10.付き合ったら行うこと・前編
「すみません、お待たせしました……」
「いや、俺も今き……っぐぁ!!」
デート当日。
俺たちはいつものように上枕中駅で待ち合わせをしていた。
俺が何度も早く来すぎるなと言い聞かせたおかげで時間通りにやってきた栞に、お決まりの定型文を放とうとした俺。しかし、失敗!
理由はもうお察しだろうとは思う。
栞の本日の服装がこちら。
白いブラウスの上にラベンダー色のマウンテンパーカーを纏っており、スカートは白と黒の斑点模様。ちなみにコンタクトではなく眼鏡だった。
肩に提げた大きめの鞄もかえって可愛らしい。
俺にはファッションなんて分からないから後からそう聞いただけだが、それでも可愛いことだけは伝わる。
そんな、声をかけることすら躊躇われるほどの美少女が、そこにはいた。
「巻斗くん、どうかしましたか!?」
「私服姿、最高に可愛い……」
何とか平静を保ち、声を発した。しかし口から飛び出たのは本音だけ。もうちょっとかっこ良く褒めたかったな。
あそこに咲いているどんな花よりも、君の方が綺麗だよ。みたいな。
……いや、カッコつけすぎてむしろダサいだろそれ。
自分で考えてて気持ち悪くなってしまった。
「巻斗くんの私服も、カッコいいですね」
「……いや、これは智弘に頼んだやつだ」
昨夜、自分のファッションセンスに頭を抱えた俺は智弘に土下座をしたのだった。
電話越しだったから上手く伝わらなかったのが惜しいところ。
おかげで、なんとか様になるような服装に身を包むことができた。服の名前とかはちんぷんかんぷんだったのだが。
確か……アウター? とかいうやつがネイビーのジャケットで、中が白いシャツとニットだったかな。
ニットは帽子だけだと思っていた俺には新しい学びになった。
あとは黒いジーパン。俺が持ってるやつで1番マシなズボンはこれだったから。
「そうなんですか。それなら、智弘くんには感謝ですね」
「ああ、あいつが困ってたら絶対に助けてやるか」
「その時は私も協力します!だって、こんなにカッコいい巻斗くんが見られたんですから」
……うーん、自分の手柄じゃないのに褒められるのはなんか複雑だな。
純粋に嬉しいんだけど、少し引っかかる。
よし、帰ったらファッションの勉強をするか。
「それじゃ、行きますか!」
「あ、荷物持つよ」
「いいんですか? じゃあ、お任せしますね」
そういうわけで、二人で並んで目的地へと歩いていく。
その目的地というのは……。
◆
「……公園、ですね」
「ああ、初デートから気合いを入れすぎても、緊張しすぎて失敗するだろうしさ。ここならお互い自然体でいられるかな、と思って」
学校から電車で一駅分ほど北にある、眞倉山自然公園。それくらいなら歩いて行けばいいと思い、電車は利用しなかった。
俺たちの住む敷栲市のすぐ西には眞倉山という名の山が聳えていて、その麓に位置するのがこの自然公園である。
敷地は山の一部にも広がっているので、かなり大きく、遊具やテニスコート、サッカー場、さらにはロッククライミングの岩場まで何でも揃っている。
「確かに、肩の荷が下りる気がします」
「空気も澄んでいる気がするよな。俺この公園結構好きなんだよね」
「バーベキューなんかも出来ますからね。私もたまに家族と来ますよ」
「バーベキュー、か……」
栞とバーベキューするならどんな感じだろうか。
俺が肉を焼いて、栞は焼きそばとか作ってそうだな。
栞の焼きそばか……。絶対美味しいだろうな。
そんなことを考えていると、お腹がなってしまった。
「あ、悪い」
「もう、まだ十一時ですよ?」
「いやー、バーベキューを想像してたら、つい……」
「ふふ、それじゃあ、少し早いですがお昼にしましょうか。お弁当を作ってきたので」
栞が俺の持っていた鞄を指差して提案した。正確には、栞が持ってきていた鞄だが。
「じゃあ、屋外テーブルまで歩くか」
公園の、和気藹々とした雰囲気を味わいながら歩いていく。
土曜日ということで、家族連れの人がたくさんやってきていた。
遊具で遊ぶ子供達、草そりをする子供達。
それを眺める大人たちという構図は何だか微笑ましかった。
「公園に来ている家族って、皆さん楽しそうにしますよね」
「そりゃね。近場だから長いこと運転しなくてもいい父親に、遊ぶのを眺めるだけでいい母親。子供達は言わずもがな楽しいだろ? 事故でもない限り、誰も不幸にならない。平和なんだよ、公園って」
「巻斗くんって達観してますね」
「達観っていうか、中学生の頃のイキリが抜けてないだけだと思うんだ。だって運転とかしたことないのに父親の気持ちを代弁したからな今」
「確かに。そういうところちょっと可愛いです」
「可愛い?」
誰が、誰に、可愛いって?
