ドブネズミたちに捧げる歌1
バイクで事故って左足の膝下がパッキポッキステーションになったので、腹いせになろうデビューしました。
足首二か所の骨折と膝の靭帯損傷と皮膚が抉れるほどの裂傷、全部治っても書き終わらないくらいのプロットと設定を組み立てました。
どうか誰かの心に届きますように。
■2227/04/12 18:57
焚火にあたりながら、にらみ合うふたりをただ黙ってみていた。幼馴染と、先ほど助けた女、そしてモウモウと煙をたてる焚火を突きまわすもう一人の幼馴染。
あぁ、面倒なことになってしまったなぁ、とただそれだけを思った。
「で、どうするのー?」
アディーに突かれた焚火の火が、また煙を吐き出す。この煙、明らかに人体に有害だ。防護マスクをしているから臭いの被害はないが、煙に触れた目がチリチリと痛む気がする。
「ナーディ、どうすんの?」
どうすんの、と言われましても。女から顔を背けたファイエットが、今度はこちらを睨む。ファイエットに睨まれたところで怖くもなんともない。ファイエットが怖いのは、火を噴きながら暴れまわっている時だけだ。
助けたけれど、連れて帰るわけにもいかないだろう。だって、ネオだし。マスクもしていないし、その服はどう見ても軍服だ。どこかの大コロニー所属軍人だろう。そもそも、軍服でなくとも、ネオの奴らは着ている服の生地が違う。どういう製法なのかは知らないが、フォーマーたちの服と比べ、染色も縫製も上等だ。
ちょっとヤバい煙を出している焚火に照らされながら、女がキッとこちらを睨んだ。おぉ、怖い。美人に睨まれると迫力がある。
「ネオなんか連れて帰ったら怒られるよね」
「ネオだってわかった時点で逃げれば良かったじゃない」
「いやぁ、この人がネオだって気づいた時点で、すでに軍服野郎を何人かひき殺しちゃって。それだと、私ただの暴走ひき逃げ野郎になっちゃうじゃん」
睨んでくる女をしり目に、ファイエットと会話を続ける。
そうなのだ。軍服たちを吹っ飛ばしながら集団に突っ込み、襲撃されている女をサイドカーに放り投げた。あれ?なんかこの人の服も軍服っぽくない?そう思った、たしかにそう思った。けれど、あの時は逃げる以外に出来ることなど無かった。
だって、サイドカーに力ずくで放り投げておいて、「人違いでした!」なんてできるわけがない。
「……感じ悪いな」
ネオ女がようやく口を開いたかと思うと、憎まれ口だった。助けてくれてありがとう、なんて言葉を求めているわけではないが、いまは黙っていてほしい。睨んでくれてもいいが、黙っていてほしい。
「ネオ、ネオと……別に私が助けてくれと頼んだわけでもないだろう」
「アンタねぇ!」
「どうどう、落ち着いてファイエット」
ちらりとアディーをみると、興味なさそうに、全員分のボトルに飲料水を補充していた。助け船なんて期待していなかったよ、うん。
怒ったことで呼吸が荒くなったのか、ファイエットの防護マスクから、シュコォ……シュコォ……と大きく排気音が漏れ出している。あぁ、これ、マスクのフィルター変えたほうがいいな。
ネオ女を睨みつけるファイエット、むすっとした顔をしたネオ女、補充作業を続けるアディー。ゴムだとかビニールだとか、燃やすべきではないものを燃料にしたヤバい焚火。ネオ女を助けるために、置き去りにしてしまった拠点と野営道具。
あぁ、本当……面倒なことになってしまったなぁ。
■2227/04/12 12:08
遡ること約七時間前。
寒い、とファイエットが呟いた。
たしかに、今日は昼になっても気温が九℃までしか上がらない。ジャンバーのヒーター機能をオンにしていても、じっとしていると寒い。ファイエットが小さな体をさらに小さく丸め、いつ来るか分からない獲物を探すようにじっと遠くを睨んでいた。
