新学期
喫茶藍で働き始めた僕だけど、春休みが終わると基本的にバイトに入れるのは学校のない休日か、授業後の夕方のわずかな時間だけになった。
このため、当然時間を取るような部活は出来ない。このため、僕の場合進学後は園芸(と言うより農業)サークルに入った。このサークル、簡単に言うと学校の体育館裏にある畑を耕して野菜を育てて、それを食べるサークル。収穫は夏から秋なので、春はひたすら土づくり。
そして、その畑仕事そのものは授業前の朝の時間でも出来ることだし、そもそも部員自体僕を含めて3人だけ。その内2人は、実質的に部活に在籍しているというアリバイを作りたいだけの、活動してない幽霊部員だし。つまり、ほとんど僕(と顧問の酒井先生)だけの部活。
まあ、逆に言うとそんな部活だからこそ、選んだと言えばいいんだけど。
とにかく、そんなわけで平日は夕方の1~2時間だけ喫茶藍に顔を出す。もちろん、先輩たちも一緒だ。
そして、新学期が始まった最初の平日の夕方。ここで、僕たちは平日の昼を担当する人たちと初めて顔を合わせた。
「お疲れ様です」
「初めまして」
その人たちを見て僕はちょっとどころか、かなり驚いた。接客担当は女性(先輩たちの様な本当は男性?)だろうという予想はしていたけど、2人とも外国人だったから。もちろん、格好は先輩たちと同じメイド服。
そして2人とも、かなり雰囲気が似ている。長身で肩まで伸びた長い髪に、スタイルもいい。顔も普通に美形の部類に入ると思う。と言っても可愛い系じゃなくて、クールな感じの方だけど。
違うのは髪の色とメイド服の色。一人は金髪のブロンドで群青色のメイド服。そしてもう一人は銀色の髪に、濃緑色だった。
まあ、何はともあれ挨拶はしておかないとね。
「初めまして、休日と夕方に厨房手伝いで入ってる富嶽忠一です。呼びにくいならチュウと呼んでください」
「岩川正です。接客担当で・・・メイドの時の名前はマサミです」
「鹿屋滝司。岩川と同じ接客係で・・・メイドの時の名前はツカサ」
メチャクチャ2人とも言い難そう。まあ、ガチなスポーツ系の先輩たちが、自分はメイドなんて、秘密を知ってるであろう人相手とは言え、そんなセリフ口にしたくないだろうな。
「エミリーです。よろしく」
「マリアよ。よろしく」
金髪の方がエミリーさんで、銀色の髪の人がマリアさんか。にしても。
「お2人とも日本語ペラペラですね」
うん、普通に日本人と言って差し支えないレベルにペラペラだし。いや、今時日本人以上に日本語上手い外国人さんなんて普通だけど、やっぱりこうして直に接すると、違和感拭えないな。
「お2人とも日本人ですか?」
すると2人は、笑顔を張り付けたまま。
「「・・・」」
黙して口を開かない。
何だろう、この間は?
と、何とも微妙な雰囲気になってしまったけど。
「あら、3人とも来たのね。だったら、油売ってないで早くお店に入る準備してね。まだまだお客さんはいるんだから」
「あ、店長。おはようございます」
「富嶽、店長もああ言ってるし。さっさと俺たちも店に入るぞ」
「ああ、わかりました。えと、ではエミリーさんにマリアさん、失礼します」
厨房から顔を出した弘美店長によって、僕たちの会話は強制中断となった。
追い払われるように、僕は男性用更衣室に。先輩たちは性転換装置の部屋へと向かった。
荷物をロッカーに放り込み、厨房で作業するためにエプロンを付ける。そして鏡で簡単に身だしなみをチェックすると。
「お待たせしました店長!」
厨房に飛び込んで店長に挨拶。
「あら、さすがに男の子は身支度が早いわね。さっそくだけど、食洗器の食器を整理してくれるかしら?」
「了解です!」
早速僕は店長に言われた通りに、食洗器で洗い終わっていた食器を拭いて、それぞれの置き場所へと戻していく。
「おはようございます!」
「司入ります!」
性転換と着替えを終えた先輩たちも、遅れて入ってきた。
「おはよう!2人もエミリーとマリアと交代して、お店に入ってね!」
「「はい!」」
両手をメイド服のエプロンの前で組んで、お辞儀をすると2人はフロアへと出て行った。
う~ん。中身があのガチムキ先輩たちと分かっていても・・・やっぱり可愛いな。美少女が可愛いメイド服着て、動作も一々これでもかってくらい女の子らしいし。
「富嶽君。あの娘たちに見惚れるのはいいけど、手はちゃんと動かしなさい」
見られてたか。
「アイ・サー!!」
とは言ったものの、数分後には。
「店長、あがりますね」
「お疲れさまでした」
「はい、2人ともお疲れ様。明日もよろしくね」
フロアから厨房に入ってきたエミリーさんとマリアさんも、キレイな所作で店長に挨拶をしてお店からあがる。改めて見ると、2人とも20代前半くらいで、先輩たちにはない大人らしさが目立つ。特に身長とか・・・胸とか。
「富嶽く~ん」
ガッデム!
