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喫茶藍 ⑦

御迷惑お掛けしました。修正したものを投稿いたします。

「つ、疲れた~」


 お昼過ぎ、仕事が一段落したところでようやく昼休憩となり、厨房の奥にある休憩スペースの椅子に座った僕の口から漏れたのは、とにかくその一言。


 ファミレスとかコンビニのようにめまぐるしくお客さんが入れ替わり立ち替わり入って来るってわけじゃなかったけど、それでも盛り付けたサラダの皿の数からして、それなりのお客さんがいたのは間違いない。特に、お昼のランチタイムは忙しかった。


 この店の厨房の設備はそれなりにハイテクで、注文された料理やその盛り付けとかはディスプレイにわかりやすく表示されるし、皿洗いとか野菜のカットとかの作業も一部は専用の機械が入っていた。他の店で働いたことがないからわからないけど、それなりに楽をさせてもらってたんだと思う。


 それでも盛り付けにしろ片づけにしろ、僕にとっては初めての不慣れな仕事であることに変わりはない。だから、かなり緊張しながらの仕事になった。


「お疲れさま。はい、昼食ね」


 お客さんがいなくなったタイミングを見計らって、店長が僕の前に賄いの載ったプレートを置いてくれた。


「あ、ありがとうございます。店長」


「ランチのセットの余りで悪いけどね」


「いえ、これだって充分贅沢ですよ」


 ちなみにこの店のランチは、日替わり1品と通常の料理がランチプライスになるスタイル。今日の日替わりは白身魚とコロッケ、唐揚げの3種類のフライセット。付け合わせはオーソドックスにキャベツとスパゲティで、これにこの地域定番の赤味噌のみそ汁と漬物つき。さらにプラス100円でコーヒーがついてくる。


 今日の賄いはこの日替わり定食のあまり。余りと言っても、フライは揚げたてだし御飯も味噌汁もちゃんとついてる。料理から立ち昇る湯気が食欲をそそる。


「飲み物は悪いけどセルフでね。好きなの飲んでもいいから」


「はい、ありがとうございます」


 と、店長は少し離れた場所にも賄いの載ったお盆を置いた。


「正美も適当にお昼にしてね~」


 と客室の方にいる岩川先輩に声を掛けている。鹿屋先輩が昼から入ってるから、彼女(彼か?)もようやく昼休憩に入れるってことだ。


 そして店長と入れ替わる形で、岩川先輩が入って来た。


「お疲れさま、富嶽君」


「お疲れさまです先輩。すいません。先お昼御飯いただいてます」


「別にそんなこと気にしなくていいわ。あ~、お腹減った。いただきます!」


 椅子に座ると手を合わせ、箸をとって、先輩が食事を始める。


「うん!おいしい!やっぱり店長の料理はいいわ」


「・・・」


「今日も忙しいけど、ここの賄いはやっぱり最高ね」


「・・・」


「で、富嶽君はさっきから何で無言で私のこと見つめてるのかな?」


 しまった!?露骨に視線を送ってたか。先輩がおいしそうに料理を食べる姿に見惚れてたなんて、言い難い。ここは上手く言い繕う。


「いや、その。やっぱり普段の先輩とは違い過ぎるなと思って」


 話を逸らそうとしたことだけど、これは本当に事実。大柄な先輩は、普段食事の時はガバガバとかきこむように食べている。それなのに、今目の前で食事をする少女は、美味しそうに食べてはいるけど、男の時とは違って丁寧に食べている。


