11.付き合ったら行うこと・後編
「……落ち着きました?」
「ああ。ほんとごめん、あんな事を言ってしまって」
「いえいえ、気にしてませんから。巻斗くんも男の子……なんですからね。普通だと思いますよ。はい、普通ですよね。普通、普通……」
俺が悶え出したのを見た栞が、ベンチで休ませてくれた。
いくらか落ち着いたとはいえ、少し心が痛い。
「薄い本を見つけた母親みたいなフォローありがとな……」
「薄い本って何ですか?」
「うう、純粋すぎるよこの子。それに比べて俺はなんて穢れているんだ……」
「そんなことありません。巻斗くんはいつも清潔ですよ?」
首をブンブンと振って否定してくれるのは嬉しいが、そういう意味じゃないんだよ……。
「その……。栞は、俺があんなことを言っても、嫌じゃないのか?」
「うーん、恥ずかしくはありますが、特別不快というわけではありませんね。寧ろ全く興味がないと言われた方が傷つきます……」
髪の毛の先をクルクルさせながら答えてくれる栞。
苦笑いを浮かべ、りんごのように赤くなっているその姿に、良心の呵責を感じる。
「だから、そ、そんなに気にしないでください! 私は大丈夫ですので!」
「わかった! この話はやめよう!」
満更でもなさそうなので、大丈夫というのはあながち嘘ではないようだ。しかし、同時に羞恥心も伝わってくる。
複雑な感情がぶつかり合っていそうな栞が見ていられず、いやいつまでも見ていられるんだけど、
とにかく、話を一旦終わらせることが得策だと考えた。
別の話題になるものを探そうと、辺りを見渡す。
すると、ブランコの辺りにいる子供達の様子が目に入ってきた。
ブランコに乗っている野球帽を被った少年と、その前に立つ眼鏡の少年が何やら言い争っているように見える。
その2人の間にいる大人しそうな少女は、どうしていいのか分からずにあたふたしているようだ。
遠すぎてここからは話し声が聞こえないが、何を言い争っているのかは大方見当がつく。
その一。女の子を奪い合う熾烈な三角関係バトルが繰り広げられている。
『俺は○○ちゃんのことが昔から好きだったんだよ! 他所入りが邪魔すんな!』
『は?最近はずっと俺と一緒に遊んでくれてるんだからな! ○○ちゃん、こんなやつ放っといてあっちで遊ぼうぜ!』
『やめて! 私のために争わないで!』
……ってとこか。
その二。給食のプリンを勝手に食べられて喧嘩が起こっている。またはムースでも可。
給食のデザートでも当たりの部類だったよな、懐かしい……。紙スプーンがヨレヨレになって食べにくいのが玉に瑕。
その三。ブランコを譲って欲しいのに譲ってもらえなくて言い合いになった。
正直これが一番可能性高いと思う。ブランコは二つ並んでいるようだが、片方は何故か上の方でぐるぐる巻きになっていて使い物にならないし。どんな乗り方をしたらあんな所に絡まるんだろうか。
とにかく、今までの予想はあり得ない。状況的にその三しかないだろう。
何だよ三角関係って。もう俺の頭は恋愛脳一色に染まってんじゃんか。
これも全て栞のおかげだな。良い傾向だ。
「栞、ちょっとベンチで待ってて」
「構いませんが……。どうかしましたか?」
「ちょっとな。じゃ、行ってくる」
そう告げると、子供達の方へと歩いていく。
途中から会話が聞こえてきたが、期待外れに終わってしまった。
「十秒で交代って約束しただろ!」
「まだ数えてませーん! だって漕いでないもん!」
