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ドブネズミたちに捧げる歌2

事故って怪我をしたことよりも、大切なバイクに傷がついたことが一番の悲しみです。折れたクラッチレバー、曲がったシフトペダル、歪んだ前輪、側面の大きな擦り傷。

過失割合がいかほどになるかわかりませんが、双方走行中の事故だったので修理費全額は出ないでしょう。泣きたい

■2227/04/12 19:00


 面倒くさい。できることなら、数時間前に遡って自分を止めたい。そんなことを考えた。が、あまりにも現実逃避がすぎる。旧時代の科学者は、時間を操る機械は作れなかったのだろうか。珍妙な技術を生み出した彼らならできそうな気もしたが、そんなことができるのなら人類を死に追いやった大災害くらい対処できただろう。

 再び黙り込む四人。それぞれのマスクの排気音だけが響いている。焚火の煙は相変わらずヤバい。

 ネオがひとりと、フォーマーが三人。人口の大半を占めるネオと、少数しかいないフォーマー。なかなか珍しい組み合わせだが、誰もが黙ったまま、ヤバい煙を見つめていた。



 ネオとフォーマー。確執は深いが、歴史はそこまで深くない。

 十年間の大災害、五年間の紛争、二年に及ぶ病の流行。それらを合わせ【大地の誅罰】と過去の人間は呼んだ。

 誅罰を生き延びた一億人を第一世代。そして、地下の薄暗いコロニーの中でも、生命の新しい息吹は芽生えた。のちに彼らは第二世代と呼ばれた。

 オルドへの耐性を持たない第二世代までの旧世代と、オルドへの耐性を持つ第三世代以降の新人類。体内に【EO器官】と呼ばれる新たな臓器を備えた彼らは、体の作りから異なる、もはや“新しい生物”だった。旧世代の人間たちは、新しい人類たちを喜んで研究した。それはもはや、狂喜や狂気と呼んでも差し支えないだろう。

 第四世代の誕生を望んだ彼らは、第三世代たちに計画的な出産を強制した。第四世代の母体となった少女は、幼い者であれば齢十三ほどだったという。


 第四世代の登場は第三世代以上の驚きをもって迎えられた。片方の腎臓が異様に発達した【EO器官】、そこから全身に張り巡らされた【EO神経】。それらがもたらしたものこそEEC、異能である。第三世代間に生まれた子供たちは、得手不得手の差こそあったものの、みな当たり前のようにEECを使いこなした。

しかし、体内に同じ臓器を持ちながら、異能を発現しない者もいた。第二世代と第三世代間に生まれた子どもたちである。彼らもまた同じように第四世代と呼ばれたが、異能を発現しない者のほうが多かった。それにとどまらず、克服したはずのオルド病に罹り、死亡する者まで現れたのである。体内には同じ臓器があり、神経もある。異能を発現しないどころか、彼らの臓器はウイルスを効率的に分解できなかったのである。旧世代に比べれば、マスクなしで活動できる時間は長い。しかし、体内のウイルス濃度を調整できない彼らは、第三世代よりもオルドへの耐性が低かった。


 彼らを区別するために、研究者たちは第三世代間に生まれた第四世代を【ネオ】、第二・第三世代間に生まれた第四世代を【フォーマー】と呼んだ。ネオは一様に異能を発現し、ウイルスの分解効率も良い。フォーマーは異能を発現する者と発現しない者に分かれ、発現しない者は分解効率も悪く、虚弱な者が多かった。フォーマーでも異能を発現した者は、ある程度のウイルス分解効率を持つ。人によってはネオと変わらない者も多くいた。

 フォーマーの死亡率の高さから、世代違いによる婚姻は禁忌とされ、フォーマーたちは時代のなかで差別の対象となっていったのである。


 フォーマーが卑しい者というわけでもなければ、ネオたちが高貴な者というわけでもない。ただ時代が流れていく中で、「なぜフォーマーが禁忌の子とされたか」という正確な理由は忘れられていき、ただフォーマー差別だけが残っていった。

