しばしの平穏? ➁
「それじゃあ、お疲れ様」
「「「「お疲れ様でした~!」」」」
最後に戸締りするマリーさんを残し、僕たちアルバイト組は先に店を出る。
「さてと、今日の仕事も無事に終了と」
うん、仕事は無事に終了しましたね。でも、何で僕の方にグイグイと寄って来るんですか?正美先輩。
「連れないな~先輩がせっかくエスコートしてあげてるのに」
「そうだぞ、チュウ君。せっかくの美女のお誘いを無下にするなんて、男としてどうよ」
はい、司先輩も囃し立てないでください。
それから大村さん。笑わないで。最寄りの大曽野駅へ向かう道すがら、人目もあるんだから。
にしても、まさか美少女3人と一緒に帰宅することになるなんて、夢にも思わなかったな。
先輩たちが装置で男に戻らない理由。それは・・・
「怜!こっちこっち!」
「ママ~!」
駅に着くと、名前を呼ばれた大村さんが手を振る。
彼女が手を振る相手、つまり大村さんを呼んだ相手は、駅の送迎用スペースに止まった乗用車の傍らに立つ女性。
「あ、大村君のお母さんこんばんは」
「「こんばんは~」」
「こんばんは、皆さん。娘がお世話になります」
さすがは企業の重役婦人という感じの、貴賓感漂う中年女性。言うまでもなく、大村さん(大村君のお母さん)だ。
「よろしければ、一緒に乗って行きますか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、電車の定期を持っていますので。それに、家族水入らずの時間をお邪魔しては悪いですし」
後輩の親御さんに、あまり迷惑掛けたくないしね。先輩たちも同じみたいで。
「私もちゅ・・・富嶽君と同じです」
「お気遣いなく」
「そうですか。では、失礼しますね」
「富嶽君に先輩、また明日」
大村さんとお母さんは、車に乗り込んで走り去っていった。
「大村さんのお母さん、何だか楽しそうでしたね」
「可愛い娘が出来たからじゃない」
「うちの親も同じだから」
先輩たちが揃って溜息を吐いた。
実は3人とも、親から求められて女の姿を継続しているというわけだ。
正美先輩のところは先輩と、11歳年下の弟さんとの2人兄弟。司先輩は上に兄二人がいる男だけの兄弟の末っ子。大村君のところは一人っ子。つまり、三家族とも女気0!
そんなところに、美少女が放り込まれたのだから、しかも姿形は変わっているとはいえ血を分けた家族であることに間違いはないのだから、三家族とも困惑や驚きが収まってしまえば、次に歓喜と興奮が来るのは無理もないことだよ。
「秘密を守る代わりに、学校のない土休日は女の子の姿でいること」
という条件を、3人(大村君は逆に喜んでいたけど)は飲むしかなかった。マーさんや店長たちにしても「研究サンプルが集まるし、それで口止め料になるなら安いもんだよ」とのこと。
おかげで、先輩たちは店内のみに留まらず、休日の間はまるまる女の姿で過ごすことを余儀なくされていた。
もっとも、それを本人たちが不快に思っているかは、微妙だった。さっきも書いたけど、元々大村君は女性化願望があるし。
そして、先輩たちも。
「ねえねえ、せっかくだし帰りに駅前のクレープ屋さん寄ってかない?」
「あ、いいねそれ。チュウ君もどう?」
「あ、全然オッケーです」
甘いものは好きなので全然いいんだけど、お2人さん。どう見ても、普通に街で遊ぶJKになってますよ。
そんな感じでクレープ店で小休止し、駅から電車に乗り込む。幸い休日の夕方とあって、席には余裕があった。
3人並んで席に座る。先輩たちが並んで座り、僕は正美先輩の横に腰かける。
「それで、A社のファンデなんだけど、どうも合わないみたいで・・・」
「だったら、B社のやつなんか・・・」
先輩たちが化粧品の話に華を咲かせている。こうなると、男の僕には入り込む余地はない。
そしてあっと言う間に、電車は家の最寄り駅である師団前の駅に到着した。しかし先輩たちはまだ話し込んでいる。
「正美先輩に司先輩、着きましたよ」
「あ、行けない!」
「話し込んじゃった」
2人とも随分盛り上がって、自分たちの世界に入り込んでいたようだ。
僕に促されて慌てて立ち上がり、乗り過ごすことはなかったんだけど。
「それでね。あれを・・・」
「あ、それいいかも!私も・・・」
歩きながらまだ喋ってる。よくネタが尽きないもんだ。
でも、男の時は喧嘩ばかりしていた2人が、同じ話題に華を咲かせて歩いてる。そう考えると、これはこれで悪くないのかな。
「じゃあね、正美」
「バイバイ司」
司先輩は家の方角が別になるため、ここでお別れ。あとは僕と正美先輩だけになった。
「楽しそうでしたね、2人とも」
「あら~もしかして、私たちばっかり話し込んでるから妬いてる?」
「妬いてるというより・・・なんだか、距離が出来ちゃったな~。て」
「あ・・・ごめん」
