しばしの平穏? ①
夏から秋にかけ、色々と濃いイベントの連続だったものの、その後は落ち着きを取り戻し、さらにアルバイト店員が増えたことで、僕や先輩たちもローテーションを組んで休みを取りやすくなった。
おかげで貯まったバイト代で、今までよりも贅沢な乗り鉄旅行に出かけられるようになった。ただし2~3回に1回くらいの割合で「タマには先輩に付き合いなさい」と、女の子の姿になった先輩たちの買い物に付き合わされたり、一緒に旅に連れて行かされたりもするけど。どうしてこうなった?
まあ、そんな感じで大きなイベントはなく・・・とは行かなかった。というよりも、文化祭が終わり、大村君が働き始めてから、程なくしてそれは起きた。
「さて、3人とも。事情を説明してもらえないかしら?」
ある日の開店前、3人のメイドさんが仁王立ちするマリー店長代理の前で床に正座させられていた。言うまでもないけど、3人のメイドさんは正美先輩、司先輩、そして大村さんのことだ。
「その・・・」
「アハハハ・・・」
「ごめんなさい!」
先輩たちは言葉を濁すか、笑って誤魔化そうとしたけど、大村さんだけは真剣に土下座した。
どうしてこんなことになっているかと言えば、それは言うまでもなく3人がやらかしたから。
「どうして親御さんにバレるなんていう、愉快な状況になったのかしら!」
そう、3人が女になってメイドをやっていることが、家族にバレた。それも、3人とも同じ日に。まったく出来過ぎてる。
「買った女物の服とコスメが見つかって、問い詰められました」
「右に同じ」
「私もです」
て、理由も同じかい!
「もう、あれ程バレないように気をつけなさいと、弘美店長からも言われたわよね!?」
「「「ごめんなさい!」」」
とは言え、可愛い女の子3人が正座からの土下座は、さすがに見るに忍びない。ここは同僚として助け船を出してあげよう。
「まあ、マリーさん。先輩たちも反省していますし、親御さんたち皆黙っていてくれるって約束してくれたんだから、いいじゃないですか」
「それはそうだけど、でもここでしっかりお灸を据えて置かないと。どこから情報が漏れるかわかったものじゃないから」
う~ん。さすが元産業スパイ。その言葉には重みがあるな・・・あ、マリーさんの正体はこの間本人から、ようやく聞くことができた。
「まあ、そろそろあなたにも話してもいい頃合いね」
と言うことだが、それは信頼されたということなのか、それとも逃げられない立場に置かれているということなのか・・・もちろん、聞かなかったけどね。
で、肝心のマリーさんの正体はと言えば、店長とマーさんの研究室がある大学を探っていた某国スパイ。そしてスパイだった時は、男性だったらしい。それも、映画に出てくるような凄腕の。
性転換装置の秘密を探っていたらしいけど、逆に捕まって装置で女にされて、ついでに洗脳されたそうだ・・・怖い怖い。
ちなみに、本人曰く。
「完全に洗脳されて、自分がこの姿であることや、この姿で女として振舞うことに、何の疑問も持てないのよね~」
いや、それ笑って言う言葉じゃないし。
まあ、マリーさんの出自はおいておくとして、実際情報が漏れると色々ヤバいのは間違いない。
ただし今回は、バレた3人の家族全員が秘密の保持を約束してくれたし、むしろ装置のことを知った大村君の父親が、マーさんたちの研究に出資を約束してくれるというオマケがついた。大村君のお父さん、このあたりの中堅企業の社長さんだったとは。
「とにかく、各自今一度情報の管理を徹底すること。これ以上外に漏れるようなことがあれば・・・どうなるかわかってるわよね?私と同じ目に遭うかもよ~」
「「「サー・イエス・サー!!」」」
いや、なんで軍隊口調?
