文化祭 ➂
「チュウ、俺は今日ほどお前に殺意を覚えた日はないぜ」
「うん、わかる。わかるよ、その気持ち」
僕も男だから、その気持ちはよくわかる・・・よくわかるけど、殺意の籠った視線で射すくめられるって、本当に洒落にならないな。
そして僕にそんな視線を送って来るのは、同級生で友人の藤枝寛治だ。何で寛治が僕に殺意を覚えるかと言えば。
「まあまあ寛治君。忠一君だって悪気があってじゃないから」
「そうそう、口止めしていたのは、うちの店長だから」
僕たちの前にコーヒーと菓子のセットを並べながら、必死に宥めてくれる。
「いや、でも・・・友達の俺に喫茶藍で働いていることを言わないなんて・・・ヒドイ裏切りだ!」
はい、本当にごめん。お前が喫茶藍で働きたかったのも、先輩たちに会うの目当てで、一人でお店に通っているのも知ってたよ。
でもね、うちの店には秘密があり過ぎるから、言えなかったんだよ。
だから今日までお店で働いていることは一切教えなかったし、さらにお店で出くわさない様に、お前が来ると厨房の奥に引き籠って出ない様にしていたんだよ。
だけど、さすがに学校内じゃ壁のない教室越しだから、どうにもならなかった。顔が見えないように注意してたんだけど、結局見つかりました。
その時は寛治も営業中だから何もしてこなかったけど、閉店した途端押し掛けてきた。いや、あの瞬間も怖かった。ふら~りと無言で入って来たから。刺されるかと思ったよ。
でもさすがに先輩たちやマリーさんの前だからだろうね、過激な行動には移らなかったけど。
ただし、溢れるばかりの嫉妬の殺意だけは抑えきれてないよ。
「藤枝君、とりあえずこれでも飲んで落ち着きなさい」
「あ、ありがとうございます。マリーさん」
マリーさんがハーブティーを目の前に置いた途端、テレテレとしやがって。まったく、現金な奴だ。
「ところで、今日は弘美さんいないの?」
「店長は体調不良で早退したよ」
「何だよ、それじゃあ働かせてくれって直談判できないじゃん」
「お前まだ諦めてなかったの?」
「当たり前じゃん!だいたい、お前は働けて俺は働けないなんて、理不尽じゃないか!」
いや、働かない方がお前のためだよ、と言いたいところだけど、流石に言えない。
下手に穿られると、ここにいる3人の美女が全員男だとバレかねない。それ知ったら多分、こいつ悶絶して死ぬんじゃないかな?
「はいはい、うちで働きたいのはわかったけど、富嶽君に八つ当たりするのはやめましょうね」
「はい!マリーさん」
「お前なあ・・・」
美女に弱すぎだろ。
「うるせえ!こんな美女の前で、デレデレしない男がいるかよ!」
まあね。この人が裏のない外国人の美女としか思わないなら、そうなるかもね。
うん、知らぬが仏とはよく言ったものだ。
「そうかい・・・ほら、もう閉店時間だから、さっさとそれ飲んだら帰れよ。こっちは片付けや明日の準備があるんだから」
「だったら俺も手伝うぞ」
「だからダメだって言ってるだろ」
「ちぇ・・・まあいいや。裏切者をしばくのは後にするとして・・・司さん!」
なんか不穏なこと言ったと思ったら、司先輩に擦り寄って行ったよ、こいつ。
「え?・・・私?」
「はい。明後日の夜は暇ですか?」
「え?・・・何で」
「うちの学校、文化祭が終わった後に、打ち上げ会があるんですよ。グラウンドや体育館で、お菓子やジュースを飲み食いしながらワイワイする時間で、ダンスなんかもやるんです。そのお相手になっていただけませんか?」
すると、司先輩がスッゴイ困った顔をする。
「え、いや、その。予定はないけど・・・それってつまり、デートのお誘い?」
「イエス!明後日の夕方、俺と一緒に楽しみませんか?」
「いや、流石にそれは・・・」
だろうな。先輩たち、夕方には男に戻るつもりだろうし、何より男からのデートなんて、さすがに気持ち的に無理な部分もあるだろうし。
それにほら、寛治のやつ男の時の先輩をボロクソに言ってたしな。
「そうですか・・・ダメですか」
「・・・ごめんね」
「・・・わかりました。では、また明日」
と、金を払い出て行こうとする奴の肩を掴む。
「ちょっと待て」
「何だよ?」
「また明日て、明日も来るのか?」
「当たり前じゃん。意中の人と毎日会えるのに、来ないバカがどこにいる」
「そりゃそうだけどさ・・・明日も誘うの?」
「モチのロンだ!まだチャンスは2日ある。チャンスある限り諦めない。不撓不屈。諦めたらそこで負け。やられたらやり返す」
「いや、最後の違うだろ・・・ま、来るのはいいけどさ。迷惑行為だけはするなよ。出禁どころじゃ済まない目に遭うぞ」
「ハハハ。心得ておくわ」
いや、笑ってるけどさ、これ本当のことだから。うちの店に災いをなすものは、タダじゃ済まないぞ。先週も如何にもチンピラ風な連中が店に入ろうとしたら、どこからか現れたエミリーさんが誘い出してたし。
あのチンピラども、どうなったのかね?
