喫茶藍 ③
今回もTSシーンまで行けなかった。ごめんなさい。
「お待たせしました。御注文のあんかけスパと日替わりランチの鉄板スパです」
寛治と趣味の話で盛り上がっていると、正美さんとは違う女の子の声がした。そちらに顔を向けると、料理の乗ったお盆を手にした、明らかに正美さんではないメイドさんが立っていた。
「あ、ありがとうございます」
「失礼しますね」
優しく声を掛けてくると、お盆に載ってる注文した料理を置いていく。本当は料理に集中するべきなんだろうけど、どうしてもメイドさんに目が行ってしまう。
デザインは同じだが、正美さんとが色違いの萌黄色のメイド服を着て、眼鏡を掛けたどこか知的な女の子。しかも。
「スープとお飲み物もすぐにお持ちしますね」
「はい・・・見たかチュウ」
料理を置いて会釈した彼女が席を離れると、寛治が興奮しながら僕に話しかけてきた。
「ああ、正美さん以外にもメイドさんいたんだな」
「それもあるけどさ。彼女めっちゃ胸大きかったな」
「バカ。下手にそう言うこと言うなよ。今はセクハラやら何やらら色々と厳しいんだぞ」
とは言え、実際彼女の胸はかなり大きかった。少なくとも、正美さんよりは大きい。メイド服の下からの自己主張が激しくて、正直目のやり場に困る。
「わかってるって。でも、ありがたやありがたや」
手を拝む程かよ。
にしても。またあの感覚だ。正美さんと会った時に感じた、既視感。でもあんな特徴を持ってる人を忘れるとも思えないんだけどな。なのに、なんでどこか会ったような気がするんだ?
「お待たせしました。お飲み物と、スープにサラダです」
もう一度来た彼女を見やる。胸を見たい男の煩悩を押さえつけて、顔を見る・・・う~ん、可愛いのは間違いないし、どこかで見覚えはあるんだけど、やっぱり思い出せない。
「それではごゆっくり」
「あ、ありがとうございます」
結局思い出せなかった。
「メイドさんが行っちゃったのは残念だけど、早速食おうぜ」
「うん?ああ・・・お、おいしそう」
彼女に気を取られてたので、この時になってようやく運ばれてきた料理をしっかりと見た。鉄板の上に赤いナポリタンスパゲティ。湯気を上げる麺に良く絡んだケチャップのいろと、その麺から所々顔を出してるウインナーと緑のピーマンの細切り。そしてその麺を囲むように鉄板の上に敷かれた卵。完全に焼け切ってないフワトロになっているのが、見た目からしてナイスだ。
「んじゃ、いただきます!・・・うん、うめえ!」
「いただきます・・・あ、おいしい」
フォークに麺と卵をを絡み付け、口の中に入れる。ケチャップ味の麺に、ウインナー、ピーマンが見事に程よくマッチしてる。もちろん、フワトロ卵もいいアクセントになっていて、普通においしい。
「なあチュウ、一口やるから俺にもくれよ」
「いいよ」
そう言うと、寛治が自分のフォークを僕の皿に突き立ててグルグル回す。もちろん、僕も約束通り寛治の頼んだあんかけスパを一口もらう。
「おお!こっちも美味いじゃん!」
「辛い!けどおいしい!」
コショウのピリッとした辛さが舌を刺激する。だけど、ちゃんと麺や具と上手く絡まって、こちらも普通に美味しい。
そして僕の鉄板スパを口にした寛治も、実に美味そうに食べている。
「メイドさんも可愛くて、料理も美味いなんて最高じゃん」
口周りについたケチャップをフキンで拭きながら、寛治が満足そうに言う。
「だな」
その意見には、僕も心の底から賛成。料理も美味しくて、可愛いメイドさんが接客してくれる。男としては実に理想的な環境に違いない。
「ふう、美味かった・・・あ~あ。金に余裕があれば、毎日でも来たいんだけどな」
食べ終えた寛治が、心の底から残念がってる。その様子に、僕は苦笑した。
「まあ、バイトでもするしかないだろ?確かうちの高校アルバイトは許可制だけど、可能だったから」
高校生が自由になる金を手にするには、出来るバイトをするしかない。幸い、僕たちが進学する予定の学校は、確か教師の許可は必要だけど、アルバイト可だったはず。
すると、寛治は何か閃いたようだった。
「バイトか・・・この店でバイトできない「生憎とうちはバイト間に合ってますよ」
いつの間にか現れたのか、正美さんともう一人のメイドさんが立っていた。ちなみに、寛治の言葉を遮ったのは正美さんで、彼女の言葉を聞いた寛治は、まるでこの世の終わりの様な、絶望した顔をしている。
「食べ終えたお皿お下げしますね」
「はい、お願いします」
2人はテキパキと、僕たちが食べ終えた皿を片づけていった。
と、2人とも揃っている!チャンスだ。
「あの?」
「はい?」
「正美さんと・・・」
しまった。もう一人のメイドさんの名前はまだ聞いてなかった。
「司です」
「ああ、司さん。お二人は高校生ですか?」
「まあ、そんなところです」
「右に同じ」
うん?何で2人とも断言しないんだ?