まあ、ここは下手に突っつかないに限る。
こんな説教劇があったものの、喫茶藍は今日も元気に開店中。先輩たちと大村さんはいつもどおり、メイド姿で接客へ、そして僕はいつもどおり厨房で仕事。
最初は野菜を切るくらいしか出来なかった僕だけど、最近はちょっとした簡単な料理を任されるようになった。しかも、その分お給料もマシマシ。
もっとも、練習しなくちゃ上手くならないわけで。
「お昼休み入ります」
「あ、先輩。賄そこに作っておいたので」
「ありがとう、チュウ君・・・フムフム、今日はハチクマライスか」
練習を兼ねて、僕がマリーさんや先輩たちの賄を作るようになった。ちなみにハチクマライスというのは、昔食堂車のシェフが賄として出した料理のことで、目玉焼きが乗った丼料理のこと。それに組み合わせる具は自由なので、今日は余ったランチの生姜焼きとキャベツをミックスしている。
「悪いですけど、飲み物はセルフで頼みます」
ここは従業員の役得で、好きなものを飲める。先輩も女の姿の時に好きな、ミックスジュースをコップに注いでいた
「じゃあ、いただきます!・・・うん、おいしいよチュウ君。腕上げてるわ」
「お褒め頂き恐悦至極です」
半分はお世辞なんだろうけど、自分の作った料理を褒められるのは素直に嬉しいし、何より今の姿の先輩が笑顔なのを見ているとホッとする。
「ごちそうさまでした」
「食器は水につけて置いてくださいね」
「わかってるって・・・う~ん。何だか眠くなっちゃった」
先輩が欠伸をする。その姿も中々に可愛いが、眠いのなら仮眠した方がいい。
「だったら、ちょっと仮眠したらどうです?」
「そうね、そうさせてもらうわ」
「だったら、アラーム忘れないでくださいね。寝坊すると司先輩が怒りますよ」
「わかってるって・・・それじゃあ、お休みなさい」
スマフォを操作してそう言うと、コテンと机に突っ伏して、すぐに可愛い寝息を立て始めた。
毛布でもあれば掛けてあげるところだけど、あいにくとうちの店にはない。今度買ってもらえるように、マリーさんに言うかな。いや、それよりも仮眠スペースを作ってもらう方がいいかな?
なんて、考えていたけど。
「富嶽君、サラダの盛り付け手伝って~」
「は~い」
マリーさんに呼ばれて、僕は厨房の仕事に戻った。
そして、30分後。
「あれ、正美のやつ交代の時間なのに」
次の休憩で抜ける司先輩が、一向にやってこない正美先輩に文句を口にした。
「アハハ。どうやら寝過ごしたみたいですね」
「もう~。チュウ君。悪いけど、あのバカを起こしてきてちょうだい」
「了解です」
僕は軽く敬礼すると、眠りこけている先輩の元へ向かう。
「先輩、時間ですよ~・・・やれやれ、アラームも利かずか」
先輩の手元を見ると、スマートフォンを手にしている。大方、アラームが鳴ったらそのまま止めて、二度寝したんだろう。
「先輩、起きてください。交代の時間ですよ」
僕は先輩の肩を揺すった。
「うう~ん・・・」
先輩の口から、吐息が漏れる。
あの、普通にドキッとするんですけど!というか、よく考えたら今目の前にあるのは、無防備な美少女の寝顔なんですけど!普通に男子高校生の心臓に悪いんですけど!
でも、起こさないと司先輩にどやされるし。
「正美先輩!起きてください!時間ですよ!!」
「う~ん・・・ふぁ~!あ、おはよう」
「おはようじゃなくて、時間ですよ。さっさと支度して、仕事に戻ってください。マリーさんや司先輩にまた怒られますよ」
「はいはい、わかってるって」
「まったく」
二重の意味で溜息が出るよ。
「起こしてくれてありがとう。午後もがんばろうね」
「ああ、はい。がんばりましょう」
て、その笑顔反則なんですけど。
ここ最近、確実に先輩たちの女子力がアップしている。今回親にバレる原因にもなったけど、服装やコスメと言った、お洒落に大分気を遣うようになったし。今日も多分香水だろうけど、近づくと甘い香りがして、それもまた僕の心を思いっきり刺激してくるし。それだけじゃなくて、軽く化粧もしているしね・・・ああ、先輩たちが段々と遠い世界に行ってしまう。
とは言え、悲しいけど男の性。男の先輩が遠ざかるのを残念に思う反面、先輩が女に磨きを掛けているのを好ましく思う自分がいるのも事実。
だって、美少女がもっと美少女になるんですよ、奥さん!男として嬉しくないわけないでしょ!
「チュウ君、何ニヤニヤしてるの?あ、さては私たちのこと考えてたでしょ。やっぱりチュウ君も男だね~」
しまった、司先輩に見られた!でもって、頭を小突かれる。
「否定できないのが情けないです」
「はいはい。男の子なんだから女の子のこと気にするのは仕方がないけど、さっさと私の分の賄を作りなさない」
「はいはい」
こんな感じで、喫茶藍は今日も絶賛営業中です。
モーニングとランチの時間帯も含めて、お客さんが途切れることはなく、忙しく1日は過ぎて行き。
「お疲れ様~」
「「「お疲れ様です」」」
最後の片付けまで終わらせて、閉店の時間となった。
「それじゃあ、皆気を付けて帰るのよ。特に痴漢とかの類にはね」
「「は~い」」
マリーさんの言葉に、先輩たちが答える。
その先輩たちの姿は、男のそれではなく、私服にこそ着替えているが女のそれだった。
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