監視体制に入って、すでに四日目である。バラダースの食糧輸送車がファームに向かったことは確認している。ファームで食料を積んで、引き返してきたとして、そろそろ輸送車が見えてきてもいいはずだ。今日中に遭遇できなかったとしたら、ルートの予想が外れたことになる。
小コロニーと言っても、バラダースはこの大陸でもっとも人口の多いフォーマーズコロニーである。ファームから一度に購入する食料も、人口のぶんだけ多い。そしてそれだけ、ベルナディットたちのような賊にも狙われやすい。過去にも数えきれないほど襲撃されているバラダースの輸送車は、食料を輸送するだけなのに、装甲が分厚く生半可な攻撃ではびくともしない。賊の襲撃を避けるために、毎度ちょこちょことルートを変えてくるのも腹立たしい。
積み込んだ荷をすべて渡せというわけでもなければ、皆殺しにしてやろうというわけでもない。ほんの少し、食料のおすそ分けを頂きたいだけだ。
『目標発見、距離七百』
インカムからアディーの声をきいて、ファイエットが「よしきた!」と呟いた。アディーは、窓もなく鉄骨がむき出しになった廃墟の三階で南方を監視している。通信機は二、三分のタイムラグがあるため、数十秒すればベルナディットたちも目視できるだろう。通信機のタイムラグは距離が離れれば離れるだけ大きくなる。ある程度距離の離れた場所での通信は、必ず時刻を告げないといらぬ事故を引き起こす。
輸送車は二台、一車につきおそらく十五名程度と考えると、そこまで時間もかからないはず。目標タイムは五分以内。行きに確認したのは四台だったことを考えると、半分はルートを分けたということか。それとも、別の賊に持っていかれたか。
「敵影チェック、作戦開始!グリュックアウフ!」
「了解。グリュックアウフ」
『了解!グリュックアウフ!』
輸送車が進むガリガリとした不快な音が聞こえてくると同時に、瓦礫の隙間を縫いながらファイエットが右方より走りこむ。この瞬間は、いつも少しドキドキする。
デカい車の進路上にファイエットが飛び出す前に、車の足元に向かって発砲する。旧時代の戦車を模した履帯部分にあたって、ガキンと高い金属音が聞こえた。
連中が作る車は足元が脆い。だからと言って、ハンドガンのオモチャ程度で足止めができるわけではない。ただの囮、一瞬でもベルナディットが発砲した位置に視線を向けてくれたら良いのだ。
「賊だ!迎撃!迎撃!」
『アディー、援護よろしく』
『ラジャー!』
装甲車が停止する直前を狙ってファイエットが飛び出す。右手にハンドガン、左手には光る棒。
光る棒、と三人は呼んでいるが、正しくは【EE機関搭載電気警棒】の改造品である。EE機関搭載電気警棒とは、大コロニーの軍や警察で使用されている、人体に当てると電撃が発生し失神させるという殺傷能力のない武器である。大コロニーで使用しているものは四十センチメートルほどだが、ファイエットが所持する改造品は八十センチメートルを超す大ぶりなものだ。電気警棒だと油断していると皮膚が溶ける危ういシロモノでもある。
ファイエットのEEコントロールに合わせ、電撃ではなく電熱によって相手をけん制する。警棒など持たせなくても、ファイエットが炎を出せば相手をけん制することなど容易いのだが、細かいコントロールが出来ないせいで周囲一帯を燃やし尽くす。略奪した食料に火をつけた回数が二桁を超す前に、改造警棒を持たせることによって対処した。
そんな危ない棒は、今日も絶好調に光っている。ベルナディットは、これに光る機能なんてつけていない。そのはずなのだが、温度が上がりすぎて筒身が光るという現象が発生してしまったのである。
