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夏休み ⑦

夏休み編、これにて終了となります。

 夏休みも終わり、カレンダーの日付は9月に変わった。そして新学期が始まるわけなんだけど。


「暑い~」


 相変わらずの暑さ。朝から太陽は相変わらず燦々と輝いて、通学路のアスファルトを恨めしいくらいに熱してくれている。


 日本独特のムシムシとした空気とあいまって、学校に着くまでで、もう汗だくだよ。


「本当、やる気でんわ~」


 こんな酷暑の中で授業なんて、本当堪らないな。うちの学校の場合、教室にクーラーが付いているにはいるけど、集中式で授業が始まってからじゃないと点かないし。点いてからも、吹き出し口の関係で暑いところと寒いところがあるんだよね。


 ちなみに僕の席は、吹き出し口には近いけど太陽光がもろに差し込む窓際で、ハッキリ言って暑い場所。


 そんな場所で次の席替えまで過ごさなきゃいけないから、本当に嫌になる。


「あ~。海でのアルバイトが懐かしい」


 たった1週間だったけど、海の家でのアルバイトが恋しい。そりゃ、海の家も暑かったけど、海風はあったし、仕事が終われば泳げたし。それに、美女が3人も間近でいたし。


 なんて海の家の思い出をなぞろうとした時だった。


「忠一く~ん!」


「うん?」


 あれ?おかしいな。聞き覚えがあるけど、絶対にこんな所で聞こえるはずのない声が耳に飛び込んできた。


「いけない。暑さで幻聴まで聞こえてきたか・・・熱中症かも」


 と慌ててカバンのポケットに挿し込んだ水筒を取ろうとした。したんだけど。


「も~!聞こえないの!忠一君!」


「ヴェ!?」


 突然体に走る衝撃と、柔らかな感触。


 驚きながら振り向くとそこには。


「え!?ま、正美先輩!?」


 そこにいたのは、正美先輩だった。


 うちの学校の女子制服は古典的な名古屋襟のセーラー服で、地味で古臭いという声も耳にするけど、さすがは正美先輩。そのセーラー服が良く似合ってる。


 美女にはどんな服でも似合う・・・じゃなくて!


「どうして正美先輩がここに!?」


「何よ、まるで幽霊にでもあったみたいに」


「だって、先輩が女の姿でいるなんて、しかもうちの女子の制服を着て!おかしいじゃないですか!」


 正美先輩は、あくまで喫茶藍に関わっている時だけの仮の姿。学生としては本来の男の正の姿でなきゃいけないはず。ここで、僕とこうして女子生徒として出会う筈がない!


 すると、正美先輩は一瞬キョトンとして笑い始めた。


「もう、何言ってるの。私はもう女として生きていくことになったじゃない」


「・・・へ?」


「結局男の体に戻れなくなっちゃったから、女として、正美として生きていくことになったでしょ」


「え!?あれ?」


 そうだったっけ?・・・先輩たちが男に戻れなくなった!?


「本当に男に戻れなく?」


「だからそう言ってるじゃない!もう、忘れたの?」


「え、いや。その・・・そうですか、男に戻れなくなっちゃったんですね」


「そんな顔しないの。大丈夫よ、体も心も女の子なんだから。戸籍の変更も終わったし、私は晴れて岩川正美に生まれかわったの。だから、これからは女の子としての人生を楽しむわ」


「先輩がそう言うなら、僕も全力で応援します」


「ありがとう。それにね、女の子になれたのは逆に良かったんじゃないかと思うの」


「?」


「だって・・・これで忠一君と恋人として付き合えるから」


「え!?」


 あ、あれ。先輩の顔が心なしか赤い。


 な、なんでそんな眼差しで見つめてくるんですか!?ど、どうして僕にそんなに迫って来るんですか!?


 いや、嫌じゃないけど!でも、こ、これって・・・わあ!先輩の顔が!!!





「は!?」


 飛び起きて目に飛び込んできたのは、ここ1週間ばかり見続けた旅館の部屋の天井だった。


「ゆ、夢・・・」


 慌てて周囲を見回しても、そこにあるのは旅館の部屋の景色だけ。もちろん、正美先輩の姿もない。


「夢か・・・」


 なんというか、ホッとしつつもどこか残念な気持ちになる。


 壁掛け時計を見ると、まだ4時半だ。でもさすがは夏真っ盛りとあって、外からは淡い光が差し込んでる。


 確か、もう少ししたら日の出のはず。


 クーラーを掛けっ放しにしたおかげで、部屋の中は涼しいが喉が渇いている。いや、この渇き。もしかしてクーラーのせいばかりじゃないかも・・・とにかく喉が渇いた。


 僕は洗面台に行き、コップに水を注いで一気飲みした。


「ふう」


 水を飲んで喉が潤ったからか、ようやく人心地つけた。


「たく、なんて夢だ。先輩が元に戻れなくなって、しかも・・・」


 その瞬間までは行かなかったけど、あと3秒あれば普通に唇同士が合わさっていた・・・


「先輩が女の子に・・・しかも僕の彼女に」


 正直に言えば、嬉しくない筈がない。正美先輩は僕のタイプの美女だ。僕には勿体ないくらいの人だ。その人が恋人になるなんて、夢のような話だ。


 それが僕の本音だ・・・でも。


「ダメダメ!正美先輩はあくまで仮の姿なんだから」


 そう、正美と言う女性は本当は存在しない、架空の女性だ。本当のあの人は男で、僕の先輩だ。性転換装置のおかげで、女性である間は完全に馴染んでいるけど、それだって当人が望んでそうしているわけじゃない。