「座ってから数えるんですー!」
「そんなの誰が決めたんだよ! ルール押し付けんな!」
「あ、あわわ……」
……結局ブランコの取りあいかよ、せっかくフラグを立ててやったというのに。どうせなら女の子を取りあおうぜ。
割と恋愛脳の浸食が激しい俺だったが、躊躇なく喧嘩中の二人に話しかける。
「どきたまえ、若人たちよ。ここは今から兄ちゃんが使うの!」
突然の乱入に、少年二人は敵意剥き出しの顔で睨んでくる。
「誰だよ、お前! ここは俺たちが使ってたんだぞ!」
「そうだぞ! 順番くらい守れよ!」
どの口が言ってんだって感じだが、彼らは「バカって言ったやつがバーカ!」などと言い出すお年頃。深くは突っ込まない。
「問答無用! ほら、無理やりどかすぞ」
野球帽の少年をブランコから降ろし、板の上を陣取る。そのまま、ゆっくりと漕ぎ始めた。
「子供の場所奪うなよ!」
「力が強いからって、大人げなーい! バーカバーカ!」
その言葉を軽く受け流し、独り言に聞こえるように、二人に語りかける。
「あーあ、力でねじ伏せて奪い取るのって最高に楽しいなー! 譲り合わなくていいから自由だもんな! お前たちもそう思うだろ?な?」
「「こいつ……!」」
拳を握りしめる少年たち。それを見た俺は、ブランコを漕ぐのをやめて、離れることにした。
「飽きたからやめよ。じゃあな、君たち」
「待てー! 逃さないぞ!」
「おにご? 私もやるー!」
と思ったら追いかけてきた。
女の子が言った「おにご」というのは鬼ごっこの略だろう。つまり、なんの脈絡もなく、
子供達との鬼ごっこが始まったのである。
「……捕まった。じゃ、今度は俺が鬼な」
「兄ちゃん遅すぎない?」
わざと捕まってあげ、鬼役に。
いつのまにか呼び方が「お前」から「兄ちゃん」に変わっていた。
栞の元へと駆け寄り、タッチする。
「はい。今度は栞が鬼」
「え、何の話ですか?」
「いいからいいから。そこの子供達と鬼ごっこするぞ」
そう言って栞を立ち上がらせ、鬼ごっこ再開。
「お前ら逃げろー! 今度はこのお姉ちゃんが鬼だぞー!」
「わーい!!」
「きゃはは!」
◆
数分の間、公園を駆け巡り続けた。少年たちはバテ始めている。
「……ハァ、ハァ。兄ちゃん、本気で走るなよ……」
「……クソっ、一番鬼になった数が多い!」
「ふふ、楽しかった!」
意外なことに、少女はまだピンピンしている。人は見かけに寄らないんだな。
「私も、少し疲れました……」
栞の方は少し息が上がっている。俺は栞の肩を抱えた。
「……ラブラブじゃん!」
「兄ちゃんたち、カップル?」
「おうよ! 付き合って一週間も経ってないけどな」
「いいなぁ、青春!」
「君たちにもいつか来るよ。楽しみにしてろよ」
……さっきまで虫の息だったのに、二人とも急に元気になったな。
これが俺と栞のラブラブパワーか。……うわぁ、自分で考えてて吐きそうになった。
「遊んでくれてありがと!」
「じゃあな、兄ちゃん!」
「バイバーイ! 今度は喧嘩するなよー!」
去っていく少年と少女に、腕をいっぱいに振って別れを告げる。
栞も、小さく手を振っていた。
……と思ったら、少女がこちらの方へ走ってきた。
まだそんな体力あるのか。ひ弱そうな体のどこにそんなに力が漲っているんだろ。
「あの、さっきはありがとうね!」
「ああ、鬼ごっこは俺たちも楽しかったし別にいいよ」
「いやそっちじゃないの」
ん?俺が鬼ごっこ以外にした行為は下衆だぞ?
