文化祭 ➃
文化祭2日目。この日も何事もなく始まった・・・なんてことはなかった。むしろ、ここからが大騒動の本番だった。
僕はいつも通りの時間に登校して、脱靴室で上履きに変えて、教室に向かおうとした。
その時。
「富嶽君」
背中から突然掛けられた声。
「誰?」
振り返ると、そこにいたのは。
「ああ、大村君」
生徒会書記の大村君だった。
「珍しいね。君が一人でいるなんて」
すると、彼は苦笑いしながら。
「いや、僕だって四六時中生徒会長と一緒にいるわけじゃないよ。そうしたいのは山々だけど」
うん?今なんか、ちょっと意味深な発言を聞いたような・・・
「で、富嶽君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「喫茶藍のメイドさんたちて・・・岩川先輩と鹿屋先輩なの?」
「何でそう思うの?」
自分でも不思議なほど冷静で、そう返せたのは何でだろう?もしかして、こうなることを自分なりに覚悟していたからか?
「昨日店の営業が終わったくらいにお店の近くに行ったら、偶然メイドさんたちの会話が聞こえたから。それに、学校の裏に止まっていたトラックに2人が乗り込んだら、その後先輩たちが出て来たし」
と、僕の心の葛藤を知ってか知らずか、大村君が根拠を説明してくれた。
「なるほど」
僕は付近をキョロキョロ見回す。幸いなことに、周囲に人影はない。
「大村君、ちょっと屋上にでも行こうか」
「いいよ」
とにかく、人に聞かれるわけにはいかない。僕は彼を屋上に連れ出すことにした。
「で、喫茶藍のメイドの正美さんと司さんが、鹿屋先輩と岩川先輩だと?」
「うん、信じられないけど。そうとしか思えないんだよね・・・で、本当のところどうなの?喫茶藍に勤めている富嶽君ならわかるよね?」
う~ん。とりあえず、まずははぐらかして見るか。
「いやいや、男が女に、それもガチムキの2人があんな線の細い美少女になるなんて、あるわけないじゃん」
これで引き下がってくれればな~
「・・・確かに普通に考えればそうだけどさ、あの駐車場に止まっていたトラック。例えば、あの中に性別を変えちゃう装置を積んでいたとか」
おおう・・・
「本気でそんなこと信じるの?」
「確かに、論理的に考えればそうだけど、現実を見たらね」
マズいな。確信してはいないけど、かなり近づいてるぞ、これ。
とにかく、何としてでも引き下がってもらわないと。じゃないと、彼の人生が終わってしまう!色々な意味で。
「ええと、大村君・・・悪いことは言わない。それ以上は立ち入らない方がいいよ」
「・・・つまり、あの2人はやっぱり先輩たちなんだね?」
「それも含めて、答えられないよ。とにかく、今回のことは全部忘れて。さもないと・・・」
僕はワザとらしく、声を低くして警告する。
「さもないと・・・何なの?」
「君の人生が変わっちゃうよ」
うん、流石に男としての存在が抹消されるかもしれないよとは、言えないな。
「ふ~ん・・・やっぱりあの2人は先輩たちで、あのトラックの中には男を女にする仕掛けがあるんだね?」
「だ「富嶽君!一生のお願いだ!」
うん?
「僕を・・・僕を女にして!」
「え?・・・ええ!!」
詰め寄ってきた大村君の予想外の言葉に、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。本当、早朝で良かったよ。
「つまり、大村君は女の子になりたいと?」
マーさんの言葉に、大村君はちょっと困った顔をする。
「いえ、厳密には女になりたいじゃなくて・・・築城先輩が好きなんです!」
「築城て、たしか・・・」
ああ、マーさんは実際に会ってないな。
「生徒会長のことです・・・へえ、大村君生徒会長が好きなんだ」
「わお!リアルBLキタアアアア!」
あの正美先輩、何でそんな熱血ポーズ取ってるんですか?