 朝も感じたことだけど、本当に肉体だけじゃなくて精神まで変えられてしまってるのがわかる。


「そりゃあ、今はこのとおり女の子だもん。当然よ。そんなこと言ったら司だってそうじゃない」


「まあ、確かに。鹿屋先輩の変わりようも凄かったですね」


「あ、司とも顔合わせたの?」


「ええ、まあ」


 確かに顔を合わせたけど、正直あまり思い出したくないファーストコンタクトだった。


「あら?何かあったの?」


「いや、先輩に言うほどのことじゃ」


「何よ。女になったとはいえ、あなたと私は幼馴染じゃない。怒らないから。ねえ、教えてよ」


 そんな可愛い顔と声で頼まれたら断れないよ。


「わかりました」


 僕はつい先ほど起きたことを話す。もう一人のこの店で働く性転換メイドな先輩の鹿屋先輩が店に顔を出したのは、お昼少し前だった。


「おはようございます・・・て!何で富嶽がここに!?」


 鹿屋先輩は、厨房で仕事をしていた僕の姿を見るなり仰天した。鹿屋先輩との付き合いもそこそこあるけど、余程驚いたんだろうな。初めてあんな顔の先輩見たよ。


「あ、今日から厨房のアルバイトに採用されました。先輩たちのことも店長から聞きましたんで、よろしくお願いします」


「何だって!?じゃあ、俺たちが女に、メイドになってるってのも!?」


「はい、聞いてます」


「・・・そうか、バレちまったか。は~。知り合いにはバレたくなかったんだけどな」


「こっちだって、あの可愛い司さんが鹿屋先輩だなんて、知りたくなかったですよ」


「言ってくれるな。本来なら1発締めたいところだけど、時間がないから今は見逃してやる。店長を怒らせるわけにはいかないからな」


 と、さっさと性転換装置のある部屋へと引っ込む先輩。


 そんな先輩を見て、鹿屋先輩も店長のことを恐れてるんだと、これまで感じたことのない同情心を感じてしまった。しかし、「今は」ということは、後で何かするってことなんだろうか?


 とにかく、それから10分くらい経って。


「お待たせ~」


 メイドの司さんに変身した鹿屋先輩が出てきた。


 変身後の鹿屋先輩は、身長は岩川先輩と同じ150ちょっとくらいだけど、よく見ると顔立ちは、正美さんと同じく整ってはいる。でも印象が大分違って、岩川先輩がカワイイ系なのに対して、眼鏡を掛けたどこか知的で秀才系と言った感じだ。だけど胸の自己主張の激しさは岩川先輩以上だ。


 あと、着ているメイド服も先日見たのと同じ岩川先輩と同じデザインながら、色違いの萌黄色だった。岩川先輩と同様に今の鹿屋先輩によく似合ってる。


「へえ~。それが鹿屋先輩の理想の女の子ですか?」


「ゲ!?それも聞いてるの!?」


 うん、リアクションもかなりオーバーだな。それに。


「ええ、残念ながら」


「やれやれ。ま、バレちゃったものは仕方がないわね。改めて、この姿の時は司て言うわ。これからよろしくお願いするわね」


 頭の切り替え早いな。ま、いいけど。


「こちらこそ、未熟者ですがよろしくお願いします」


「で、時に富嶽君」


「はい?」


「私と正美とどっちが可愛い?」


「え!?」


 いや、いきなりそんな質問されてもな。


「どっちも可愛いと思いますけど」


「そう言う八方美人な答え期待してないんだけどな~・・・じゃあ質問変えるね。私と正美とどっちがあなたの好み?」


 そう来るか。ここはノーコメントで「ちなみに「ノーコメントで」なんていう、チキンな答えはNGだから」


 チッ!先手を取られた。


 僕は改めて今の鹿屋先輩を見る。岩川先輩とタイプは違うけど、今の鹿屋先輩だって充分美人だ。でも、どちらかと言えば・・・


「ねえ、富嶽君?」


「はい?」


「もしかして、胸が大きいから私の方が好きとか?」 


 ウゲ!?そう受け取られるか。いや、まあ確かに男の煩悩が外見で左右される部分もあるにはあるけど・・・あ、でも正直に言っていいんだろうか?そんなことしたら、僕と先輩の関係に致命的な悪影響を及ぼすかも。


 僕はしばし考え込み、沈黙した。ところが、そうやって間を作ったのが悪かった。


「ふ~ん。もしかして図星なのかな?」


 げ!?これは恐怖の笑顔!顔は満面の笑みなのに、目が全く笑ってない!というか、普通にこっちを見つめる瞳が冷たくて怖い!漫画やアニメではよくあるそれを、マジのガチでこんなところで見ることになるなんて・・・ヤバイ。これは対応を間違えるとボコボコにされるフラグ。


 ここは落ち着いて、返答せねば


「まさか~。女性をそれだけで判断したりはしませんよ」


「つまり、それも判断の一因てわけだ・・・」


 そこに突っ込む!?・・・マズイ、先輩の手が強く握られてる!これは一歩間違えると、拳が飛び出す!


