夏休み ➄
「なんとか止んでくれたね」
「ええ。もうダメかと半ば諦めていたんですけど」
旅館の前に立つ僕とマーさんは、空を眺めながらそんなことを言う。まだ雲は多いけど、雨は完全に止んで、夕焼けが雲の間から差し込んでいる。
カナカナカナと鳴くヒグラシの鳴き声と合わさって、ザ・夏の夕暮れだ。
お昼過ぎまでの土砂降りに、こりゃ祭は中止だろうなと諦めかけていたけど、2時を過ぎたくらいに雨は小降りになって、3時過ぎには止んだ。おかげで、祭の方も予定通り行われることになったらしい。
と言うわけで、海の家の最終営業を終えた僕たちは、皮肉にもお客さんが少なかったおかげで、手早く閉店作業を終わらせて、女将さんの待つ旅館へと戻った。
ニコニコ顔の女将さんは、早速先輩たちを奥の部屋に案内して、浴衣を着せ始めた。
一方僕たちはと言えば、別にお店に出た時シャツとズボンで間に合っているから、3人が着替えを終わるまで待ちぼうけだ。
「富嶽君は、やっぱり期待してる?」
「はい?何をですか?」
「何をって、3人の浴衣姿だよ」
「ああ。そりゃあ、3人とも美人さんですから、期待してますよ・・・しかし、あの性転換装置は優れものですよね。あの先輩たちを、あんな美女にしちゃうんですから」
本当、3人とも元は男とは思えないくらいにレベルの高い美女になっているからね。
「そう言う補正機能付きだからね」
「へえ。じゃあ、例えばの話。応用して僕みたいな男がイケメンになることも可能なんですか?」
そうなったら美容整形に革命が起きるんじゃない?と思いつつ質問してみたけど。
「いや、現状では無理だね。今の装置は性転換がメインだから。あくまで体型の補正は、性転換する際に肉体を変換する際のオマケみたいなものだよ。性転換を伴わずに、肉体だけ変化をするなら、根本から改造が必要だよ。まあ、うちの研究室でもそっちの研究はしているから、あと10年もすればものになるよ。そうなれば、美容整形に革命を起こせるね」
そりゃそうだ。カプセルに入るだけで自分の望む体型になれるって、既存の技術なんか目じゃないね。
「まあ、その場合は影響も大き過ぎるからね。発表するにしても、色々とハードルを越えてからだね」
「そうですか・・・あ!そう言えば、今のところ男から女になった人しか見てませんけど、女から男になった人もいるんですか?」
今更だけど、先輩たちは元々男で女に性転換している。ということは、逆がいても不思議じゃない。性転換が男から女というのに捉われ過ぎていた。
でも、今のところそう言う人の話は聞かない。
「いや、まだいないね。そっちの技術は確立できていないから」
「え?そうなんですか?」
なんか意外。先輩たちも普通に男に戻っているから、簡単に思えるんだけど。
「うん。いいかい、富嶽君。人間の体は、母親の胎内で生まれた段階では皆メスだ。それが母親の胎内でオスに分化する。だから一から女を男にするっていうのは、それを再現することになり、今の技術じゃ難しいんだ。逆に男から女の場合の方は、人間の体を母親の胎内で分化する前に戻す。有り体に言うと基本形に戻すことだから、女から男よりは比較的楽なんだ」
「でも、先輩たちは普通に女から男に戻ってますよね?」
「アレは機械に、女になる時の肉体の変換情報を読み込ませているから、可能なんだ。現状の僕たちの技術じゃ、変換情報なしの元々女性だった人間を男にするのは無理だよ。まあ、今後研究進めれば可能になるかもしれないけど、それにしてもあと10年は掛かるね」
「へえ」
そう言うことだったんだ。
「でも、いいんですか?そんな秘密ベラベラ喋って」
性転換装置に関しては色々と謎が多いし、店長やマーさんはその秘密に気を遣っている。それなのに、今日に限ってここまで話してしまっていいのだろうか?
「大丈夫大丈夫。君が信頼できる人間だって言うのはわかってるし、この旅館周辺に盗聴器の類が仕掛けられていないのも確認済み。それからやつらもいないのは確認済みだし」
なんか一気に話の内容が物騒になってる!
「・・・やつらとは?」
「う~ん・・・詳しくはいえないけど、KとかCとかMとかつく、黒服のイメージがある人たちと言えばいいかな」
「ああ、わかりました。それ以上聞かないことにしますし、聞かなかったことにしておきます」
「それが賢明だよ」
ナニソレコワイ。
前々からなんかありそうだとは思ってたけど、この研究てそんな危ない内容なんだ・・・まあ、確かに男を女に変える技術。それも人格まで変えれるとなれば、使い方間違えると恐ろしいことにしかならないよな。
と、僕がちょっとばかり戦慄して震えた直後。
「お待たせ~」
「終わったよ~」
「待たせて悪かったね」
着替えを終えた3人が女将さんと一緒に出てきた。そして、3人の姿を見た途端に、震えは一瞬で収まり、顔がカーッと熱くなるのを感じた。
それほどまでに、3人は美しかった。
「どうかな?忠一君」
「とても素敵です!正美先輩」
「えへへ。ありがとう」
素直に嬉しそうに笑う先輩。でも、本当にお世辞でも何でもなく美しいんだって!