俺は別に可愛くないだろ。言ってしまえばただの子供と大差ないだろうし。
「可愛いのは栞だろ」
「……すぐそうやって私のことを煽てますよね!」
「事実を言ってるだけだろ、何が悪い」
とにかく、俺は別に可愛くない。
ふと子供達の方を見ると、一人の少年が木陰で読書をしていた。
俺は、例えるならあの子みたいな感じだ。
決して誰とも交わらず、周りを俯瞰しているような……。
うん? でもそれはそれで一匹狼って感じで可愛くないか?
「……俺って可愛いのか?」
「はい。可愛くて、カッコよくて、思いやりがあって……。究極の存在です!」
「そうか……」
……あかん、栞に対して何もツッコめなくなってしまった。
「ほら、着きましたよ。屋外テーブル」
公園を眺めながら歩いていると、いつの間にか到着していたようだ。
「それじゃ、お弁当タイムと洒落込もうか。ヒヒヒ……」
「漫画のセリフか何かですか?」
「そんな漫画があるなら逆に読んでみたい」
栞の鞄からは、いつもの弁当よりも大きめの二段重ねになった弁当箱が出てきた。
「デートの話をしたらお母さんが用意してくれました。『これなら、一緒の弁当で食べあえるでしょ?』って」
「体育祭とかで持ってくるようなタイプだよな、これ」
一段目には、おにぎりやサンドイッチ、いなりずしやロールサンド。主食類だろう。
二段目はさまざまなおかず達。唐揚げやウインナー、枝豆、ミニトマトなどなど。
イチゴやキウイなどのフルーツも入っていた。
そして二段目の一番端には……
「焼きそば!!」
さっき妄想していたばかりなので、思わずそう叫んでしまった。
「どうしました? そんなに焼きそばが好きなんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが。……というか、こんなにたくさんの種類を用意して、大変じゃなかったか?」
「巻斗くんの喜ぶ顔を思うと、こんなの苦労でもなんでもないです。まぁお母さんは少し引いてましたが……」
この子、なんでこんなに尽くしてくれるの。想像の何倍も気合の入った弁当を前に、平伏してしまいそうな俺だった。
「本当、どれほど感謝したらいいのか……。俺のために、ここまでしてくれるなんて。俺は何もしてないのに」
「巻斗くんは私を救ってくれた恩人ですからね。いくらお返ししても返しきれません」
いやほんと無自覚なんですよ。そんなに感謝される筋合いなんてないんですよ。
とはいえ、その施しを遠慮するかと言われるとそうではない。
特大スケールの彼女特製弁当だぞ?そんな誘惑に耐えられる訳がないじゃんか。
「いただきます。……うん、美味い。栞の努力の味がする」
「どんな味なんですか、それ。……じゃ、私もいただきます」
「俺が1番好きな味付けかな。うん、やっぱり栞の焼きそばは美味しいな!」
「やっぱりって何ですか? 初めて食べるはずですよね」
結構な量があったはずなのに、あっという間に完食してしまった。
「……さて、次はどこ行きましょうか?」
空の弁当箱を二人で片付けながら、話し合う。
「そうだな……。童心に帰って遊具で遊ばないか?」
「高校生が遊んだら目立ちません?」
「そうか。俺はそういうの気にしないんだが、栞は気にするよな」
「いえ、巻斗くんと一緒なら別に構いませんよ?」
「その理屈はよく分からん……。まぁ、それならちょっと遊具を見てみようか」
◆
子供達の沢山集まる、遊具のスペース。案の定子供達からの視線を感じるが、そこまで嫌悪されてはいないようだ。
「あー、これ懐かしいな。ザイルクライミング」
「このタワーみたいなやつってそんな名前なんですね」
「なんかカッコいいよな。……そうそう、小さい頃は天辺まで登るのが怖かったんだよな」
