表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/39

文化祭 ➂

「チュウ、俺は今日ほどお前に殺意を覚えた日はないぜ」


「うん、わかる。わかるよ、その気持ち」


 僕も男だから、その気持ちはよくわかる・・・よくわかるけど、殺意の籠った視線で射すくめられるって、本当に洒落にならないな。


 そして僕にそんな視線を送って来るのは、同級生で友人の藤枝寛治だ。何で寛治が僕に殺意を覚えるかと言えば。


「まあまあ寛治君。忠一君だって悪気があってじゃないから」


「そうそう、口止めしていたのは、うちの店長だから」


 僕たちの前にコーヒーと菓子のセットを並べながら、必死に宥めてくれる。


「いや、でも・・・友達の俺に喫茶藍で働いていることを言わないなんて・・・ヒドイ裏切りだ!」


 はい、本当にごめん。お前が喫茶藍で働きたかったのも、先輩たちに会うの目当てで、一人でお店に通っているのも知ってたよ。


 でもね、うちの店には秘密があり過ぎるから、言えなかったんだよ。


 だから今日までお店で働いていることは一切教えなかったし、さらにお店で出くわさない様に、お前が来ると厨房の奥に引き籠って出ない様にしていたんだよ。


 だけど、さすがに学校内じゃ壁のない教室越しだから、どうにもならなかった。顔が見えないように注意してたんだけど、結局見つかりました。


 その時は寛治も営業中だから何もしてこなかったけど、閉店した途端押し掛けてきた。いや、あの瞬間も怖かった。ふら~りと無言で入って来たから。刺されるかと思ったよ。


 でもさすがに先輩たちやマリーさんの前だからだろうね、過激な行動には移らなかったけど。


 ただし、溢れるばかりの嫉妬の殺意だけは抑えきれてないよ。


「藤枝君、とりあえずこれでも飲んで落ち着きなさい」


「あ、ありがとうございます。マリーさん」


 マリーさんがハーブティーを目の前に置いた途端、テレテレとしやがって。まったく、現金な奴だ。


「ところで、今日は弘美さんいないの?」


「店長は体調不良で早退したよ」


「何だよ、それじゃあ働かせてくれって直談判できないじゃん」


「お前まだ諦めてなかったの?」


「当たり前じゃん!だいたい、お前は働けて俺は働けないなんて、理不尽じゃないか!」


 いや、働かない方がお前のためだよ、と言いたいところだけど、流石に言えない。


 下手に穿られると、ここにいる3人の美女が全員男だとバレかねない。それ知ったら多分、こいつ悶絶して死ぬんじゃないかな?


「はいはい、うちで働きたいのはわかったけど、富嶽君に八つ当たりするのはやめましょうね」


「はい!マリーさん」


「お前なあ・・・」


 美女に弱すぎだろ。


「うるせえ!こんな美女の前で、デレデレしない男がいるかよ!」


 まあね。この人が裏のない外国人の美女としか思わないなら、そうなるかもね。


 うん、知らぬが仏とはよく言ったものだ。


「そうかい・・・ほら、もう閉店時間だから、さっさとそれ飲んだら帰れよ。こっちは片付けや明日の準備があるんだから」


「だったら俺も手伝うぞ」


「だからダメだって言ってるだろ」


「ちぇ・・・まあいいや。裏切者をしばくのは後にするとして・・・司さん!」


 なんか不穏なこと言ったと思ったら、司先輩に擦り寄って行ったよ、こいつ。


「え?・・・私?」


「はい。明後日の夜は暇ですか?」


「え?・・・何で」


「うちの学校、文化祭が終わった後に、打ち上げ会があるんですよ。グラウンドや体育館で、お菓子やジュースを飲み食いしながらワイワイする時間で、ダンスなんかもやるんです。そのお相手になっていただけませんか?」


 すると、司先輩がスッゴイ困った顔をする。


「え、いや、その。予定はないけど・・・それってつまり、デートのお誘い?」


「イエス!明後日の夕方、俺と一緒に楽しみませんか?」


「いや、流石にそれは・・・」


 だろうな。先輩たち、夕方には男に戻るつもりだろうし、何より男からのデートなんて、さすがに気持ち的に無理な部分もあるだろうし。


 それにほら、寛治のやつ男の時の先輩をボロクソに言ってたしな。


「そうですか・・・ダメですか」


「・・・ごめんね」


「・・・わかりました。では、また明日」


 と、金を払い出て行こうとする奴の肩を掴む。


「ちょっと待て」


「何だよ?」


「また明日て、明日も来るのか?」


「当たり前じゃん。意中の人と毎日会えるのに、来ないバカがどこにいる」


「そりゃそうだけどさ・・・明日も誘うの?」


「モチのロンだ!まだチャンスは2日ある。チャンスある限り諦めない。不撓不屈。諦めたらそこで負け。やられたらやり返す」


「いや、最後の違うだろ・・・ま、来るのはいいけどさ。迷惑行為だけはするなよ。出禁どころじゃ済まない目に遭うぞ」


「ハハハ。心得ておくわ」


 いや、笑ってるけどさ、これ本当のことだから。うちの店に災いをなすものは、タダじゃ済まないぞ。先週も如何にもチンピラ風な連中が店に入ろうとしたら、どこからか現れたエミリーさんが誘い出してたし。


 あのチンピラども、どうなったのかね?


