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喫茶藍 ④

 声を掛けてきたのは、初めて会う男だった。年齢は20代後半か、30代前半か。そこまで歳を喰った感じではない。スラッとしていて、キリッとした目が印象的だ。


 で、僕はと言えばいきなり声を掛けられたので、ドキッとしてしまった。


「ひゃい!?僕のことですか?」


 慌てたので、噛んでしまった。ただ男の方は全くそんなこと気にせず。


「他に誰もいないだろ。一体こんな時間に、そんなところで何やってるんだ?」


 めちゃくちゃ冷静に返してきた。


 それはともかくとして、確かにこんな早朝。人通りもまだまばらな通りの雑居ビルの中を覗き込む子供なんて、不自然だよな。


「すいません。知り合いを見かけたもので、つい」


「ほ~う。知り合いがこのビルの中にいるのか?君の様な子供の?」


「はい。入っていくのを確かに見ました」


 けど、何かそう言われると不安になる。このビルには、あの喫茶店と他にいくつか会社が入ってるけど、先輩が行くようなところじゃない。やっぱり単なる見間違えだったのかな?


 どうも自信がなくなってくる。


 と、ここで男を見て思った。


 あれ?この間と同じだ。なんかどこかで見たことあるような既視感が。


「何だ?人の顔ジロジロ見て?」


「ええと、どこかで僕あなたに会ったことありますっけ?何か見覚えが・・・」


「ほう。なるほど・・・正が言っていたとおり。中々感が鋭いようだな」


「!?」


 多分、その時の僕の顔は唖然としていたと思う。目の前の男が、先輩の名前を唐突に口にしたんだから。


「・・・よし、いいだろう。来い」


 突然男が頷くと、ビルの中へと入ろうとした。


「え!?どういうことですか?」


「一緒に来れば、君の胸につかえているものが、全部とれる。別に無理にとは言わないけどね」


 何と言うか、メチャクチャ怪しい。普通ならここで「いえ、結構です」と言うべきなんだろう。だけど、先輩が絡んでいるとなると、やっぱり気になる。


「いえ、お願いします」


 結局好奇心に負けた。


 僕は男に続いて階段を上がる。そして男は、2階にあがると、そのまま喫茶藍の扉を開けた。


「入れ」


 言われるまま、僕は無言で店の中へと入った。先日は営業中で明るかった店内も、今は電気がついてない早朝なので薄暗い。ただ、レジの奥の方から灯が漏れていた。男はレジの中へと入り。


「こっちだ」


 男はレジの方へと僕を案内する。そちらに足を踏み入れると、この間はわからなかった店の構造が見えた。レジの奥は二股になっていて、片方は厨房に、そしてもう片方には別の扉があった。男はその扉をノックする。


「店長だ、入るぞ!」


「どうぞ!」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、大いに聞き覚えのある声だった。


「今の声!」


「ああ」


 そして店長と呼ばれた男が扉を開けて、中に入ると。


「あ、店長おはようござ・・・げ!?」


「・・・」


 僕は言葉が出なかった。何故なら中に岩川先輩がいたから・・・一糸まとわぬスッポンポンの姿で。


 うわ~、インドアな僕とは対照的に引き締まった筋肉の付いた、鍛えられたガチガチムキムキボディだ~


 ・・・じゃなくて!


 え?なんで?どうしてこの店の中に岩川先輩がいるの?・・・と言う前に、何故に裸!?服着替えるにしても、普通下着はつけてるよね?


 しかもここって女の子も働く店。もしかして、いかがわしい何かか!?


「待て富嶽!誤解だ!これにはちゃんと訳があってだな!決してお前が考えてるようないかがわしいことは何も!」


 いやそう言われましても、喫茶店の一室で素っ裸になる訳が理解できないし!そんな焦って言われると、余計に怪しいし!


「その通り、何もいかがわしいマネはしていない」


 と、店長が相も変わらず醒めきった冷静な声で僕に言う。おかげで、僕も頭をクールダウンさせる余裕を持てた。


「は、はあ。じゃあ、なんで裸?」


「百聞は一見に如かずだ。正、彼に真実を見せてやりたまえ」


「いいんですか?店長。アレのことは、部外者には絶対に秘密って」


 アレて何だろう?何か余程ヤバイものなんだろうか?


「構わない」


「わかりました」


 そう言うと先輩は、部屋の奥へと歩いて行く。そして、ここでようやく僕は部屋の奥に鎮座している謎の物体に気が付いた。


「何だアレ?」


 それは、人一人分くらいの大きさの金属で出来た円筒と、その左右に何やらパイプやら蛇腹やらが繋がっている。あと発電所とか、工場で見るような操作盤みたいなものが付いていた。それこそアニメとか漫画の中でマッドサイエンティストが作るわけのわからないメカか何かにしか見えない。


「見ていればわかる」


 店長はそう言うけど、一体何が起こるんだろう?