俺達は、ロープで出来たジャングルジムのような遊具の前で足を止めた。
「今見ると結構低く感じますね。……ちょっと登ってみていいですか?」
そう言って登り始めた栞。俺はそれを眺めている。
あ、ちょっと栞さん!それ以上は危ないんじゃないですかね……。
どこがとは言わないけど、今スカートなんだし……。
「あんま高く登りすぎないようにな。その……見えるから」
俺がそう言うと、露骨に慌て出した。
「あ、そうですよね! 今降ります! ……って、うわぁ!」
「ちょっ! 今支える!」
そんな状態で降りるもんだから、足をもつれさせたようだ。
あと少しで地面という所でバランスを崩し、背中から俺に突撃してきた。
「おっとと……っ、きゃあっ!」
それを慌てて抱え上げたので、栞の……膨らみの辺りに俺の手が回っていた。
不可抗力とはいえ、それはやっちゃいかんでしょ……。
ビックリした栞は俺の腕の中から飛び出した。
「……その、すまん! そういうつもりじゃ!」
「私こそすみません! 私の体になんか興味がないでしょうに!」
「待ってくれ、なんで栞が謝るんだ? 今悪いのは俺だろうに……。」
何で俺が栞の体に興味がないって思われているのだろうか。言っとくが興味津々だぞ? 男子高校生を舐められちゃ困る。
「だって、塾の時……。あ、それも覚えていないんですね」
なるほど。俺の覚えていない領域の話か。
栞は、過去の壮絶な話を語り始めた。
「その……。塾の男の子達がですね。いつも無言な私が都合良かったんでしょうね。その……おっ、胸を……揉ませろって言ってきたんですよ。それで、私が何も言えないうちにですね。問答無用で体をまさぐり始めてですね」
話している栞は、とても辛そうだった。誰だよ、そんな……。女の子の心を踏みにじるようなクズは!
「栞、そいつらの名前を教えろ。ちょいと『教育』しに……」
「待ってください! 続きを聞いてください! そこに、巻斗くんがやって来てくれたんですよ! その男の子達に向かって、『お前ら何やってんだ。そんなことやりに塾に来てんのか?』って言ってくれてですね。私は、巻斗くんのことが救世主のように見えました」
……なるほど、過去の俺グッジョブだな。
「今度は巻斗くんが男の子達に殴られ始めたんですが、騒ぎを聞きつけた塾の先生が駆けつけまして、なんとかなりました。巻斗くんから事情を聞いた先生が、その男の子達の親御さんたちに報告したのかどうかは分かりませんが、その後男の子達が塾にやって来ることは無くなったんです」
……うーん、一切助けられていないけど、彼らの矛先を自分に向けた行動は良しとするか。
「それで、今の話とこの状況に何の関係が?」
「助けてくれる時にですね、男の子の一人が巻斗くんに『お前も揉みたくないのか?黙ってたら混ぜてやるぞ』って言ったんですよ。それに対し、巻斗くんは、『んなもん興味ねぇよ』って言い切りました。だから、私の体には興味がないんだなって」
……ああ、なるほど。あの時の俺なら言いそうだ。
「いいか栞。前も言ったが、その時の自分はだいぶイキってたんだよ」
「……つまり?」
「つまり、興味ないってのはただの建前。本当はめっちゃ興味ある」
「……そ、そうですか」
「…あ!ああああ………」
誤解を解きたい一心でとんでもないことを言ってしまい、悶えた。
栞がちょっと嬉しそうにしているのがせめてもの救いか。
あーあ! 栞が俺のことを好きで良かった!!
そうじゃなかったらキモがられて一気に嫌われていただろうからな!!!
デート回は次回まで続きます
ザイルクライミングという言葉に聞き覚えがないって方はググってみてください。
正直どこまでこの遊具が認知されているのか知らないので………。
では、感想・ブクマ・評価、よろしくお願いします!