輸送車からわらわらと出てくる警備の男たちを、光る棒で殴る。殴る、殴る、殴る。縦横無尽にとにかく殴る。筒身に触れるたびに、服ごと皮膚を溶かされた者の悲鳴が上がる。傷口は瞬時に焼かれ、血すら出ない。
ファイエットが駆け回る隙間を縫って、アディーの援護射撃が始まる。狙うは輸送車の上部ハッチ。荷の積み下ろしをするための背部ハッチではなく、非常出口の上部ハッチを狙う。人間ひとりがくぐれるほどしかないハッチは、どう考えても強奪には向いていない。だからこそ、守りは手薄なのだ。背部の荷下ろし用ハッチを苦労してこじ開けても、中で待ち伏せされたらこちらが怪我をする。正面から打ち合うより、上部から狙い撃ちしたほうが状況は有利になる。
輸送車の上部にファイエットがよじ登ったところで、周囲に残る警備の男をアディーが冷静に狙い撃ちしていく。地面に倒れているのは二十名ほどか。応援が出てこないところを見るに、後続車は籠城を決め込んだらしい。うんうん、それが正解だと思います。出てきたらアディーに撃たれるからね、じっとしててね。
アディーの氷弾によって歪になったハッチを、光る棒をテコにしてこじ開けた。
「あぁぁ!ファイエット、折れる折れる!」
思わず声に出しながら、愛車にイグニッションキーを差し込んでエンジンを入れる。獣のように低く唸るジョセフィーヌ。立ちはだかる奴がいたら轢き殺してやろうと思ったが、地面に倒れ伏したまま、動く者はいない。地面に転がったまま痛みに悶える男どもの隙間を縫って、スムーズに輸送車に向かう。
ファイエットが潜り込んだ輸送車に肉薄すると、内部から発砲音と男の悲鳴が聞こえてきた。中にもまだ残っていたらしい。
「セット、オーケー」
『了解、荷物おろすよ!』
上部ハッチがガコン!と吹っ飛んで、ついでに茶色い布に包まれた荷物が降ってきた。ファイエットは相変わらずやることが派手だ。わざわざハッチの扉を壊す必要などなかっただろうに。いや、狙って壊したわけではなく、ファイエットのことだから力任せに殴ったら吹っ飛んだ、とかそういうことかもしれない。
跨っていたジョセフィーヌから降りて、あらぬ方向に飛んでいった荷物を回収してはサイドカーに放り投げる。肉か?肉なのか?肉だな!肉だ!
いくつかの荷物を積んだところで、インカムがジジっと鳴って、ファイエットの声が聞こえた。
『撤収!』
「了解」
『こっちも離脱しまーす』
クラッチを繋いで発進すると、ガクンと後ろが沈んで背中に柔らかい衝撃を感じた。タンデムシートに飛び乗ってきたファイエットも無事に回収したところで戦線を離脱する。
愛車ジョセフィーヌが唸りながらグングン加速していく。置き去りにされたバラダースの食糧輸送車は、沈黙したように追ってくることもなかった。
「作戦終了!イエーイ!」
「肉だ肉だ!ファイエット、肉だぁー!」
すでに通信可能範囲から離脱したのか、アディーの勝鬨は残念ながら聞こえなかった。あとはこのまま、集合地点としている拠点まで迂回しながら向かう。アディーと無事に合流出来たら、今晩は拠点で一泊、翌朝から我がコロニー『クエットサルミン』への帰路となる。
三人で揃いのジャンバー。その左腕に表示される時計をちらりと見て、思わず満足げな笑みが漏れた。行動開始より四分二十一秒、良いタイムだ。しかも、戦利品には肉。ファームの肉なんていつぶりだろう。
追手がいないことは分かっていたが、念には念を入れて、拠点に集合する際には必ず迂回する。狙撃手のアディー、前衛のファイエットとベルナディット、それぞれ二手に分かれ、どちらかに追手がついたとしても全滅しないための対策である。アディーは徒歩で集合地まで直接向かい、ベルナディットとファイエットは追手を巻きながら向かう。とはいっても、すっかり沈黙してしまったバラダースの輸送車から追手がかかる様子はなかった。
