしようと、それは当人の問題だ。」
会長は、ぶっきらぼうに言い放った。良かった、アニメに出てくる風紀委員長みたいな人だったら俺たちは監獄送りもやぶさかではなかったからな。
「……浮気さえ、しなければな」
浮気、という言葉をやけに強調する会長。顔に陰りが生まれたのを、俺は見逃さなかった。
「何か、あったんですか?」
そう尋ねてみた。会長の顔は、今にも泣き出しそうになっている。
「浮気、されたんだよ。私。大好きだった彼氏に。勝手に仲がいいと思っていた。誠実な人だったし、そういうことは絶対にしないだろうって、安心していた。なのに、裏切られてしまったんだ……」
会長の語尾はどんどん小さくなっていき、瞳には涙が浮かぶようになった。
彼氏の浮気、か。
つまり……。会長は、俺が見た夢みたいなことを現実で経験してしまったということだ。
夢でさえあの破壊力なのだから、会長の心の傷はかなり深いだろう。
「俺は、浮気は……。絶対に、許せません」
「浮気は、最低の行為だ。人の恋心を踏みにじる、極悪非道の行いだ。彼女を傷つけたくなければ、絶対に愛し続けろよ」
「覚悟は出来ていますよ。俺にとって大切なのは栞だけです」
「そう言ってもらえると、彼女も幸せなんだろうな……」
その時の会長の表情は、俺の「心を離さない」という覚悟をより固めるのには効果覿面だった。
◆
「助かった! 正直、もう駄目かと思っていたから、ここまで進んだことには本当に感謝している!」
「俺は書類を整理するだけでしたし、そこまで苦労はありませんでしたよ。それより、残りはどうするんですか?」
「これくらいの量なら一人でも何とかなりそうだ。お気遣いありがとう」
放送部の活動が大体終わるだろうという時間。会長と俺は半分ほどの書類のチェックを済ませることが出来た。
「それで、放送部だったか。場所は分かるよな?」
「いえ、分かりません」
「……本気で言っているのか?」
「これまで関心がなかったもので」
「2年生だよな? 新入生ならともかく……。まぁいい、案内してやる」
「助かります」
「助かったのはこっちの方だ。さぁ、行くぞ」
会長に先導されながら、廊下を進んでいく。
部活など興味がなかったので、部室のある場所などはほとんど知らなかった。
その点だけ考えると、会長を手伝ったのは良手だったかもしれない。
「ここが、放送部の部室ですか」
「ああ、利便性に優れているだろう?」
放送室の隣。そこに、放送部の部室はあった。確かに楽だな。放送の時間まで部室で寛げるわけだし。
「それじゃあ……」
会長がそう言って去ろうとした時、部室のドアがガラリと開いた。
そこから出てきたのは……。
「あ、あれ……え?」
将来の嫁だった。
知らない女性と二人でいるのを、ガッツリ見られてしまった。
「えっと……そちらの方は、どちら様ですか?」
「タイミングがいいのか悪いのか……」
会長の呟きが、やけに遠くに感じた。
一旦更新止まります
再開は未定ですが、6月以内にはまた投稿する予定です
5月以内というのは無理でした、もう少しだけお待ちください
6/28追記:再開しました!




