捨てられた卵白
やっと殻から出られた
テレビでは料理番組、
なぜか卵白を捨てている。
この料理も卵黄のみを使っている。
一体このブームはなんなのだろうか。
私は暗い暗い排水溝を滑り落ちながら考えた。
水が後から追い上げてきて
抵抗力が嘘のように無くなる。
私は殻の中でずっと卵黄を守ってきた。
なのになぜ私は
捨てれられなければならなかったんだろうか。
このまま自分を失って消えていってもいいのか。
こんな死に方で成仏など出来るものか。
と言うわけで私は亡霊になった。
そして地上に這い上がって来た。
暗い暗い排水溝とは違い、
人が行き交いとても明るい所だった。
この人間の中でどれくらいの人が
卵白を捨てるのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
考えてしまうとキリがないので
人間を見ないように路地裏へ避難した。
私の他にも人間からの避難にこの路地裏へ
来た亡霊がいた。話しかけてみる。
「あなたも人間から逃げて来たのですか?」
「はい、私は人間に嫌われているので。」
白いボヤっとした物の声の主は男性のようだ。
「あなたは何の亡霊なのですか?嫌だったら結構です。」
「いえ、嫌では無いのです。私は人間に作られて
人間に嫌われる存在、タバコの煙です。」
「はぁ、タバコの煙ですか。私は卵白です。」
「なるほど。お互い大変ですね。成仏したいのですが
出来ないのですから。ところでノミの亡霊さんを
知りませんか?」
「さぁ、先程亡霊になったばかりなのでわかりません。」
「実はノミの亡霊さんが井伊空佑という小説家に
会いに行って来たらしいのですが、その後
ノミの亡霊さんは書店に通いつめて…。」
「ほう、書店ですか。」
「ある日いつもの様に書店に行って帰ってきた
ノミの亡霊さんは大喜びで帰ってきたんです。
そして今から井伊空佑先生に
お礼を言ってくると言い、出ていってしまったんです。
それから何週間も帰ってこないんですよ。」
「なるほど。その井伊空佑という小説家に聞いてみないと
わからないですね。1度会っていると言うことは
井伊空佑は亡霊と話すことが出来るのでは。」
「そうですね。
ですがノミの亡霊さんは男性に姿を変えて
行っていました。私も同じ手を使って行こうと思います。」
「待ってください。
私も井伊空佑に会ってみたくなりました。
一緒に同行させてください。」
「わかりました。これも何かの縁。
一緒に行きましょう。」
そしてタバコの煙と捨てられた卵白の亡霊は
井伊空佑という人物に会うために
あてのない旅を始めた。
そして3日後、井伊空佑の家を見つけることが出来た。
人間のやっていたように手を握り、中指を少し出して
手首を捻り、ドアの真ん中辺りを2回軽く叩いた。
中からどうぞという男性の声が聞こえた。
ドアに付いている取っ手を下に押してから
正面に押すとドアは開くのである。
「こんばんは。」
そう言われたので同じ言葉を返した。
「ご要件はなんでしょうか。
あなた方は見た限り亡霊ですね。」
「そうです。井伊空佑という名前を手掛かりに
ここまで来ました。
要件というのはノミの亡霊さんの件です。」
「ノミの亡霊さんなら私の目の前で成仏なさいました。」
「ノミの亡霊さんは成仏したのですか……。
あなたには一体どんな力があるのですか。」
「私はただ小説を書いているだけですよ。」
「私たちも成仏したいのですが、
したくても出来ないのです。」
「私は人間に意味もなく嫌われ続け、人間に対する
疑問の念が募り、死にきれなくなってしまったのです。」
「私もずっと卵黄といたのに私だけ捨てられる意味が
わからなくて。」
「なるほどお困りのようですね。
すぐに取りかかります。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
私はたしかに殻から出たあの解放感を思い出した。