追手が見えないからといって油断してはいけない。確実に丁寧に、時には戦利品を投げ出してでも、最優先は自分たちが生き延びること。
周辺の食糧輸送車を狙う盗賊を始めてから、すでに五年目。初めの頃は幼馴染の兄貴分たちの後をついていくだけで精いっぱいだったが、二年も経つ頃には三人だけで出かけるようになった。
最年長のファイエットをリーダーに、狙撃手のアディー、技術担当のベルナディットと言ったところか。コロニーの外では生きていくのも厳しいこの大地で、非常にバランスの良い三人だった。三人で集まれば、火も水も電気も困らない。突然の地割れや荒天、野生動物などの脅威から身を守る術を身に着けた三人は無敵だった。
三人のモットーは「生きていれば負けじゃない」である。言葉のとおり、生きてさえいれば負けじゃないのだ。勝とうとしなくても良い。負けなければいい。
輸送車の襲撃に失敗したことも数知れず、野生動物から必死に逃げたことも数知れず、ネオの巡回兵に捕まりかけたことも数知れず。でも、三人とも生きているから負けじゃない。
一度滅びかけたこの世界で、不良品だとか劣等種などと言われるフォーマー。そのフォーマーの中でも、さらに小さなコロニーで生まれた。新人類と呼ばれるネオが管理する食料生産施設、通称ファームの恩恵も受けられない。小さなコロニー内で自給自足をするにも限度がある。だから、ファーム車を狙う盗賊なんてものをやっている。食べるために殺す。殺されないために殺す。生きるために殺す。そんな環境で生まれ、そんな環境のなかで生きてきた。
大コロニーで生きるネオよりも、この世界に技術という恵みをもたらす研究者よりも、フォーマーでありながらコロニーを発展させていった者たちよりも、三人は誰よりも強かで、生きることに貪欲だった。
およそ百五十年前、人類が滅びかけたことは、この世界に生きる誰もが知っていることだ。始まりは未曽有の大災害だったとされる。大地震、大津波、大型台風、竜巻、噴火、絶え間なく襲いくる自然の猛威は、およそ十年の間、この星に生きる生命たちを駆逐し続けた。大震災があった翌日に、台風が襲ってくる。休火山だった山が突如として噴煙を上げ、避難する間もなく豪雨と竜巻が襲う。日照りが続き乾燥した土地は火災で焼け野原に、海に面した町々は津波に流された。季節という概念はとうになく、昼間は四十℃を超し、夜間は氷点下。海水面は異常な上昇を続け、島は海の底へ。広い地球上に、逃げる場所などどこにもなかった。六つあった大陸は見る影もなく四つまで数を減らし、その面積を縮めた。当時と大きく地形を変えた陸の上は、百五十年たった今でも変動を続けている。
十年間、絶え間なく生物を襲った大災害。その後に起きた人間たちの紛争。そして、それを終結させた病の大流行。人口百億の大台に乗ろうとしていた人類は、十七年というわずかな時間の中で一億まで数を減らした。
【旧人類の結び(通称オルド)】と名付けられたウイルスによる病が蔓延した地上は、人間が生きていける環境になかった。地下と廃墟を用いて、人間たちはなんとかコロニーを作り上げた。それが、現在に続く大コロニーの始まりである。
大災害と紛争を生き延びた人間を殺しつくさんと、蔓延し始めたオルド病。当時の人間たちは、防護マスクをしなければ外に出られず、またマスクをしたとしても感染率は非常に高かった。しかし、人間にかかわらず、生物というのは生きることに関しては恐ろしく貪欲なものだ。生物たちは、ウイルスに耐性をつけ、人類に至っては大気中に溢れかえるウイルスをエネルギーとして利用し始めた。
人間たちは、自分たちを殺しつくそうとしたウイルスに、人類の活路を見出したのである。