 多くのフォーマーは大コロニーを離脱し、独立したコロニーを築いた。しかし、人間が抱く差別意識というものは根強く、コロニー外で出会ったフォーマーを迫害する大コロニーのネオは絶えなかった。

 ネオはフォーマーを忌み嫌い、フォーマーもまたネオを忌み嫌う。



 ここにもまた、お互いの凝り固まった差別意識を払拭できない四人がいた。


 ベルナディットたち三名は、たしか第七世代だったと思う。大コロニーで生きるネオたちは、自分たちが何世代なのかをきちんと把握しているというが、フォーマーたちは把握している者のほうが少ない。そもそも、世代違いから生まれた者をフォーマーと呼んでいたのに、フォーマー同士の子どももフォーマーだし、フォーマーとネオの間に生まれた子どももフォーマーだ。

 フォーマーたちにとって、自分たちが何世代なのか把握したところで、何の意味もないのである。フォーマーの子は、虚弱か健康か、その二択しかない。虚弱なら死ぬ、健康なら生きる。健康でも運が悪ければ死ぬ。生きるか、死ぬか、である。


 強奪した食料に手を出してもいいが、こんなヤバい焚火で肉を焼きたくない。勿体ない。

 ファイエットに焼いてもらうのもアリだが、あたり一面を火の海にする覚悟もいる。今夜は冷え込むし、それも悪くないかもしれない。暖かいを通り越して、焼け死にそうだが。

 ちらりと、そんなリトルドラゴンの顔を見ると、右頬のフィルター交換メモリがデッドラインに達していた。


「ファイエット、フィルター交換したほうがいいよ」

「マジで?あ、本当だ」


 さっきまで怒っていたのに、まるでケロっとした顔をしている。ついでとばかりに、ベルナディットとアディーも、フィルター交換のためにマスクを外す。マスクを外した瞬間、三人が一斉に悶えた。


「うわ、くっさ!」

「え、くさ!ファイエット、これなに燃やしたの!?」


 先ほどまで大人しくしていたアディーが立ち上がって、ファイエットに向かって煙を仰ぐ。人体に有害であろう煙が、モクモクとファイエットに向かって流れた。ギャア、と声を上げたファイエットが慌てて煙から逃げ回る。


「あはは!これで肉焼かなくてよかったね」

「アディ、げほ、ッ、ちょ、ストッ……ナーディ、笑ってないで助け、ゲホ」


 手に持ったマスクで煙を仰ぎながら、アディーもケラケラ笑う。アディーのおかげで、ベルナディットの周囲からも煙が消えたのだ。止める理由などない。

 しかし、本当にこれで肉を焼かなくて良かった。貴重なファーム肉を無駄にするところであった。


「おい……お前らフォーマーだろう。マスク外しても大丈夫なのか……?」

「うーん、あたしたちバカにされてる?」

「うーん、されてるねぇ」


 対して気にしてない顔でファイエットとアディーが顔を見合わせる。ネオの奴らが、「フォーマーはマスクを取ったら死ぬ」と思い込んでいるのは知っていた。サマーカットのネオに襲われかけたとき、「大人しくしねぇとマスク外すぞ!」というようなことを言われたこともある。

 EECを扱える三人にとって、防護マスクとは念のために着用しているに過ぎない。そもそも、マスクを取ると死んでしまうようなフォーマーは大人になる前に死んでいる。

 万が一ということもあろう、と三人はマスクを着用しているが、マスクをするとフォーマーだとバレる、と言ってマスクを嫌うフォーマーもいる。ベルナディットは、厳つい防護マスクのデザインが格好良くて好きなので、好んでつけている。格好いいじゃん、機械人間みたいで。