「ねえ、正直に言って・・・怒らないから」


 絶対信じられないし!でもって、言えるわけないじゃないですか!!どうする、どうすればいいのこれ?


「さあこた「ちょっと司!着替えに何時まで掛かってるの!?さっさとフロアに出て仕事しなさい!」


 店長の声が響いた途端。


「ひ!?」


 鹿屋先輩の顔が引きつり、怯えたようになる。


「ごめんなさい!すぐに行きます!!」


 そして、電光石火のごとく厨房からフロアの方へと走って行った。


「ふう。危なかった」


 何はともあれ。命の危機を無事に乗り越えられて一安心。それにしても、胸の大きさを気にして怒るなんて、本当に精神バッチリ変わってるんだな、と妙なところで性転換装置の凄さを改めて思い知らされた。


「てな感じで」


「ふ~ん。富嶽君も男だね~女の子を胸で決めるなんて」


 岩川先輩が意地悪そうな笑みを浮かべる。


「いや、だからそれで全部決めてるわけじゃないですって」


「でも評価の対象なんでしょ?」


「まあ、それは否定できないですけど・・・ごめんなさい。不快な思いをさせたなら謝ります」


 ダメだ。これ以上言いつくろってもロクなことになりそうにない。ここは素直に謝るに限る。


「そんな、頭下げることないのに。ごめんごめん。私だって本当は男なんだから、まあわからないこともないわ・・・で、やっぱり胸の大きい司の方が好みなの?」


 チクショウめ!結局そこに話が蒸し返されるか。う~ん、どうしよう?何とか言い繕うか?・・・いや、ここで下手に言い訳しても、すぐにバレる・・ええい!どうせ先輩は男に戻るんだから、言ってもいいよな!?


 よし!決めたぞ!


「実は・・・岩川先輩の方が好みです」


「ふ~ん・・・え?今何て言った?」


「だから、岩川先輩の今の姿の方が好みですって」


「え?・・・ええ!?私!」


「はい。その、確かに巨乳眼鏡娘も悪くはないですけど、僕のタイプとしては今の先輩の方が合ってますね」


 そう。個人的な好みとしては、小柄巨乳眼鏡娘の鹿屋先輩も悪くないけど、岩川先輩のカワイイ系の方が好きだ。もちろん、巨乳は男の煩悩を直撃するけど、それでもやっぱり、以前からのタイプであるカワイイ系女子(胸の大きさに関わらず)にはかなわない。


 だから岩川先輩の姿の方が、僕の趣向にあっている。


 で、僕が正直に答えを伝えた先輩はと言えば、恥ずかしいのか顔を赤くし、そして口をちょっとパクパクさせて。


「さ、さささ。休憩時間も限られてるんだし。さっさと食べましょ!」


 自分で振っておいて話を逸らした。


 ま、先輩の方から話を逸らしてくれたのならむしろ好都合だ。


 こうして、僕が2人の先輩の内のどちらか好きかの話題は、ここで唐突に終わりとなった。 


 その後食事を終えた僕たちは、残った時間を食後のコーヒーを飲みながら、おしゃべりをして過ごした。もちろん、さっきまでとは全く関係ない内容の他愛もない会話だ。でもそんな会話の筈なのに、普段女の子と会話する機会なんてない僕には、その時間がとても新鮮で、潤いのある時間に感じられた。


「さてと、休憩終わり5分前。私はフロアに戻るわ」 


「僕も仕事の続きしないと。お昼の分の洗い物がたくさん出たでしょうから」


「フフフ。お互いお昼もがんばりましょ!」


「はい!先輩」


 先輩に励まされた僕のやる気は、自分自身心なしか普段の3倍はあるような気がした。






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