エルフリーデ・エネルギー。通称EE。この世界に生きる生物は、その体内にEO器官という臓器を持つ。病の原因となり、死をもたらすウイルスは、この臓器によって無害なものとなる。そして、人間たちは、無害となったウイルスを自在に操る術を身に着けた。エルフリーデ・エネルギーコントロール。EECと呼ばれるその能力は、旧人類の者たちが見たら、こう叫ぶだろう。
『魔法だ』
『超能力だ』
『異能力だ』
それはまさしく、魔法のようであり、超能力のようであり、異能力だった。EO器官に蓄積したオルドを体外に排出する際、意図的に様々な現象を引き起こす。火を起こすもの、水を作り出すもの、鉄を溶かすもの、雷を操るもの。人によって操る現象は様々だ。
オルドという凶悪なウイルスを変換してつくられたエネルギー、EEは夜を照らす明かりになり、清涼な水を作り出し、暖をとるための火となり、移動のための動力となる。人間を殺したオルドは、いまや人間が生きていくためになくてはならないものとなっていた。
EEという強力なエネルギーを手に入れても、EECという強大な力を手に入れても、人間はまだ、その大地を取り戻せずにいる。変動を続ける地殻、予測できない突然の荒天、旧時代には存在しなかった害獣。コロニーの外にはまだ、酷く厳しい環境が横たわっている。
滅亡を目の前にしてから、およそ百五十年。しかし、まだ百五十年。新たな人類たちは、その歴史を歩み始めたばかりだ。
■2227/04/12 14:16
ジ、ジー、ジジ、ジー……
インカムが音を拾おうとしている。
「アディーかな」
「だろうね……ハロー、ハロー、こちらファイエット!みんなの可愛い妖精さんだよ!ハロー!」
たしかに、見た目だけであれば可愛い妖精さんだろう。低い身長に、チェリーレッドの柔らかい髪は肩口で揺れている。防護マスクに隠された頬はもちもちで、感情が高ぶるとすぐに上気して真っ赤に染まる。
でも、見た目に騙されてはいけない。この人は、可愛い妖精さんの皮をかぶった火を噴く小さな猛獣である。クエットサルミンでは「リトルドラゴン」の愛称で親しまれているくらいだ。EECの細かい制御ができず、そこら中に炎をまき散らすリトルドラゴンに、妖精などと名乗って欲しくはない。幼いころ、ファイエットの火で前髪を燃やされたのは未だに根に持っている。ついでに、つい最近、二十歳の誕生日を迎えた。妖精さんなんて言っていい歳でもない。
インカムが、再度ジジジっと鳴って音を拾い始めた。
『現在一四〇〇。こちらアディー、拠点前に到着。拠点よりN四〇一E二五、礼拝堂廃墟内で待機中。拠点周囲にネオ軍人と思われる集団あり、十名程度だが戦力不明。合流待ち、早くお腹空いた寒いよぅ』
「十六分前か……結構近くまで来てるね。ナーディ、あとどれくらい?」
「五分くらいでつくけど……うーん、ネオの軍人か……」
十六分前の情報で、さらにネオの軍人ともなれば、このままエンジン音をブンブン響かせながら近づくのは危険すぎる。バラダースの北に位置する大コロニー『サマーカット』の連中だとすると、非常に嬉しくない遭遇である。
食料を強奪しているバラダースと違い、サマーカットに対して明確な敵対行動をとったことはない。しかし、フォーマーを毛嫌いしているネオの連中に発見されれば、暴行やら強姦やら危ない目に遭うことも珍しくはない。他の大コロニーはどうか知らないが、サマーカットの連中に見つかったら、百発百中、必ず追い回される。あいつらは、フォーマーは狩って殺して楽しむ野生動物か何かだと思っているのだ。
「とりあえずアディーを回収しよう。あ、その辺にジョセフィーヌとめて」
「はいはい」