 フィルターを引っこ抜いて、焚火にくべる。炭素繊維で作ったそれも、おそらくだが燃やしてはいけない類のものだろう。

 ちょうどマスクを外したし、と思ってレーションをかじる。美味しくない。水がないと飲み込めないのだ。アディーのおかげで水と銃弾には困らないが、やっぱり肉が食べたい。あぁ、肉が食べたい。

 そういえば、と思って、ネオ女にもレーションと水のボトルを投げて渡した。空中で受け取ったそれをまじまじと見て、こちらに目を向けた。怪訝そうな顔をされても困る。


「いや、君、このあたりのネオじゃないでしょ。サマーカットの軍服は趣味の悪い赤だし。グレーなんてみたことないし。サマーカットより北の、なんだっけ、ネオモスコールか……あと、ローマンベルグ?あの辺から来たとしたら、ものすごい距離だよね」


 サマーカットを北上した位置にあるネオモスコール、この大陸イチの軍事大コロニーである。おそらくここから六千キロ近い。黒海の北にあるローマンベルグも、同じくらいの距離があるだろう。ちなみに、旧時代に黒海と呼ばれた内海周辺は、百五十年も前に沈み、いまではただの海である。

 ネオ女は相変わらず怪訝な顔をしている。美人なんだから、もっと可愛い顔をすればいいのに、と思わないでもない。


「いや、だからね、長旅だったでしょ?お腹空いてるでしょ?食べていいよ。という意味で渡したんですけど……いらないなら、いいです、返してください貴重な食料……食うんかい!」

「……飲み込めない」

「……水飲みなよ……」


 グッと眉をしかめたままレーションをかじって、一言文句を言って、水を飲んだ。なんだ、わがままか。食料をわけても、やはり感謝の言葉はない。

 各々がフィルターの交換をしたり、食事をしたりしているあいだに、ベルナディットもやるべきことは済ませておく。フィルターの交換と食事は済んだし、水の補給とハンドガン用氷弾の補充はアディーが済ませている。ならば、と立ち上がって愛車ジョセフィーヌに近づく。

 エネルギーメーター、残量三十九パーセント。明日も、明後日も、明々後日も走るのだ。充電、充電。

 タンクの給油口をあけると、黒い基盤がむき出しになる。内部は大型のEEチャージャーである。フル充電で、航続距離はおよそ二百八十キロメートルといったところ。三人も乗せていなかったら、三百キロを超す自信がある。

 基盤に手を当てて、そっとオルドを流していく。背筋からゾゾゾっと水が抜かれるような感覚に、何度か身震いする。



 知識のない人は勘違いしがちだが、大気中にあるウイルス、そのものをエネルギーとして利用できるわけでない。エネルギー利用するために、生体エネルギーへと変換させてやる必要がある。大気中のウイルスを生体エネルギーへと転用させたのが、エルフリーデ・ローマンベルグという研究者である。エネルギー転用を発見した彼女の名前から、エルフリーデ・エネルギーと呼ばれる。

 いつのまにか、大気中に蔓延していたウイルスや、体内に蓄積されたものすらEEと呼ぶ輩が増えてしまったが、もともとは変換装置によってエネルギーに転換したものをエルフリーデ・エネルギーと呼ぶのだ。


 空気中に蔓延するウイルスの正式名称は【旧人類の結び(エンドオブオルド)】通称オルド。物騒な名前だが、大量の人類を滅びに導いたのだから、ある意味ぴったりの名称だろう。


 今でこそ当たり前になってしまった、人類が行使するEEC。これは、体内に蓄積したオルドを意図して排出すると、様々な現象を巻き起こす、新人類特有の能力である。現象を伴いながら排出されたオルドは、エネルギーとして変換されたEEに酷似していることから、エルフリーデ・エネルギーコントロールと呼ぶ。


