或る画人の噺
久し振りに見てみたらブクマ来ててびっくりした黒狐です
いやなんかもう嬉しいですよね
そんなわけで続編書きました
今回は絵仏師良秀を現代意訳です
最初に読んだ時に何か好きになった作品です
やぁ。久しぶり
また来てくれて嬉しいよ
じゃあ、今日も噺をするよ
それが僕の仕事だからね
今回語るのはとある絵描きの噺だよ
正確には絵仏師って云って仏を書く人なんだよ
それじゃあ噺を始めるよ
...宇治拾遺物語より。原題【絵仏師良秀】
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「火事だあああ!皆逃げろおおお!」
「クソッ!こんな風が強い日に火事が起こるなんてっ!」
ここは王都の一角。突然発生した火事に、人々は戸惑いつつも逃げていく
火元はあっという間に燃え上がり、火は風に乗って隣家へと移る
火に触れた木造の家は瞬く間に炎上し、民衆を嘲笑うかのように体を大きくする
「ふむ。ここまでくれば大丈夫か」
隣家の家主が燃える家から出てくる
どうやら怪我も無い様で、通りを挟んで家の向かい側に立っている
「あ、良秀さん!その様子だと無事だったみたいですね」
「ああ。危ないところだったが、ギリギリな」
「あれ?良秀さん一人ですか?奥さんと娘さんは?」
「さぁ?俺が知るかよ。今はそれどころじゃない」
良秀は淡々と云い放ち、腕を組んで自分の家を見つめている
「え?俺が知るかよってどういうことですか?それに今は安全じゃないですか」
「文字通りだ。あいつらの安否は知らない。まぁ生きてりゃ何時か会えんだろ
それよりも今はこの光景を目に焼き付ける事の方が重要だ。解ったら黙ってろ」
云いながらも燃える家から目を離さない。その姿は家族に興味が無いかのようだ
「そ、そんな言い方は無いですよ!あなたの家族でしょう!?」
良秀が舌打ちを一つして口を開こうとすると、別の男が会話に入ってくる
「おいおい、大声上げてどうした?一旦落ち着けよ。
あ、あと今火消しを呼んできたからもうすぐ消火活動も始まるぞ」
「何?それは困るな」
「それは困るって、家が燃えてるんだぞ?」
「聞いてくださいよ!良秀さんさっきからこんな事ばっかり云ってるんですよ!」
「そりゃあ奇妙だな。良秀さん、理由を聞いても良いかい?」
「自分の欲しい物が手に入って、嬉しさで周りがどうでも良くなる事があるだろ
それと同じだ。俺にとってこれは儲け物に他ならない」
云いながら良秀は炎を見て笑みを浮かべて頷いている
「それはどういうことですか?もしかして悪霊にでも憑りつかれたんですか?」
さすがに気味が悪くなったのか、困惑しながら尋ねる
「何でそうなるんだよ。いいか、俺の仕事は仏様を書くことだ
そして不動尊には背景に炎がある。でもな、長年炎を上手く書けなかったんだよ
あれだけデカい炎なんてまず見ないからな。そこで、今回の火事だ
あれのおかげで燃え方がよく解った。このことが儲け物だと云っているんだ」
良秀が説明をしている内に火消しも到着したようで、消火活動が行われている
幸いにも炎は移らず、ものの数分で炎を完全に消えた
「案外早かったな、もうちょっと見られるかと思ったんだが...まぁいい」
「あ、あなたって人は!絵の為なら家も!家族も!捨てて良いんですか!?」
「ああ、まったくもって問題ない。何度も言うが俺は絵仏師だ
仏様さえ上手く書けるなら幾らでも生きられる
家だって何百軒、いや、何千軒でも建つ
まぁ妻子に関しては残念だが、それだけだ
女なんざ、金をチラつかせるだけでごまんと寄ってくるしな
まぁ、お前等は俺と違って大した才能も御有りでは無いし、
家も家族もお大事になさってくださいよ」
そう云って嘲笑うと、彼は遊郭に向けて歩いて行った
遊郭の一室、良秀は女性達には目もくれず、ひたすらに仏を描いていた
その筆遣いは荒く、畳に所々跳ねている
「ちっ。今持ってる奴だとどうやっても赤が書きれねぇ。若干黒っぽいのが欲しいんだが...」
良秀は顔を上げ、周囲を睨みつける。女性、時計、机、酒、部屋の物を凝視する
すると、何を思いついたのか刃物と包帯、器を持ってこさせた
そうして、小刀を手に取った良秀は躊躇いなく自分の首を切る
切った場所こそ狭いが、傷は深いようでどんどん血があふれてくる
悲鳴を上げる女性たちを無視して良秀は器を傷口の下に押し当てる
しばらくして器に血が溜まると首に包帯を巻き、
そのまま筆を血につけ一心不乱に動かす。どれくらい時間が経っただろうか
完成だ。良秀はそう呟き、遊郭を後にする。完成した絵を大事に抱えて
後日、良秀の描いたねじり不動は大衆から賞賛された。
家も立派なものが建ち、再婚の報せもすぐに届いた
正しく彼の言ったとおりになったのだ
一方、良秀の家からは灰になった仏の絵と女性の焼死体が見つかったが、
数枚の絵と息子の死体は無かったと云う...
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はい。この噺はここでおしまい
いやー面白い絵描きも居るものだよね
絵の為なら妻子と家を捨てられるんだからね
まぁ、自分勝手な人だけど才能は確かだし、
あそこまで振り切れるならそれはそれですごい事だと僕は思うよ
じゃあ、気が向いたらまた来てよ。別の噺を考えながら待ってるからさ
あ、そうだ。もし興味があるならここに行ってみると良い
そこに僕の弟が居るから、云えば何か話してくれるよ
僕とは時代が全然違うけどね
じゃあ、またね
私の中で良秀さんは
才人+天才肌+奇人+頭飛んでるな絵描きさん
原文最後の敬語で嘲笑うのは個人的には面白かったです
それだけで終わると良秀さんの魅力が伝わらなさそうなので最後に大幅挿入しました
原文が読みたかったら検索すれば出て来ますので是非