 と考えている間に、先輩は円筒の物体の前に立った。すると、前面は扉になっていたようで、先輩はその扉を開いた。そして、円筒の中へと入り、中から扉を閉めた。


「では、始めようか」


 そう言うと、店長は機械の横に行って操作盤を慣れた手つきで動かした。すると、機械が音を立て始めた。ただ音って言ってもグワングワンと大きな音を出しているわけじゃなくて、ブーンと言う電子レンジとか冷蔵庫の様な家電製品が出すような音だ。


 で、円筒の上部に付けられた赤いランプが点滅している。


「あの、これは何をしているんですか?」


「すぐにわかる」


 店長の言葉通り、赤いランプの点滅は3分ほどで青ランプになった。そして、機械からしていた音も段々小さくなって、終いには聞こえなくなった。


 その直後、円筒の扉が開いた。


 そして先輩が・・・出てこなかった。


 代わりに見えたのは、先輩よりもはるかに小さな影。


「え?」


 先輩は身長180cmを超える大男だけど、出てきた影の身長はどう見ても160cmもない。それどころか、先輩とは比べ物にならないくらいに細い。しかも、先輩は髪がスポーツ刈りの筈なのに、しなやかに揺れる光沢のある黒髪が頭から伸びている。


「ふう。変身終わり」


 とその影が口にした声も、先輩の低い声とは似ても似つかない、透き通った高い声。さらに顔は二回りは小さくなっていて、四肢も可細い。


 いや、それよりも・・・


「あ・・・」


「・・・」


 円筒から出てきた少女と目が合った。


「・・・」


「・・・」


 お互い発する言葉が見つからず、沈黙がその場を支配した。その時間がどれくらいだったのか、ハッキリとはわからない。


 何故なら。


「キャアアアアア!!」


 と言う女の子の悲鳴を、僕は薄れゆく景色の中でボンヤリと、徐々に遠ざかって行くように聞くしかなかったのだから。


 つまり、あまりのショックに気絶したわけだ。




「・・・ここはどこ?・・・僕は誰?」


 徐々に戻る意識の中で、僕は自分でもよくわからんセリフを口にした。


「また典型的なことを言うのね、忠一君たら」


「ふぇ?・・・あ、あなたは!」


 いきなり掛けられた声と、薄ら開けた目に飛び込んできた人物の顔に、僕は飛び起きた。


「ま、正美さん!」


 僕の顔を覗き込んでいたのは、先日喫茶藍で出会った接客係のメイド、正美さんだった。そして、メイド服を着ているものの、その姿は。


「え!?そうだ!何で!?どうして!?先輩じゃなくて正美さんが!」


 そうだ、機械から出てきたのは正美さんだった。先輩が入った筈なのに。しかも・・・


 思い出した途端、顔が熱くなる。


「ちょっと!余計なこと思い出さないでよ!」


 と、僕と同じく顔を真っ赤にしている正美さんがバシッと頭をはたいてくる。全然痛くないけど。


「ごめんなさい。でも、どうして先輩が入った円筒から、正美さんが?」


 全く訳が分からない。先輩はどこに行ったんだ?それに、正美さんはどこから出てきたんだ?


 頭の中がこんがらがって来る。


「それはね。落ち着いて聞いてね・・・私があなたの言う先輩よ」


「・・・は?」


「だから、私正美が、あなたの言う岩川正よ」


 え?つまり、目の前の美少女があのガチムキ大男の先輩自身・・・て!


「ええええええ!!!!!!!!!!!!??????」


 多分僕は、人生で一番驚き、人生で一番の絶叫を挙げた。


「いやいやあり得ない!あの大男で、ガチでムキムキな男の岩川先輩が、こんなカワイイ女の子になるなんて!」


「えへ!カワイイなんて、もう」


 驚く僕を他所に、自称岩川先輩の正美さんが頬に両手を当てて、嬉恥ずかしそうに言う。


 うん、余計にありえない。あの絵に描いたような男である先輩が、こんな絵に描いたような乙女チックな態度を取れるなんて。


 外見に加えて内面でも、二重の意味でありえない。


 そして僕が得た結論は。


「そ、そうか。正美さんは先輩と図って僕を騙そうとしていますね。ハハハ、全く。人を驚かすために、トリックなんか使って」


「あ~!信じてないわね!?」


 正美さんが脹れっ面をする。その顔も可愛いけど。


「そりゃ、信じる方がおかしいでしょ」


 僕は笑い声をあげるしかなかった。


 しかし。


「むう・・・だったら」


 すると、何かを思いついたような顔をして、正美さんが僕に近寄る。


「え!?」


 可愛い女の子の顔が近づく。しかも、化粧をしたのかな?ほのかに甘い香りが漂ってくる。


 思わず緊張する。すると、彼女も僕の様子に気づいたらしい。


「別に変なことするわけじゃないわよ。ほら、ちょっと耳貸しなさい」


「え?う、うん」


 言われるまま、僕は右耳に手をやり、彼女の方に突き出す。そこへ、正美さんがコショコショと話しかけてきた。


 その彼女が口にした話を聞いた途端、僕の顔から血の気が一気に引いた。


「げ!何でそのこと知ってるの!?それは先輩と僕だけの秘密のはず!」


 正美さんが口にしたのは、僕と先輩だけしか知らない、僕の秘密の過去とのことだった。先輩が僕を弄る時の定番だが、少なくとも僕以外の誰かの前では言ったことのない話だ。


 どうしてそれをこの人が知っているのか。先輩から聞いた?でも、あの義理堅い先輩が約束を破るなんて考え難いし。


「え?まさか、本当に正美さんは先輩?」


「だからそう言ってるじゃない」


「で、でもそんなことって!」


 普通に考えてありえない。ここまで全くの別人に、それも女の子になっちゃうなんて。


「その説明は私がしよう」


 僕が振り向くと、そこには先ほどの男が僕を見下ろすように立っていた。

 


御意見・御感想お待ちしています。


それにしても、裸ってどの程度まで表現していいのだろうか?

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