「やれやれ。面倒なことになったな」


 喫茶藍で働いていることは、あいつには知られたくなかったんだけどな。


「本当よ。いきなりナンパしてくるなんて」


「いや司先輩。そこじゃないです」


「でも良かったじゃない司。後輩から素敵なお誘いを受けて」


 うわ~、正美先輩が悪役令嬢ぽい笑みを浮かべてるよ。


「あのね。あの子、男の私をコテンパンに言ってたのよ。そんな子に誘われてもね~」


 やっぱり根に持ってたんだ。そこのところ。


「司先輩は、後夜祭どうする気だったんですか?」


「それはもちろん男に戻って参加よ。だいたい女子のままじゃ、制服もないから参加できないって」


 確かに。先輩たち私服は買い揃えたけど、制服は持ってなかったからな。


「そんなわけで。あの子がどれだけアタックしたところで、私が首を縦に振る可能性はゼロね」


 はい、言い切りました。寛治、御愁傷様。


「はいはい、そこの3人。最後のお客さんも帰ったし、ちゃんと片付けする。ちゃんと仕事しないと、店長からドヤされるわよ」


 マリーさんがパンパンと手を叩きながら、僕らにハッパを掛ける。


 そうだった。お客さんがいなくなっても、片付けと明日の営業のための準備と言う、大事な仕事が残っている。これはお店でも変わらない。


 僕たちは手早く片付けと、明日の準備を終わらせた。


 これで完全に閉店である。


「さてと、男に戻りますか」


 廊下に出ると、正美先輩が伸びをしながら軽く言うが、危うい発言だぞそれ!


「ちょっと先輩。マズいですよ、学校内でそんなこと言うのは!」


「大丈夫大丈夫。もう誰もいないって」


 確かに、既に文化祭1日目は終わりの時間を迎えて、生徒やお客さんたちの気配はない。とは言え、明日の準備のためにまだ残っている人がいる可能性だってある。


 不用意な発言は控えた方がいいと思うけどな。


 移動式の性転換装置を搭載したトラックは、学校の裏にある教職員用の駐車場に止まっていた。


 トラックの荷台部分に性転換装置が搭載してある。それも、2人同時に性転換出来るように2台搭載しているとか。


 マーさんに2台も搭載して電気大丈夫なの?と聞いたら、出発前に新型電池に充電したから大丈夫らしい。


「じゃあ私たち元に戻って着替えるから」


「覗いちゃダメよ」


「覗きませんよ」


 と言うか、2人が入ったら扉は固く閉じられるから、見られるわけないんですけど。


 バーンと荷台の扉が閉まるのを見送って、2人が男に戻るまでの間、僕は運転室にいるマーさんに声を掛ける。


「マーさん、お疲れさまです」


「おう、お疲れさま」


「店長は大丈夫でした?体調悪そうでしたけど」


「うん・・・弘美なら大丈夫だよ。念のために病院にも行ったし、明日には復帰できると思うよ」


「ならいいんですけど」


 マーさんの言葉に、僕は何か引っかかるものを感じたが、仕事で疲れていることもあって、それ以上聞く気にもなれなかった。


「チュウ君もお疲れみたいだね~」


「そりゃそうですよ、うちの店大人気でしたから・・・特に男子に」


 すると、マーさんが笑う。


「だろうな。あの装置で変身すると、レベル高くなるからな」


 本物のメイドさんがいる。その話は学校内へと瞬時に拡散し、開店から程なくして店の外には行列ができていたよ。


 先輩たちは、贔屓目に見ても美少女だから、男子の人気を攫うのも納得できる・・・中身が男だと知ったら幻滅するだろうけど。


 あ、最近は色々変わって来たから「男だろうが、今が女なら関係ねえ!」とかスゴイ意見出てきそう。


 実際、そう言わせるほどに女の時の先輩たち、普通に女子してるし・・・まあ、体だけじゃなくて心も完全に女に染まってるから、当然と言えば当然だけど。


 営業中何回もナンパを受けて、軽くいなしてはいたけど、悪い気はしてなさそうだったし。


 そんな感じに物思いに耽っていると。


「待たせたな」


「じゃ、帰ろうか」


 いつのまにかトラックの荷台から出てきた先輩たちが立っていた。もちろん、男の姿でだ。


 見慣れた先輩たちの姿にホッとする反面、やっぱりちょっと勿体ないと思ってしまう自分が恨めしい。


 とにかく、これで帰れる。


「あ、はい先輩。それじゃあマーさん。マリーさんや店長によろしく」


 僕が挨拶すると、マーさんは笑いながら手を振った。


「おう。3人とも気を付けてな」


 マーさんに見送られて、僕らは家路に着いた。


 こうして1日目は大きな問題もなく終了・・・だと思ったんだけどな~

御意見・御感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