元の形も分からないコンクリートの洞窟にジョセフィーヌを侵入させる。もとは排気量九百五十cc、四気筒のちょっとクラシカルな雰囲気を持つバイクだったのだが、いろいろと改造を重ねた結果、だいぶ厳ついサイドトライクとなってしまった。単車の右側に取り付けた側車には二基の機銃を設置し、野営荷物や強奪した食料を乗せられるように前後に大容量キャリアも取り付けた。側車背部にトランクスペースもある。日々改良を重ね、日々その姿を変えている。ベルナディットの愛情と情熱をこめた可愛い我が子である。
背の高いアディーはサイド、小柄なファイエットはタンデムと、いつの間にか定位置も決まってしまった。
『ファイエット……ナーディ……ごめん、もう……だ、め』
「アディー!?アディー!どうしたの!?」
タイムラグのせいで数分前の通信だと分かっていながら、ファイエットが思わず声を荒げる。警戒して徒歩で向かおうなんて、そんな場合じゃない。拠点までの距離を考えれば、通信はおよそ五分前のもの。間に合わないかもしれない。
ネオの軍人に見つかったか、大型の野生動物に襲われたか。通信を入れることができたのなら、後者。
『お腹空いて……死ぬ』
「……勝手に死ね!」
『暇だよぅ、お腹空いたよぅ、早く迎えにきて可愛い妖精さん』
勝手に死ね、とキレつつ、安堵でしゃがみこんだファイエットの腕を引っ張って起こす。視界の端で、全長三十センチメートルほどのネズミがガサガサと駆けていくのが見えた。クソ、捕まえれば良かった。お腹空いた。
突然の恐怖は、瞬時に流れた。冗談にしても趣味が悪い。
「ファイエット、まだネオの軍人いるかもしれないし、早く合流しよう」
「そうだね。ほんと、ジョークの趣味が悪すぎる。あー!あたしもお腹空いた!肉食べたいよー!」
周囲を警戒しつつ、コンパスに従って進む。旧時代はそこそこ人口が集まっていた地域なのだろう。建物らしき瓦礫の間には、コンクリートの道が残っている。
ベルナディットは常々思うのだ。このコンクリートの道路が大陸中を血管のように張り巡らされていたという旧時代は、いかに素晴らしい時代だったのだろう、と。瓦礫を超えていく必要も、むき出しの岩肌を走る必要もない。ただ悠々と、このコンクリートの優しい道を走ればいいのだ。車体にも、タイヤにも優しい。しかも、あの時代はEEなど存在しなかったのだという。EEもなしに、人々はエネルギーを作り出し、文明を発達させた。この瓦礫の山は、その人類たちの遺した大いなる遺産。宝の山、あぁ、旧時代って素晴らしい。
「礼拝堂ってあれかな」
「こちらベルナディット、アディーいる?」
何秒か待つと、元は白かったのだろう建物からアディーがひょっこり現れた。ふらふらと歩いてくるアディーの頭に、ファイエットが思い切りゲンコツを振り下ろす。
ゲンコツの衝撃で、アディーのマスクがずれた。
「痛いー!なにするのー!」
「アディーが趣味の悪い冗談言うからでしょ!本気で心配したんだから、もう一発殴らせろ!」
心配したんだから、もうしないでよね!とか、可愛らしいことを言わないのがファイエットである。リトルドラゴンにかかれば、たいていのことは殴って解決できる。
ベルナディットのひとつ下、小っちゃな泣き虫アディーは、いつの間にやらニョキニョキと身長が伸びて、ファイエットの隣に並ぶと優に頭ひとつぶん以上違う。今ではベルナディットも、アディーの鼻先までしか頭が届かない。
廃墟の街を再び歩き出しながら、アディーに話を聞く。マスクをずらしてボトルの水を一口飲むと、ぐぅと情けない音がアディーの腹から聞こえた。
「アディー、ほい」
「やったぁ、いただきます!」
カーゴパンツのポケットから、レーションを取り出してアディーに投げてよこす。クエットサルミンの食料製造施設で育てた芋から作ったレーション。もそもそとした食感でけして美味しくない。けれど、栄養価が高く腹持ちも良い。コロニー外で長期間活動する上での必需品である。アディーは、垂れたまなじりをさらに下げてマスクを外すと、もそもそのレーションをかじった。