 エネルギーとしてのEE、大気中に蔓延し生物の体内に蓄積するオルド、人間が行使するEEC。混同されがちなこの三つは、そもそも別のものを指すのだ。



 ベルナディットは、この三つを別物としてきっちり分けて考えている。サイエンスコロニーの研究者みたいだ、とクエットサルミンの皆には言われるが、EE機関を用いた機械を弄ったり、自らのEECを行使する際に、分けて考えたほうが理解が容易いのである。


「……なに?」


 光源が足りず、真っ暗闇とも言えないほどの暗闇の中、ネオ女の視線を感じた。黙ってじっと見られると、少し背筋がむず痒い。


「……その三輪バイクはEE機関を利用しているのか」

「お、興味ある?エンジンはレプシロ式で、EEを燃料にして爆発エネルギーをピストン運動に変換してるの。EEを蓄電してるのはEEチャージャーね。EE機関の原動機じゃないから、駆動時間もずっと長いし、何より倍以上の速度が出る。試したことはないけど、計算上では時速三百キロは出るはず」

「EEチャージャーを使ってるのか……それでは容量が足りないのではないか?EEチャージャーの発電力では、この大きな車体を動かせるようには思えないのだが」


 暗闇の中で表情は見えないが、興味深そうにジョセフィーヌを眺めているのは分かった。ジョセフィーヌに興味を持つとは、このネオ女、さては出来るな。

 口の端が吊り上がって、自分が笑みの形をつくっているのは知っていた。だって仕方ない。ファイエットやアディーは、こういう話には乗ってくれないのだ。兄貴分のクリストハルトやジモンだったら、喜んで話を聞いてくれるし、なんなら改造の案だってくれるが、それくらいだろう。


「よくぞ聞いてくれた!かの天才、ライムント・ローマンダムの開発したEEチャージャーを魔改造する女とは私のことよ!」

「ライムント……ローマンダム……」

「そう、知ってる?二十年前、フォーマーを救うためにEEチャージャーを開発したという大天才だよ!すごいよね、身に着けているだけで、体内に蓄積されたオルドをEEに変換して蓄電する……発想は単純なのに、構造がヤバイ」


 タンクの内部は大型のEEチャージャーである。ライムント・ローマンダムという研究者が開発したEEチャージャーは、もともとは携帯できるようにと手のひらサイズに作られたものだった。身に着けているだけで、体内に蓄積したオルドをEEへと変換してくれる。EECが不得手な者や、生まれつき使えない者は、オルドを体外へ排出する効率も悪い。結果として、病を発症して死に至るケースが非常に多い。フォーマーの死因でもっとも多いのが、オルド病を発症したことによるものだ。


 ライムント・ローマンダムはネオの研究者でありながら、フォーマーの死亡率をなんとか改善したいと、このEEチャージャーを開発したという。いまだ、すべてのフォーマーに行きわたるほどの普及率ではない。それでも、このEEチャージャーに救われたフォーマーは多いだろう。ネオを恨むフォーマーが多い中、ライムントはフォーマーたちの英雄だった。


「蓄電容量を増やすために大型化してるんだけど、そのぶん自動変換装置を外してるから軽量化にも成功してるんだよ。最高でしょ」

「EE機関は使用してないのだろう?チャージャーの自動変換装置がないのなら、どうやって充電するんだ」


 EE機関とは、エルフリーデ・ローマンベルグが開発した『大気中のオルドをEEに変換し、EEを用いてモーターを回す装置』で、EEチャージャーは『生体内のオルドをEEに変換し、蓄電する装置』である。輸送車や装甲車に積まれているのも、各コロニーで稼働している空気ろ過システムを動かしているのも、ほとんどのものがEE機関によるものだ。

 ネオ女の言う通り、EE機関を搭載せず、かつEEチャージャーの変換装置を外してしまったジョセフィーヌは自力でEEの充電ができない。


 ベルナディットは、EE機関があまり好きではない。まず、小型化が不可能であること。集気してからEEに変換するまでに時間がかかること。集気量に対して、得られるEEが微量であること。いろいろ文句はあるが、簡単にいうと“デカいくせに充電時間が長く、連続駆動に耐えない”。こんな非効率的なもので、あのデカくて重たい車を動かそうなどと、頭が可笑しいのではないかとすら思う。