「いや、なんかお約束のような気がして」
「あの、心読まんでください」
「そこのお2人方、盛り上がっているところ悪いけど、話が前に進まない」
「「あ、はい」」
司先輩の突っ込み。正論過ぎるので、頭を下げるしかない。
「あの、僕べつに男が好きってわけじゃないですよ」
「でも、生徒会長は男だよ?」
大村君の言葉に、司先輩が「何を言ってるんだ?」と言う顔をする。
「築城先輩が好きと言うことで、男が好きと言うわけじゃないんです」
う~ん。ニュアンス的にわかるようなわからないような・・・まあ、生徒会長が好きだっていうのは良くわかった。
「とにかく、生徒会長が好きなのはわかったけど、それで何で女になりたいってなるの?」
「簡単です。築城先輩の恋愛対象は女の子だからです」
うん、こっちはわかりやすいストレートな答え。
「それは間違いないの?」
「間違いありません!だって本人から直に、タイプの女性を聞きましたから!」
あの真面目な生徒会長も、やっぱり人間てことか。
ま、それはともかくとして。
「しかしだね、大村君。仮に君が女になれたとしようね。でも、それと生徒会長が君に好きになるかは別問題だぞ。仮に好きになったとしてもだ。ずっと女の子のままでいるわけにもいかないだろ」
マーさんが当然の指摘をする。そう。仮に大村君が女の子になったとして、それで生徒会長が彼(女になれば彼女か?)に惚れるかは別問題。仮に惚れたとしても、女としての彼の存在はないのだから、男に戻るしかない。つまり、一時の恋にしかならない。
「それでも構いません!この文化祭で先輩に告白して、玉砕してもよし。受け入れてもらえれば、なお良し!それがたとえ、一時の夢に終わっても」
おお、これは本気だわ。
さて、マーさんが何と答えるか。
「大村君、正直に話すね。君の推理通り、そこにいる二人は君の先輩たちで、あのトラックには男を女に、女を男にする性転換装置が積まれている」
「じゃあ!」
「だけど、それと君を女にするかは別の話だよ。あの装置のことは最高機密で、絶対に外に漏らすわけには行かない。君は秘密を守れるかな?もし裏切るようなマネをすれば、君の男としての存在を、この世から抹消するよ。冗談でも何でもなくね」
マーさんが平然と言うけど、本当に冗談じゃないんだね。これが。
ちなみに、男としての存在を抹消されるだけで、消されるわけじゃないからね。ここ大事。
「それだけの覚悟があるなら、君を女にしてあげてもいいよ。たださっきも言ったけど、君が女になったからといって、生徒会長さんが惚れるかは別問題だよ。それから、女としての書類上の存在は用意できないから、文化祭が終われば男には戻ってもらうよ。その点についてもオーケー?」
「はい!約束を破ったら、煮るなり焼くなりしてください!!」
すると、マーさん立ち上がり。
「5分だけ待っててね」
と立ち上がり、どこかへ行ってしまった。きっと、店長やマリーさんたちと話し合うんだろうな。
「それにしても、あの乱暴で問題児でガチムキな先輩たちが、こんな美女になるなんて」
大村君が、改めて2人をみて感嘆の声を漏らす。
「あら~、美女だなんて」
「おだてても何も出ないわよ」
字面だけ見ると喜んでいるみたいだけど、言葉を聞けばメチャクチャ皮肉っぽく言ってるからね。そりゃ、男としての自分たちをけなされているからね。
「でも、大村君も物好きね」
「あの堅物生徒会長のどこがいいの?」
「築城先輩のことを悪く言わないでください!」
大村君が声を荒げた。
「確かに築城先輩は、真面目一辺倒で嫌われてますけど、とても後輩想いで、僕にも優しくしてくれて・・・だから、イメージだけで先輩のことを悪く言わないでください」
うん。彼の生徒会長への本気の想いが伝わって来るね。
「ごめんなさい」
「あなたの言うとおりね。何も知らずイメージだけで否定しちゃダメよね」
あれ?先輩たちが随分おとなしく引き下がったな。どういう心境の変化だろ?
僕が首を捻っていると、マーさんが戻ってきた。
「今仲間たちと連絡したけど、結論から言うね。君を女にすることについては、いいよ」
「本当ですか!」
と、大村君の顔がパーッと明るくなったけど、すぐに次の一言で凍り付いた。
「ただし、さっき言ったことに加えて、こっちの条件を飲んでくれたらね」
「条件ですか?」
おお!一瞬で表情が・・・マーさんが連絡した相手は店長(ちなみに今日も体調不良でマリーさんが代理)をはじめとする、研究グループの皆さんだろうけど、一体何をさせる気やら。
「その条件は・・・」
その日の夕方。
「ど、どうでしょうか?」
着替えを終えてオズオズと出てきた少女に。
「キャ~!!カワイイ!!」
「良くお似合いよ!!」
先輩たちが黄色い声で囃し立てる。
「あ、ありがとうございます・・・その、富嶽君はどうかな?」
で、僕にも感想を求めて来たけど・・・う~ん。
「いや、あのね、充分美少女だよ。けど、それが君の理想・・・というより、生徒会長の理想なの?」
僕の目の前に現れた、先輩たちとは色違いのメイド服を着た少女。整った人形のような顔立ちに、ボリューム満点の胸。
だけど、身長が先輩たちよりもさらに低い・・・どう見ても140くらいしかないんですけど。え、何これ?
これが生徒会長のタイプなの!?
と、僕は大村君の成れの果ての姿を見て、驚愕するしかなかった。
ちなみに、大村君改め大村さんは、僕の問にコクンと小さく頷いた。
御意見・御感想お待ちしています。