 自分の欲望で一人の人間の存在を消そうだなんて、思い上がりも甚だしい。


 僕は自分の煩悩を捨てるため、頭をブンブンと振った。


「ふう・・・気分転換に散歩でもしてくるかな」


 布団に入っても良かったんだけど、ちょうど日の出直前だ。最後の日なんだから、せっかくだし日の出で見るついでに散歩しようと思った。


 手早く浴衣を脱いで服を着替えて、僕は旅館を出た。


 東の空が赤く染まり、日の出が近いことを告げている。でも、周囲の家々はまだ眠りの中で、聞こえてくるのは波の音だけだ。


「よし間に合った」


 海岸に着いた・・・と言っても道路一本渡っただけだけど。とにかく、まだ太陽は出ていなかった。


 そして。


「うわあ・・・」


 太陽が昇り、その光が視界に広がる世界を照らし出していく。


「美しい」


 本当にそれ以外に出てこない。今までにも日の出は何度も見てきたけど、今日の日の出は格別だ。


 海も空も山も、朝日に照らし出されて、本当に神々しい。


「うん?」


 だけどその神々しさに浸っていられたのは、本当に短い間だけ。だって、少し先の海面にそれを見つけちゃったから。


 海面にゆらゆらと動く何か。それが人、女性だとわかるのに時間は必要なかった。そして、その女性が誰であるかも。


「正美先輩?」


 最初夢じゃないかと、思わず目を手でゴシゴシとこすった。何せ、さっきあんな夢見たばっかりだし。おまけに、こんな早朝だし。


 でも何度見ても、波間をユラユラ漂ってるのは正美先輩だった。


 そして、その姿は素直に綺麗だった。御伽噺に出てくる人魚もこんな風に見えるのかな?


 何も言えず、体も動かせず。僕はただボーっと、目の前に現れた光景に見とれてしまっていた。


「・・・!?」


 あ、正美先輩が気づいた。漂うの止めて、浜に上がってきた。


「ちょっと忠一君!いつからそこにいたの?いきなり現れたからビックリしちゃうじゃない!」


「ご、ごめんなさい。こっちもまさか正美先輩がこんな時間に泳いでいるなんて思わなくて」


「ちょっと早く目が覚めちゃって。今日でここともお別れだし。だったら、ちょっと泳ごうかなと思って」


「日の出前からですか?いけないとはいいませんけど、ちょっと危なくないですか?流されたら誰も助けてくれませんよ」


「大丈夫大丈夫。私そんな柔じゃないし」


 まあ、確かに先輩にそんな心配無用かな・・・にしても。


 朝日をバックに照らされて、いい具合に濡れたビキニ姿の正美先輩・・・これまでになくキレイだ。


「う~ん?何ジロジロ見てるの?」


「いや。正美先輩キレイだなと思って」


「・・・」


「・・・」


 あ、正直に言ったんだけど、これ会話が続かないやつだ。


「・・・」


「・・・」


 う~ん。言葉が続かないや。


「・・・ええと、そろそろ戻りますか」


「・・・うん」


 コレくらいしか言えないや。それでも、なんとか場を打破できたな。


「・・・」


「・・・」


 でもまた沈黙。ああ、この沈黙がつらい。


 幸いだったのは、旅館が海岸の目と鼻の先だったということ。


「じゃあ、僕は自分の部屋に戻りますので」


「うん」


 シャワーを浴びに行く先輩とは、自然にここでお別れ。ちょっと残念だけど、気まずい雰囲気からは解放される。


 僕は先輩を背に自分の部屋に戻ろう・・・としたんだけど。


「ねえ、忠一君」


 先輩に呼び止められた。まだ何かあるのかな?


「何ですか?」


「・・・私がこのまま女の子でいたら、忠一君はどう思う?」


 その言葉に、僕は心臓が止まるかと思った・・・何故に今その質問を!?


 だけど不思議だったのは、心臓は止まりそうなほど驚いたのに、何故か顔の表情は眉一つ動かなかったこと。驚き過ぎて、固まった・・・いや、それとも違う。何故なら、すぐに自分の口から言葉が出てきたから。


「先輩がそうしたいなら、そうすればいいと思います」


「・・・そう。ありがとう」


 それだけ言って、先輩は浴場の方へと歩いて行った。


 そして僕も、自分の部屋に戻った。


(先輩は、男に戻る気はないんだろうか?)


 と言う疑念を持ちながら。



 

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