 なにより、EEを電気として利用するところにセンスを感じない。EEは燃やしてこそ真価を発揮する。


「それは、こうやって」


 給油口をあけた先にあるチャージャーの基盤に手のひらを当てて、体内のソレをぐぐぐっと押し流してやる。ついでに、ネオ女を手招きして、メーターパネルにライトを当てた。

 招かれたネオ女がのぞき込む中、エネルギーメーターの数字が上がっていく。


「な、な……どういうことだ、これは」


「ナーディー!ジョセフィーヌの充電終わったらあたしの銃も充電してー!」

「はーい!」


 ネオ女の驚いた顔を見て、我ながら腹立たしい表情をしている自覚がある。しかし、驚かせてやろうと思って手招いたのも事実だ。存分に驚きやがれ。

 ベルナディットの改造したジョセフィーヌ、というより、ジョセフィーヌに積んでいるエンジンはベルナディットでなければ利用できない。ベルナディットのEECを用いなければ充電できないのだから、他人が走らせようと思ったら、エンジンを積み替えるところから始めなければならない。


「私のEECは、生物の体内からオルドを抜き取ったり、体内に蓄積したオルドをEEに変換して排出すること。地味だけどすごいでしょ。人間EE機関とでも呼んで」


 自身のEECがどのような能力なのか、ベルナディットが正しく理解するまで、とても時間がかかった。ファイエットやアディーのように、目に見えるものであれば分かりやすかったのだが、何せベルナディットのEECは目に見えない。

 幼いころは、クエットサルミンの大人たちにEECを使えないフォーマーだと思われていて、コロニーの外には出してもらえなかった。EECを使えない、ということは、オルドを効率よく排出できないということ。排出できなければ、発症する可能性が高い。すなわち、それは死だ。

 しかし、目に見えないだけで、どうにもベルナディットは“なにかを出している”らしい、というのも早い段階で気づかれていた。ベルナディットがEECの練習をすると、コロニーの機械類が狂うのである。

 幼馴染の兄貴分がこの能力に気づかなければ、宝の持ち腐れになっていたかもしれない。


「……あぁ、なるほど。発電を行わずに、外部からの充電によって蓄電されているだけだから、このサイズに収まっているのか。しかもEEをそのまま電力として用いるのではなく、燃料としているから、こんなに複雑な形をとっているのか……すごい駆動音だったな……」


 ヤバイ焚火の側で、ファイエットが手招きをしているのが見えた。いまだジョセフィーヌをまじまじと観察しているネオ女を指さして、一緒に来いと身振りで伝えてくる。

 しかし、ジョセフィーヌの充電を終わらせると、脱力感がすごい。EO神経を巡るオルドは、活性化させれば筋力の補助になる。急速にEECを行使すると脱力するのは、全員の共通意見だった。


 脱力感を全身に感じながら、黙ってしまったネオ女の横を通り過ぎる。ジョセフィーヌに食いついてきたせいで、思わずぺらぺらと喋ってしまった。多少の汚れは見えるが、綺麗な顔に上等な軍服。栄養失調になりがちなフォーマー特有のがさついた肌や、黄色く濁った眼など見当たらない。

 ネオの奴らを見ているとため息をつきたくなる。ネオ女の背中に、呼ばれているよ、と声をかけてファイエットたちの元に戻った。


「バッテリー貸して」

「ん、よろしく!」

「はいはい。アディーのも頂戴」


 ネオ女は、先ほどと同じように少し離れた位置に座ると、またムスっと黙り込んだ。この人ネオなんだよなぁ、と改めて思う。ネオだとかフォーマーだとか、そういうところ抜きにして見ると、本当に綺麗な女だと思う。くすんではいるが黄色味の少ないブロンドの髪は長く伸ばされ、癖もない。切れ長の目、通った鼻筋と、薄い唇。