深いブラウンの髪を緩く縛り、髪と似たブラウンの目はおっとりと垂れ下がっている。EECによって水を生成し、さらにそれを溶けない氷に変える。水や氷を作り出すEECはどこのコロニーでも非常に重宝された。アディーも例外ではなく、成長したらクエットサルミンの生活用水施設で活躍することを期待されていたのだが、何を思ったのか十六歳になった今年から、ファイエットと共に風呂屋を営んでいる。
「グレーの軍服だったからサマーカットの軍人じゃないと思うんだけど……誰かを追いかけてるみたいだった。見通しが悪くてはっきりとは見えなかったけど、たぶん女の人かなぁ」
「どっかのフォーマーかな……だとしたら胸糞悪い」
ファイエットが嫌そうな声で言った。フォーマーだ、というだけの理由で、三人とも散々嫌な目に遭ってきた。家族を失い、体を失ってきたのだ。同じフォーマーが生活するバラダースから食料を強奪している身で、フォーマーだから助けよう、などと言うのは可笑しな話だが、それとこれとは別。気分の問題である。
「ネオがうろうろしてるなら、拠点の回収もできないもんねぇ」
アディーがチラっとベルナディットを見て言う。
「食料は手に入ったけど、このままだと後味悪いよね」
ファイエットがチラっとベルナディットを見て言う。
防護マスクのなかに、特大ため息をこぼして片手をあげた。歳の差コンビのこういう連携の良さは勘弁してほしい。
「私が行けばいいんでしょ、もう……」
わーい、ナーディ大好き!という、無邪気で憎たらしい二人の声に、もういちど超特大ため息をこぼした。
■2227/04/12 15:12
集合場所を再度設定して、現在ひとりで作戦遂行中。
耳の奥に残るふたりの「グリュックアウフ!」が、やたらと腹立つが、引き受けたのは自分だ。仕方あるまい。
ジョセフィーヌで拠点周囲を哨戒、追われているフォーマーを発見次第救出。救出後は拠点を放棄し、追手を巻いたのち合流。軍人、フォーマー、どちらも発見できなかった場合は、拠点の野営荷物を回収後、速やかに合流。
フォーマーが襲われているのだとしたら、ベルナディットだってもちろん助けたい。だが、それとは別に、面倒だなぁとも思う。できることなら、野営荷物だけ回収して合流したい。ベルナディットは早く肉が食べたいのだ。
ファームの肉は美味しい。そこら辺で狩ったネズミや蛇と違って臭みもなく、柔らかい。ものによっては脂がのっていたりして、本当に美味しいのだ。やはりオススメは焼いて塩だけ振ったやつ。焼きすぎても良くない、パサパサになってしまう。まだ内部がちょっと赤いくらいがいいのだ。
「あぁー、肉食べた……い?」
前方に動く者が見えた。肉のことを考えていたら、いつの間にか拠点の近くまで来ていたようだった。アディーが軍人を発見したのが十四時だとすると、すでにあれから一時間以上経っている。最悪なパターンとして、散々に弄ばれたフォーマーの死体を見つけてしまうかも、と思っていたが、その可能性はなさそうだ。
エンジンを切って、インカムの収音感度を上げる。まだ微かだが、怒鳴り声のようなものが聞こえる。ジジ、という音の中に、「渡せ」だとか「来い」と言ったような単語が聞こえて来る。ネオの軍人からなにか盗んだのだろうか。だとしたら相当な度胸の持ち主である。
盗んだのち、逃げ回っていたが、ついに発見された、というところか。女が犯されているような現場に鉢合わせなくて良かった。だとしたら、あまりにも胸糞悪い。
「さて、行きますか」