「やれやれ。面倒なことになったな」
喫茶藍で働いていることは、あいつには知られたくなかったんだけどな。
「本当よ。いきなりナンパしてくるなんて」
「いや司先輩。そこじゃないです」
「でも良かったじゃない司。後輩から素敵なお誘いを受けて」
うわ~、正美先輩が悪役令嬢ぽい笑みを浮かべてるよ。
「あのね。あの子、男の私をコテンパンに言ってたのよ。そんな子に誘われてもね~」
やっぱり根に持ってたんだ。そこのところ。
「司先輩は、後夜祭どうする気だったんですか?」
「それはもちろん男に戻って参加よ。だいたい女子のままじゃ、制服もないから参加できないって」
確かに。先輩たち私服は買い揃えたけど、制服は持ってなかったからな。
「そんなわけで。あの子がどれだけアタックしたところで、私が首を縦に振る可能性はゼロね」
はい、言い切りました。寛治、御愁傷様。
「はいはい、そこの3人。最後のお客さんも帰ったし、ちゃんと片付けする。ちゃんと仕事しないと、店長からドヤされるわよ」
マリーさんがパンパンと手を叩きながら、僕らにハッパを掛ける。
そうだった。お客さんがいなくなっても、片付けと明日の営業のための準備と言う、大事な仕事が残っている。これはお店でも変わらない。
僕たちは手早く片付けと、明日の準備を終わらせた。
これで完全に閉店である。
「さてと、男に戻りますか」
廊下に出ると、正美先輩が伸びをしながら軽く言うが、危うい発言だぞそれ!
「ちょっと先輩。マズいですよ、学校内でそんなこと言うのは!」
「大丈夫大丈夫。もう誰もいないって」
確かに、既に文化祭1日目は終わりの時間を迎えて、生徒やお客さんたちの気配はない。とは言え、明日の準備のためにまだ残っている人がいる可能性だってある。
不用意な発言は控えた方がいいと思うけどな。
移動式の性転換装置を搭載したトラックは、学校の裏にある教職員用の駐車場に止まっていた。
トラックの荷台部分に性転換装置が搭載してある。それも、2人同時に性転換出来るように2台搭載しているとか。
マーさんに2台も搭載して電気大丈夫なの?と聞いたら、出発前に新型電池に充電したから大丈夫らしい。
「じゃあ私たち元に戻って着替えるから」
「覗いちゃダメよ」
「覗きませんよ」
と言うか、2人が入ったら扉は固く閉じられるから、見られるわけないんですけど。
バーンと荷台の扉が閉まるのを見送って、2人が男に戻るまでの間、僕は運転室にいるマーさんに声を掛ける。
「マーさん、お疲れさまです」
「おう、お疲れさま」
「店長は大丈夫でした?体調悪そうでしたけど」
「うん・・・弘美なら大丈夫だよ。念のために病院にも行ったし、明日には復帰できると思うよ」
「ならいいんですけど」
マーさんの言葉に、僕は何か引っかかるものを感じたが、仕事で疲れていることもあって、それ以上聞く気にもなれなかった。
「チュウ君もお疲れみたいだね~」
「そりゃそうですよ、うちの店大人気でしたから・・・特に男子に」
すると、マーさんが笑う。
「だろうな。あの装置で変身すると、レベル高くなるからな」
本物のメイドさんがいる。その話は学校内へと瞬時に拡散し、開店から程なくして店の外には行列ができていたよ。
先輩たちは、贔屓目に見ても美少女だから、男子の人気を攫うのも納得できる・・・中身が男だと知ったら幻滅するだろうけど。
あ、最近は色々変わって来たから「男だろうが、今が女なら関係ねえ!」とかスゴイ意見出てきそう。
実際、そう言わせるほどに女の時の先輩たち、普通に女子してるし・・・まあ、体だけじゃなくて心も完全に女に染まってるから、当然と言えば当然だけど。
営業中何回もナンパを受けて、軽くいなしてはいたけど、悪い気はしてなさそうだったし。
そんな感じに物思いに耽っていると。
「待たせたな」
「じゃ、帰ろうか」
いつのまにかトラックの荷台から出てきた先輩たちが立っていた。もちろん、男の姿でだ。
見慣れた先輩たちの姿にホッとする反面、やっぱりちょっと勿体ないと思ってしまう自分が恨めしい。
とにかく、これで帰れる。
「あ、はい先輩。それじゃあマーさん。マリーさんや店長によろしく」
僕が挨拶すると、マーさんは笑いながら手を振った。
「おう。3人とも気を付けてな」
マーさんに見送られて、僕らは家路に着いた。
こうして1日目は大きな問題もなく終了・・・だと思ったんだけどな~
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