 相手がネオだと思うと、つい気持ちが萎縮しそうになる。呼吸をひそめて、気づかれないように気配を鎮めて、左足がジクジク痛み出す。そんな自分に腹が立って、強気な言葉を声に出してみたりするのだ。

 ファイエットに限らず、普段は温厚なアディーですら言葉にときおり毒を含ませたりする。

 フォーマーだから、なんて理由で迫害を受けてきた。侮蔑を含んだ目も、態度も、仕打ちも、いままで出会ったネオが物語っていた。


 ネオとフォーマーは同じ生物じゃない。


「考えたんだけど。アンタの選択肢は三つ。その一、お互いの事情は話さず、お互いのことは忘れて、明日の朝にここでサヨナラする。その二、あたしたちに報酬を支払って、アンタの望む場所まで護送される。その三、事情を話して、あたしたちのコロニーに匿われる」

「……なぜお前が偉そうにする」


「ファイエットが、私たちのお姉ちゃんだからだよー」


 ベルナディットに投げ返された充電済みのバッテリーを確認しながら、アディーが口を出す。視線は手元を見つめたままで、けしてネオ女のほうを見ようとしない。

 ベルナディットは、こんな異臭のなかでよく耐えられるな、ネオって鼻が鈍いのか?などとどうでもいいことを考えていた。ファイエットも短気だが、ベルナディットもたいがい気が短い。ファイエットのように手や火が出るわけではないが、思わず口が出てしまうことがよくあった。だから、あえてどうでもいいことを考える。


「成り行きとは言え、あたしたちはアンタを助けた。それは分かる?感謝しろとは言わないけど……助けちゃったからには責任もある。だから、選択肢その一とその二。この先ひとりでどうにかするっていうなら、お好きにどうぞ。あたしたちは何も聞かないでここで別れる。その後アンタがどうなろうと知ったこっちゃない。でも、もし助けたことで逆に迷惑をかけちゃったなら申し訳ない。ごめんなさい。どこか目的地があるなら、あたしたちの身に危険が及ばない範囲で、そこまで護送する。ある程度の報酬はもらうけどね」


 ネオはフォーマーを侮蔑して忌み嫌う。フォーマーはネオを恐怖して忌み嫌う。

 そう、怖いのだ。

 先ほどネオ女は「感じ悪い」と言った。ファイエットもアディーもベルナディットも、虚勢を張っていないと萎縮してしまいそうなのだ。相手がネオだと思うだけで、足が竦む。だけど、フォーマーは野生動物なんかではない。意思も、感情もある人間だ。種を残すためだけに生存本能を抱えた野生動物であれば、怖いものから逃げれば良い。でも、人間はそうもいかない。面倒なプライドというものを抱えている。

 どうせこのネオも、自分たちを卑しいフォーマーだと蔑んでいる。本当は近くにいるのだって嫌だと思っている。フォーマーからもらった食料や水なんて口にしたくなかっただろう。なんて、卑屈な態度を取りたくないから、馬鹿にされないように、弱いものだと思われないように、虚勢を張るのである。


 まるで、やせ細った野犬だ。みすぼらしく汚い毛を必死に逆立てて、体を大きく見せようとしている。蹴り飛ばせばすぐ死ぬくせに、歯をむき出して威嚇する。

 フォーマーは、そういう生き物だ。


「その三は、まぁ助けちゃったわけだし、行き場所がないならいちおう面倒は見る。ただ、みてわかる通りあたしたちはフォーマーで、もちろんコロニーもフォーマーばっかり。そんなところにネオを連れていくわけだから、あっさり受け入れてもらえるわけがないのは分かるでしょ?軍人に追いかけられる軍人って、けっこうヤバそうな案件だし。下手したら自分たちの身を危険に晒すのに、事情も知らないまま受け入れるほどお人よしじゃない。だから、その三を選んだ場合は事情をきっちり話してもらう」