「いえ、別に悪いことじゃないです。男の時は、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた2人が、仲良くお喋りしたり、クレープを食べたり。それは全然いいことですから。ただ、やっぱり男と女だと、どうも距離を感じちゃうので」
「・・・そうだよね。だったら」
すると、先輩が自分の腕を僕の腕に絡めて来た。
「先輩。これじゃあ、まるでカップルじゃないですか」
もう半分諦めモードだけど、一応そうは口にする。
「あら、私とカップルに見られるのは嫌?」
「そう言う意地悪な質問しますか?でも先輩、本当に気を付けてくださいよ。その、先輩は本当は男なんですから」
「それはどう言う意味かな~?私が本当は男だから、付き合うのは嫌とかそう言う意味かな~?」
僕は心の中で溜息を吐いた。いや、冗談を言うのはいいんだけど、流石に今のは察して欲しい。
「先輩、冗談はやめてください。僕の言わんとしていること、わかってるでしょ?」
「もう、連れないな~・・・もちろん、わかってるわよ。私が女に染まり切ってもいいのかってことでしょ?前にも言ったけど、今の私は身も心も女の子になってるのよ。別に、このまま女の子として生きていくのは、嫌じゃないわ。それに、万が一そうなっても、戸籍とかも店長たちがサポートしてくれるって言ってくれたから」
マーさんとの子供を妊娠して、現在産休中の弘美店長はそれによって男に戻れなくなったが、当人は全く気にしてないし(むしろ喜んでる?)、さらに戸籍とかの問題もどうやったのか知らないけど、クリアしたらしい。
そして、同じように万が一先輩たちが女になって戻れなくなった場合も、サポートはしてくれるらしい。
だから、先輩たちが女になる道を選んでも、大丈夫と言えば大丈夫・・・なんだけど。
「それで、本当にいいんですか?これまでの人生の全てが壊れますよ」
すると、先輩はちょっと考え込んで。
「そうだね~。確かに、男しての人生は失うからね。でもね、チュウ君。人生の全てが壊れるて言うのは、ちょっと違うと思うな」
「どういう意味ですか?」
「確かに男の岩川正と言う存在は、消えるかもしれないわ。でもね、名前が正美になっても、体が女になっても、性格が変わっても、私と言う存在はここにあるし、男として歩んできた記憶もちゃんとある。だから、全てが壊れるとは私は思わない。それに、チュウ君」
「はい?」
「チュウ君は、今の私は男の私と全く違う存在だと思う?例えるなら、岩川正と言う存在は完全になくなって、岩川正美と言う全く違う存在が出現したと思う?」
「それは・・・」
難しい問だ。先輩の言うとおり、目の前の美女と男の時の先輩では、外見も性格も、何かも違い過ぎている。だからと言って、結局のところは僕はこの人と男の時の先輩を切り離して考えることは、未だに出来ていない。
だから、全く別の存在になってしまったのかと言われれば、そうは思えない。
そうした点もひっくるめて、先輩自身が折り合いを付けたのなら、僕は・・・
「正美先輩」
「なに?」
「ストレートに聞きますね。先輩は、女として男の僕と付き合いたいですか?」
「あらあら、人の質問に答えないで、自分の質問をするの?」
「ごめんなさい。でも、知りたいんです。正美先輩自身が僕のことをどう思っているのか」
すると、先輩は微笑んで。
「やれやれ。可愛い後輩の幼馴染のために答えてあげましょうか・・・好きよ。チュウ君」
「それは本気ですか?」
「そうだね、最初はちょっとからかうつもりだったけど、やっぱりあなたと長くいたせいかな。チュウ君と一緒にいると、とても楽しくて、温かい気持ちになるの。あなたと、いつまでも一緒にいたいと思えるの」
「先輩・・・ありがとうございます。そして、ごめんなさい。僕にはまだ、折り合いが付けられません」
「・・・」
ああ、そんな悲しい顔しないでください!で、でも。先輩にだけ気持ちを言わせて、自分の気持ちを伝えないなんて卑怯だ。ここは心を鬼にして言いきらないと。
「僕にはまだ。あなたと男の時のあなたとを、切り離すことができません。あなたを選べば、男のあなたを消してしまう。それが怖いんです」
「そう」
「でも、もしかしたら心に折り合いを付けられるかもしれません・・・1年。1年だけ待ってください。来年のクリスマスには、必ず!」
今はまだ決められない。でも、いつかは決めないといけない。だから、僕は敢えて期限を設けた。
「わかったわ。来年のクリスマスまでに、答えを出してね。でも、出すなら早めにね。私の方が待てないかも知れないわよ」
「はい。ありがとうございます」
まだ、どうなるか分からない。僕は自分の心に折り合いを付けて、目の前の女の先輩を受け入れられるのか。それとも、ダメなのか。
あと1年、しっかり考えていこう。
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