「二人の喧嘩を止めるために、わざと悪役っぽくしてたんでしょ? 私、どうすればいいか分かんなかったから、来てくれた時、とっても嬉しかった! ありがとうございます!」
にかっと笑う少女は、それだけ告げると二人の元へと駆けていった。
「……また、巻斗くんに助けられた人が増えましたね。」
「いやぁ。正直、感謝されるとは思ってなかった。大衆心理に、共通の敵を作ると団結するってのがあってね。子供の喧嘩だしそれでなんとかなるだろってやっただけだから。つまり俺は敵ってこと。寧ろ嫌われると思ってたな。……まぁ、実際は鬼ごっこになっちゃったんだけど」
「そうやって、自分の評価を気にしない所が巻斗くんらしいですね」
「そうかな? そう…あああ!!」
「どうしました!? 急に叫び出して……」
重大なことに気づけていなかった。
俺と栞はカップルである。そんな俺が悪役を買って出てしまったら……。
栞まで、悪役扱いされてしまうではないか!!
「栞、本っ当にすまん!! そんなことしたら、栞にも悪いイメージがついちゃうよな!」
両手を合わせ、拝むようにして謝る。
「……なんだ、そういうことですか。それなら私も気にしませんよ? 巻斗くんから嫌われない限り、どうってことないです」
「そうは言ってもだな……」
「そんなに気にします? それなら……」
人差し指を唇に当て、悪戯っぽい笑みを浮かべる栞。
「一つだけ、お願いを聞いてもらえますか?」
「栞サマからのお願いは絶対!」
「そんなこと言っちゃっていいんですか?」
◆
「……で、そのお願いっていうのは」
場所は変わってとあるスイーツ店。ナンパ師から貰った特大パフェのクーポンのお店だ。
栞のお願いはここじゃないと叶えられないらしい。
「この特大パフェを、巻斗くんにあーんしてあげることです!」
目の前に聳え立つジャンボなパフェ。一人で食べたら絶対に胃もたれするようなアメリカンサイズだ。
苺やオレンジ、バナナなど数々のフルーツが添えられ、アイスの所にチョコ菓子が刺さっている。
それを食べるためのスプーンは、特製なのか柄の部分が長くなっている。
「それは俺も願ったり叶ったりだが……。そんなことでいいのか?」
「私もやりたいんですよ。この前は巻斗くんにされただけで、私からはしてあげられませんでしたから」
ああ、初めて二人で弁当を食べた時のことか。
たしかに少し残念だったが、栞も同じ気持ちでいてくれたことは素直に嬉しい。
「そういうことなら、よろしく……」
「じゃ、行きますね。なんだかドキドキしてきました」
そう言って、パフェを掬う。ソフトクリームにストロベリーソースのかかった、美味しそうな所が俺の口の前にやってきた。
「はい、あーん」
栞の顔が俺のすぐ目の前に……!
ここまで近くで栞の顔を見つめたのは初めてかもしれない。
細部まで見てみても、栞は可愛い。可愛いすぎる。
目線は自然とその唇へと移動してしまった。
いつかは、キスとか、するのかな。
……って何考えてんだよ俺!
変なことを考えてしまったので、思わず顔を逸らした。
「もう、なんで顔を逸らすんですか? 食べさせてあげられないじゃないですか」
「ごめん。……よし、どんとこい!」
覚悟を決め、正面を向く。口を開けると、栞のスプーンが俺の口内へ着地した。ストロベリーの酸味が効いていて、なかなかに美味しい。
そして栞のあーん効果もあり、天にも昇る味へと変化する。
「ふむ……。大きいだけじゃなくて、味もなかなかだな」
照れ隠しに味の感想を言ってみる。
「これがクーポンで食べられるんですから、お得ですね。それじゃ二口目、行きますね」
「え、まだやるの!?」
「誰も一回だけとか言ってませんよ?」
「まぁ確かにそうだけどさ」
その後も、栞からパフェを食べさせられ続けた。
途中から自分もして欲しいと言い出したので、二人で食べさせ合うようにはなったが。
酸味が効いているはずなのに、やけに甘く感じたのは気のせいだろうか。
ジャンル別週間5位&5000ptありがとうございます!
追記:評価の催促が毎話に挟まるとくどいという話を耳にしたので、5話毎に変更しました。
初連載ということで手探りでやっている状況なので、これからも変わらぬ応援よろしくお願いします。