 ファイエットの目をじっとまっすぐ見つめながら、ネオ女はただ黙っていた。くすんだブロンドの長い髪が、肩で揺れていた。


「あと、もしうちのコロニーに来るなら、それ相応の態度はとってもらう。ここから先はあたしたちの善意だからね。それこそお礼の言葉もないようだったら、途中で放りだすよ」

「……フォーマーごときの世話になるなど、こちらから願い下げだ」


 ネオ女がボソッとつぶやいた言葉に、思わず足が出た。軽く太ももを蹴飛ばされたネオ女が、心外そうにこちらを見る。つま先に鋼鉄の入った重たいブーツで蹴られたのだから、そこそこ痛いだろう。

 短気だからすぐに口が出る、と思って自重していたが、口より先に足が出てしまった。この悪い足め、反省。


「フォーマー“ごとき”に助けられたくせに偉そうにしないでくれる?」


 憎々し気な表情でこちらを睨みつけてくるから、ベルナディットも強気に睨み返す。きっちりと目を合わせているはずなのに、この人の目を見ているどこか焦点がぶれる。

 ジョセフィーヌに興味を持つくらいだから、良い奴かもしれない、なんて思ったのが馬鹿だった。所詮はネオ、どうせこいつだって、ベルナディットたちのことを痩せた野良犬かなんかだと思っているのだ。

 焚火を跨いでファイエットがこちらにやってくる。あぁ、怒られるかなぁ、と思ったら、そのままグリグリと頭をなでられた。髪がぐしゃぐしゃになるついでに、首までぐらぐらと揺れる。酔いそう。


「よーしよし、ナーディはいい子だ……ま、そこのアンタも分かってると思うけど、ネオ……とくに大コロニーの軍人ってのは、あたしたちにとってなかなか受け入れがたい存在なわけ。いろいろあったしね。そこらへんのこと踏まえて、考えてみて」

 さて、寝よー!と立ち上がったファイエットに手を引っ張られ、つられて立ち上がる。腹が立つから、ネオ女の顔は見なかった。なによりも、ファイエットに頭をなでられて機嫌が直ってしまった自分に腹が立つ。癇癪を起した子どもみたいだ。

 アディーは、また何かわからないモノを焚火にくべていた。今晩は寒い。たとえ体に悪そうな煙が出ようと、寒さで死ぬよりもマシだった。



■2227/04/13 01:31


交代の時間、とアディーに起こされてから三十分ほどが経った。ジョセフィーヌのサイドカーのなかで縮こまっていても、歯の根がカタカタいうほど寒い。

 拠点があればもう少しまともな寝床が作れたはずなのだが、わがままも言っていられない。今晩は全員、ひび割れたコンクリートがベッドだった。

 三人で揃いのカーキのジャンバーと、つま先に鋼鉄を入れたブーツにはヒーター機能がついている。どちらもフル稼働させるのは、随分と久しぶりだった。北上してネオモスコール方面に出向いたとき以来だろうか。怖くて、いまの気温が何度かなんて、確かめられない。

 実際問題、コロニー外で死んだ者たちの死因で最も多いのが凍死や低体温症だ。ある程度の気温があっても、寝ているあいだに何かしらの要因で身体が濡れてしまえば、二度と目が覚めない。夜間の見張りは、野生動物や賊の警戒よりも、雨や地割れの観測のほうが重要なのだ。


 焚火を確認して、サイドカーからジョセフィーヌの駆動部を見つめる。ジョセフィーヌを拾ったのは、たしかベルナディットが十三歳のときだった。エンジンをEEで駆動できるように弄り、瓦礫の中でも走れるように足回りとサスペンションも弄った。

 当時は、片足のつま先しか届かなくて、走りながら何度も転んだ。車体についた目立つ傷は、ほとんどがあの頃のもの。転びながら運転操作を学んで、調整して、改造して、愛着が沸いて、何度か骨を折ったりもした。