白色の生地に、桃色の花が描き込まれた浴衣。とてもよく似合ってる。頭に付けた髪飾りや、足もとの下駄もいいアクセントになっていて、普段のメイド服や以前見た私服の可愛さとは違う魅力に溢れてる。
「こらこら忠一君!私も忘れてもらっては困るよ!」
「司先輩もとてもよくお似合いですよ。髪型も。女将さんに結ってもらったんですか?」
「うん!イヒヒヒ!」
と笑みを浮かべて、ぎこちなくグルッと体を1回転させる司先輩。司先輩の方は、桃色の生地に藍色の花が散りばめられたデザイン。髪を後ろで団子状に結って、簪を指している。
う~ん。にしても、本当に司先輩はナイスバディだよな。体を一回転させた瞬間、浴衣の下でもあそこが盛大に揺れてるな~
なんて煩悩炸裂させていたら。
「忠一君!」
「イタタタ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
正美先輩はしっかりと僕の煩悩に気づいたようで。耳をつねられました。
「お~い。そろそろ行くよ」
おっと、地獄に仏とはこのこと。店長が割って入ってきた。
ちなみに店長はと言えば、濃い青色に紅色の花が散りばめられた着物で、髪型や髪飾りをつけているのは先輩たちと同じだ。
ついでに3人とも化粧していて、ただでさえ美人さんたちなのに、余計に映えている。
着付けだけじゃなくて、髪型とか化粧もしていれば、準備に時間を喰うわけだよ。
「それじゃあ女将さん。行ってきますね!」
「行ってらっしゃいね。夕食は遅めにしておくから、楽しんでらっしゃいね!」
ニコニコ笑う女将さんの見送りを受けて、僕たちは歩き出したわけなんだけど。
「あの、正美先輩に司先輩?」
「「なに?」」
「何故に僕と手を繋ぐのですか?」
歩き出した途端、先輩たちに左右から挟まれた。でもって、右手を正美先輩に、左手を司先輩にとられた。男だったとは信じられないくらい、小さくて滑々の手の感触が・・・いや、気持ちいいんだけどね。
「恥ずかしいからやめてください」
「「やだ!」」
何故にそんな意固地に!?
「「手を繋いで貰わないと転びそうだから!!」」
「だったら下駄なんか履かなきゃいいでしょ!」
実は浴衣を着た3人、履物も貸してもらった下駄を履いている。だけど、履きなれていないせいか、歩き方がぎこちない。
「司先輩なんて、さっき体回転させたじゃないですか!?」
「嬉しくてついやっただけよ!」
「ええ・・・」
なんか、胡散臭いな。
「それとも、あっちみたいにする?」
「え?」
正美先輩が言った方向には、店長とマーさんがいた・・・腕を組んで。
え!?何?店長も!!
と言うか、マーさんも嫌がってる様子ないし!逆に、何か普通にラブラブカップルにしか見えないし!
「だったら!」
「ふぁ!?」
「あ!なら私も!」
「ぎょぎょ!」
自分でも信じられないくらい、変な声が口から飛び出た。だって、2人が一斉に腕組んできたんだもん!
いや、腕を組むのはいいよ!・・・本当は良くないけど!!絵面的に!!これどうみても、僕が美女2人引っ掛けてるみたいじゃん!
いや、それよりも両腕に触れる柔らかな感触が!!先輩たちワザとやってるでしょ!!悪ふざけにも程があるわ!
「はい、ストーップ!!わかりました!手をしっかり繋ぎますから!腕組みはやめて!!あと当ててこないでください!」
ラノベとかじゃ嬉しくて仕方がないシチュなんだろうけど、実際自分で体験すると死ぬほど恥ずかしい!こんな状況で公衆の面前に行けるか!!
結局さすがにここまで言ったからか、ようやく先輩たちは手を繋ぐだけにしてくれた・・・それでも、お祭をしている神社に入る時は死ぬほど恥ずかしかったし、周囲の視線が痛かったけどね!
「まったく、あの2人ももっと強く押せばいいのに。男なんて意外と簡単に陥落するっていうのに」
「そうは言っても、あの2人はまだそこまでは吹っ切れないだろ」
「フフフ。そうね・・・にしても、3人とも若いわね~」
「本当。青春してるな」
僕たちを見てそんな会話をしていたと、数年後僕たちは店長とマーさんから聞かされることになる。
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