インカムをペイっと耳から外して、イグニッションキーを回す。作戦なんてものはない。突っ込む、助ける、逃げる、以上。EECによる攻撃なんて怖くはない。なんの脅威にもならない。やはり一番怖いのは、旧時代の銃器である。ベルナディットが改造したものはエアガンというオモチャだが、本物は鉄の弾が飛んでくるのだ。アディーが作った氷の弾とは、威力も飛距離もなにもかもが違うだろう。アディーの氷弾ですら、人間の脳天をぶち抜けるのだ。それが鉄だったら、なんて考えたくもない。
瓦礫を踏んづけて、時折跳ねながら、軍人たちに迫る。爆音に驚いたのか、グレーの軍服が振り返って咄嗟に横に避ける。
「どけ、オラァア!」
逃げ遅れた軍服を三人轢いたところで、おっさんが女の子の喉元に警棒を突き出しているのが見えた。ふたりとも驚愕の表情を浮かべたままこちらを凝視している。
「おっさん邪魔!ほら、いくよ!どっこいせ!」
ワァとかギャアとか悲鳴が聞こえたが、知らん。速度を落とさないまま、片手で女の子の襟を掴んで、渾身の力でサイドカーに放り投げた。純粋な筋力、なわけがない。体内のオルドを左腕に巡らせ、筋力の補助をしたに過ぎない。
「ま、ま、待て!」
「誰が待つかよ、バァーカ!」
クソ、フォーマーか!という叫び声が聞こえたあと、炎に形を変えた誰かのEECが背後に迫ってきた。おぉ、なかなか良い速度。
「あ、危な……え?」
「余裕、余裕!クソヘボコントールめ」
急に放り込まれて呆然としていた女の子が、背後に迫った炎に叫び声を上げ、突然消えた炎に再び呆然とするまで、およそ二秒。EECによる攻撃は、同量のEECをぶつけることで相殺できる。ベルナディットのEECは不可視だ。迫った炎が突如として消えたように見えたのだろう。
サイドカーにしがみついている女の服をみて、あぁ、やってしまった面倒くせぇ!と思うも、いまはその時ではない。まずは撤退。
「…仕方ない……速度上げるよ、つかまって!」
「ぉ、おう?おう、わぁぁああああ!」
四速、五速、六速、シフトペダルを蹴り上げて速度を上げ、そのまま右に曲がる。直後、サイドカーを大きく振り回すように左に曲がる。廃墟群をぐるぐると回りながら、少しずつ先ほどの地点から遠ざかった。
道に迷っているわけではない。まっすぐ合流場所に向かえば、足跡を追われた場合に一網打尽にされる恐れがある。遠回りを続けながら、時間がかかっても確実に撒くべし。
合流地点も、こうしてジョセフィーヌがグルグルしてから向かう時間、徒歩組が歩いて到着する時間を合わせた上で決めているのだ。遠回りを続けながら、ふたりの下へ向かう。
ネオだよなぁ、どう考えても。咄嗟に助けちゃったけど、ネオの軍人だよなぁ、この人。あぁ、ふたりになんて説明しよう。
なるべく右手のサイドカーを見ないように努めながら、集合場所を目指した。
Tips
エンドオブオルド:旧人類を死滅まで追い込んだウイルス。通称オルド。ウイルスによるオルド病は致死率が高く、現在でも治療法は見つかっていない。
エルフリーデ・エネルギー:通称EE。大気中のオルドを生体エネルギーに転換したもの。
EEC:エルフリーデ・エネルギーコントロールの略称。体内に蓄積したオルドを排出する際、様々な現象を引き起こす。正確には、排出されたオルドとEEはまったく別のものだが、性質が酷似しているためこのように呼ばれている。
大コロニー:オルドに完全なる耐性を得た新人類と呼ばれるネオが暮らすコロニー。他の大陸を含めその数は十一と言われているが、定かではない。
小コロニー:オルド発症率の高いフォーマーのコロニーや、研究者たちが集うサイエンスコロニーなどを指す。
食料生産施設:通称ファーム。大コロニーが管理する大型の食糧生産施設。野菜や家畜などを育て、ネオの食を支える。小コロニーに食料を卸しているファームも多い。