 サイドカーをくっつけたのは、ファイエットとアディーを乗せてやりたかったから。そうしたら今度は、盗賊稼業にもジョセフィーヌを連れていきたくなって、積載量を増やしたり、装甲を頑丈なものにしたり、ちょっとずつ大きくなっていった。二輪車にサイドカーをくっつけたものではなく、わざわざ後輪位置を調整してトライク仕様にしたのは、ただのこだわりである。

 三人だけで盗賊稼業に赴く頃には、二基の機銃をサイドカーに搭載するまでになった。重量感抜群なのはご愛敬、乗り心地はなかなか悪くないのだ。

 ファイエットとアディーは大切な家族だけど、ジョセフィーヌだって大切な相棒だ。


 寒さをごまかすためにジョセフィーヌのことを考えていたら、ザクっと人が動く気配がした。辺りは真っ暗、光源は足元に置いた小さなライトだけ。

 ネオ女か……助けたが信用したわけではない。どちらかと言えば、信用ならない。ネオは、フォーマーにだったら何をしてもいいと思っている。

 ハンドガンを抜いて暗闇に構えると、また衣擦れの音が聞こえた。寝ている二人に危害を加えようものなら、脳天をぶち抜いてやる。

 音が少しずつ近づいてくる。狙いはふたりではなくベルナディットか、はたまたジョセフィーヌか。先ほど蹴飛ばしたことを恨まれているのかもしれない。


「そう警戒するな」

「……なにか用?」

「………先ほどは助かった。礼を言う。あと、食料と水も」


 暗闇の中から聞こえた声に驚いて、そのまま返す言葉もなかった。彼女がそれ以上こちらに近づいてくることはなかったし、再び起き出してくることもなかった。

 ファイエットと交代の時間になるまで、ベルナディットは暗闇にハンドガンを構えたまま、ただ固まっていた。ネオもお礼って言えるんだな、と。




Tips

ネオ:オルドに完全なる耐性を持つ新人類と呼ばれる者たち。人類の多数を占め、大災害後の世界を先導する者たち。フォーマーを劣等種と呼び、差別的な扱いをする者が多い。過激な者はフォーマーに危害を加えることも珍しくない。


フォーマー:世代違いの間に生まれた者たち。体内にEO器官を持ちながらも、オルドに耐性を持たない者が多く、オルド病による死亡率が高い。なぜ世代違いの間に生まれた者がEO器官不全を起こしやすいのかは解明されていない。ネオに迫害されたことから大コロニーを離脱し、独自のコロニーで暮らす。


EE機関:エルフリーデ・ローマンベルグが開発した、オルドを生体エネルギーに変換し、モーターを動かす装置。EE機関の開発により新時代の文明が大きく進み始めた。しかし、集気量に比べるとエネルギー変換効率が悪く、EE機関搭載車はフル充電でもおよそ三時間ほどしか駆動できない。


EEチャージャー:ライムント・ローマンダムがフォーマーの死亡率の高さを憂いて開発したもの。生物の体内に蓄積したオルドをEEに変換し蓄電する装置。EEチャージャーの開発によりフォーマーやEO器官不全の者たちの死亡率は激減、さらにコロニー外でも手軽にEE充電ができることから大コロニーの発展にも力を貸した。


EO器官:体内にオルドを蓄積し、無害なものへと変える臓器。片方の腎臓が異様に発達したものと考えられている。EO器官を持ちながらもオルドを分解できない者をEO器官不全と呼ぶ。EO器官不全はフォーマーに多く見られるが、ネオでも生まれつきEO器官不全の者がいる


EO神経:EO器官から無数に伸びる神経。第三世代までの者には見られない、新人類特有のもの。EO神経の発達によりEECの操作が可能になっていると考えられているが、詳細は未だに不明。EO器官不全はEO器官によるものではなく、EO神経の不全による病気だとする医者も多い

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