「このお店は開店したばかりですけど、随分と手慣れていますね。どこか他の店でもアルバイトの経験があるとか?」
「それはそうです。そう言うふうにせn、ヒ!?」
「「!?」「」
突然司さんが悲鳴を上げた。いきなりのことで、僕たちもビックリした。そしてよくよく見ると、司さんの足を正美さんの足が踏みつけていた。
「オホホホ!ごめん遊ばせ」
笑いながら、明らかに心のこもってない謝罪をする正美さん。あれ?何かどこかで見たことあるような光景。
「もう、踏むことはないじゃない」
と涙目になりながら抗議する司さんに。
「あなたはそういうところが抜けてるから。自業自得よ」
正美さんは素っ気ない。
「ふん!」
すると、司さんは文句こそ言わないけど、不貞腐れた顔をする。
あれ?この2人仲悪いのかな?
「失礼しました。でも富嶽君、あんまり女の子にズケズケ聞くものじゃないですよ。どこかの漫画じゃないけど、秘密もまた女の子の魅力なんですから」
正美さんが口に人差し指を当てて、ウィンクする。とても可愛い。一瞬見惚れてしまった。
「それは失礼しました」
「それじゃあ、ごゆっくり。ほら、司も行くわよ。そろそろランチタイムで忙しくなるんだから」
「わかってるって。失礼しますね」
司さんもちゃんと会釈して去って行った。
「チュウ、お前見かけによらず積極的なんだな?」
「何が?」
「何がって、女の子に自分から声掛けて色々聞くなんて、あの2人のどっちかに気があるってことだろ?」
「う~ん・・・」
適当に答えながら、食後のコーヒーを啜って頭の中で思考を一端整理する。確かに気があるって言えば気がある。しかし、それは恋愛感情よりも疑念とか疑惑から来るそれかな。
どこかで会ったことがあるような既視感に加えて、2人の言動がどうも引っかかる。
怪しいのは間違いない。でも、いくら記憶の棚をさらっても、2人のことを思い出せない。あれだけの美人だったら、すぐにでも思い出せそうなもんなんだけどな。
結局。
「そろそろ混んできたな」
寛治の言葉に周囲を見回すと、確か入店した時は閑散としていた店内の様子が一変して、8割方座席が埋まっていた。ランチタイム目当ての客だろうか、その中を正美さんと司さんが忙しなく行き交っている。
「ランチタイムだからな・・・あんまり長居すると迷惑になりそうだから、そろそろ出るか?」
「だな」
コーヒーも飲み干したし、ちょうどいい頃合いだ。僕たちは立ち上がって伝票をとり、レジに向かった。
レジには誰もおらず、呼び出しボタンを押すと。
「はーい!今行きます!」
正美さんがやって来た。そして、やはり手慣れた手つきで伝票を見て、レジを操作する。
「ありがとうございました。あんかけスパの方は1300円、日替わりの方は1200円となります」
僕たちはそれぞれの食事代を財布から出し、支払った。ただし、寛治はピッタリ支払ったのに対して、僕は小銭が無かったから、1000円札を二枚出した。
「はい、お釣りが800円となります。お確かめくださいね」
正美さんが僕の手を持って、お釣りを手渡してくれた。女の子の手の手触りに、一瞬気恥ずかしさを覚える。
「ありがとうございます」
「ごちそうさまでした」
「またの御来店をお待ちしています」
営業スマイルとわかっていても、女の子の顔で見送られるのは、気分の悪いことではない。
「いや、最高だったな!メイドさんは可愛いし、飯は美味いし」
「そうだな~」
「なんだよチュウ、呆けてさ。やっぱりあの娘に惚れたか?」
「う~ん・・・」
店を出て改めて冷静になると、やっぱり気になって仕方がない。一体あの2人は?
結局、その後師団前の駅前で寛治と別れ、家に帰ってからも、胸につかえた疑念は消えなかった。
それから数日後、春休みも終わりと言う日。僕は再び大曽野駅に来ていた。時刻は午前6時。一番電車に乗ってやってきた。
何でこんな時間にわざわざ来たかと言えば、この日運転される国営鉄道の臨時列車と甲種輸送列車の写真を撮りたかったから。
実を言うと、僕はテツオタ。ついでにミリオタとちょっとばかりのアニオタも入ってる。もちろん、高校生の出来る範囲でしか楽しめないけど、今日の臨時列車の撮影は学生定期で行ける範囲でのことだったから、つまりはロハだ。
「よし!」
撮影対象の列車の撮影を楽しむこと1時間あまり、カメラのフォルダには何枚もの写真が並ぶ。幸い天気も良くて、いい出来栄えの写真が撮れた。
「さ~てと。帰るか」
撮影を終えて、カメラをバックにしまった僕は家に帰るため改札口へと向かった。ところが、ここで予想外の人物を目にした。
「あれ?岩川先輩?」
同じ町内の幼馴染にして、この間寛治との話で話題になった岩川正先輩が駅の改札から出てきた。
「この時間に何の用だ?」
時刻はまだ朝の7時前。まだ学校も始まってないし、部活に入っていない先輩がこの時間に出歩くなんて。しかも、明らかに降りた場所からして部活の類ではない。
・・・気になる。
僕は先輩の後を尾けてみた。もちろん、バレないように。一方で見失わないように。適度に距離を保ちながらだ。
先輩は駅前の大通りから1本狭い通りに入り、ビルや店の間を抜けて歩いて行く。
「あれ?何か見覚えある道」
そして、先輩は2階建ての雑居ビルに入って行った。
「え!?ここって!」」
僕はビルの入り口にある、入居しているテナント表示を見る。
「何でここに先輩が!?」
そこには確かに、喫茶藍の文字があった。
そして僕が唖然としていると。
「君きみ」
突然声を掛けられた。そちらを振り向くと。
20代後半くらいの長身の男性が、まるで僕を獲物でも射るハンターのような目で見据えていた。
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