「アハハハ・・・」
「男の煩悩は私も理解できるけど、下手するとセクハラだからね」
この場合セクハラは成立するんだろうか?なんて言わせないわよ」
「何で僕の考えわかったんですか?」
「そりゃ私だって本当は男なんだし、あなたよりも人生長く生きてるんだから、わかるわよ」
ダメだ。今の自分では勝てない。
どうしようもない敗北感に打ちひしがれ、それを振り払うために僕は目の前の仕事に没頭した。
「お先に失礼します」
「お疲れさまでした」
エミリーさんとマリアさんが着替えを終えたらしく、挨拶をして店を出ていく。
「お疲れさまです」
僕も手を動かしながら、とりあえず挨拶だけはしておく。
・・・うん?
1分後、僕はあることに気づいた。
「あれ?・・・店長!」
「何?富嶽君」
「今エミリーさんとマリアさん、女のままで帰りましたよね?」
「そうよ。それがどうかした?」
「いや、だって。あの2人は男に戻らないんですか?」
「・・・富嶽君」
「?」
「あの2人についてあまり詮索しちゃダメよ~」
あれ~。何でだろう。店長は普通の声で、いつもどおりの笑顔で答えたのに、何かその背後から禍々しいものを感じるんだけど。あの特定の曜日にやってたサスペンスドラマのBGMが、自然に脳裏に流れてしまうんだけど。
「あの、詮索しちゃいけないって。どのあたりまでですか?」
よせばいいのにと自分でも思うけど、聞かずにはいられなかった。
「名前と年齢以外全部よ~」
「・・・出身地とかは?」
「ダメ~」
「・・・どうしてこの店で働いているかとかは?」
「ダメ~」
「・・・本当の性別については?」
「ダメ~」
「・・・これ以上聞くのは?」
「自分の将来を代償にしてもいいなら、考えなくもないわ」
何それ怖い。しかも、なくもないわ、ということは代償を支払ったとしても、言わない可能性の方が高いし。
ダメだ。今の自分ではこの人に天地がひっくり返っても勝てない。
「富嶽君~」
「はい?」
「あなたはとても真面目でいいアルバイトよ。ちゃんとこっちが求めてくれる仕事をこなしてくれれば、私だってちゃんとそれ相応の対価を支払うわ・・・でもね、好奇心は身を亡ぼすって言葉もあるからね~」
「・・・はい。これ以上はあの2人について何も聞きませんし、言いません」
「うんうん。それでよろしい」
ここで重要なのは、言わないということもしっかり宣言しておくこと。もちろん、こんなヤヴァイ人たちのことなど、世間様に言えるものでないし、そもそも言うつもりもない。それでも、少しでも好感度と言うか、信頼を上げておくにこしたことはない。絶対にさっきの行動で、心証悪くしただろうし。
とにかく、あの2人に関してはこれ以上詮索するのはやめておこう。
にしても、この店の秘密ってまだまだありそうだな。本当に単に性転換装置の研究とその実験だけとは思えないな。
でも、下手にそれ以上のこと突っつくと自分自身が危なくなりそう。だからとにかく、今は我慢だな。
僕は好奇心を押し殺すように、仕事に没頭した。
結局、このあと2時間。僕は自分の与えられた仕事に没頭した。
閉店の時間を迎え、最後に店長や先輩たちと一緒に店内や厨房の掃除をする。
「はい、それじゃあ今日もお疲れ様」
「「「お疲れ様でした~」」」
僕は普通に更衣室へ。一方先輩たち3人は男に戻るため、いったん性転換装置のある部屋へ。
僕の方はタダ着替えるだけなので、そんなに時間は食わない。一方3人は体を元に戻して着替える。しかも、性転換装置は1基だけだから、順番に戻っていく。
だから僕は先に終わったので、携帯でゲームをしたり、小説を読んだりして時間を潰す。
「お疲れ~」
待つこと数分。まず岩川先輩が戻ってきた。
「お疲れさまです先輩」
さらに。
「お疲れさま」
「はい、皆お疲れさ~ん」
鹿屋先輩と店長もやってきた。
全員が揃ったところで、終礼となる。今まではずっと途中上がりだったから、なんか新鮮だ。
「皆今日もお疲れさま。学校も始まって忙しいとは思うけど、これからもしっかりよろしく頼むね。特にそっちの2人はしっかりと返すもの返してね」
先輩たちを睨みつけるように言う店長。まあ、借金あるからね。
でも、直ぐにその視線が僕に向けられた。
「富嶽君は、くれぐれも今日言ったことを忘れないように」
その言葉に、心臓を冷たい手で鷲掴みされた気分になった。
「イ・・・イエス・サー!」
恐怖に思わず敬礼した僕を、先輩たちがニタニタ笑いながら見ていた。
新学年早々、波乱万丈な幕開けだよ。まったく。
御意見・御感想お待ちしています。