表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/39

夏休み ➃

 セットしたタイマーでクーラーは夜中には止まるようになっていた。そのせいで、蒸し暑さの中での目覚めとなった。着ていた寝間着も下着も汗でぐっしょりと濡れている。


 枕元に置いた携帯を見ると、アラームが鳴るよりも30分も早く起きていた。でも夏だから既に夜は明けて窓から眩しい太陽の光が差し込んでいる。


 普段なら二度寝するところだけど、この暑さと汗の不快感と眩しさでそんな気分にならない。外では蝉が、短い生涯を無駄にしないとばかりに、朝っぱらから元気よく鳴いているから余計だ。


 とりあえず、窓を開けて外の空気を入れるけど、潮の香混じりの風は早朝だって言うのに、もう熱気を含んでいる。地球温暖化よ、本当に恨むぞ。


 こんなことなら昨日の天気予報を、もっとよく見ておくべきだった。そうすれば一晩中クーラーを回していたのに。


 まあ、今さらそんなこと言っても仕方がない。とりあえず、シャワーでも浴びて汗を流そう。女将さんはいつでも使って良いと言っていたことだし。


 窓を閉めてクーラーをオンにする。こうすれば戻ってきた時には涼しくなってるだろうし。


 僕はタオルと着替えを持って浴場に向かった。他の人に迷惑を掛けないように、音を立てないように気を付けながら歩く。


 欲情に近づくと、水の流れる音、どうやらシャワーの音が聞こえてきた。


「?・・・誰かもう入ってる?」


 僕は不思議に思いながら脱衣場の扉を開けた。中には9つの木の棚と、着替えを置いておく籠があるけど、その内の一つに先客の着替えが入っていた。


「マーさんかな?」


 現在この宿に泊まっている男は僕とマーさんしかいない。


 服を脱いでタオルを持って浴室内に入ると。


「あ、やっぱり。おはようございます。マーさん」


「うん!?富嶽君。どうしたんだい?こんな朝早くから・・・まさか!」


「まさか、て何ですか?暑苦しくて汗ぐっしょりになったから来ただけですよ」


 入っていたのは案の定マーさんだった。にしても、まさかって何だよ。


「ああ、そう。ならいいけど」


「マーさんこそ。朝風呂ですか?」


「うん?ああ、ちょっと研究資料を読み込んでたら徹夜しちゃってさ」


「ええ!?大丈夫ですか?」


 一晩中起きてたのかよ。スゲエエ。


「ああ、大丈夫大丈夫。研究室じゃ徹夜なんて珍しくないから。この後朝食まで仮眠して、栄養ドリンク飲めば何とかなるさ」


 それ絶対早死にしない?と言いたいところだけど、多分言っても無駄だから言わない。


「はあ。過労で倒れるようなことだけはないようにしてくださいよ」


「わかってるよ」


 本当にわかってるのか、心配になってくる。


「それじゃあ、また朝食の時にね」


 と言って出ていくマーさんだけど、あんな風にだけはなりたくないなと思わずにはいられなかった。


 マーさんに遅れること数分、体と頭を洗い終えた僕も浴室を出た。シャワーを浴びたのもあるけど、脱衣場のクーラーも切られていて暑い。せっかく流した汗がまた吹き出しそう。


 僕は手早く体と頭を拭いて、自分の部屋に戻る。思った通り、クーラーを掛けておいたおかげで涼しくなっていた。


「さてと、朝食までもうひと眠りするかな」


 携帯のアラームをセットして置くと、僕は布団に寝転がって二度寝した。



「・・・ん!・・・忠一君!」


 呼ばれる声と、体を揺さぶられる感触に、僕の意識は眠りから現実に引き戻される。


「ううん・・・」


 目を開けると、そこには見慣れた美女の顔・・・え!?


「ええ!?何で先輩が!?」


 そこには僕の顔を覗き込む正美先輩の姿が!どうして僕の部屋にいるの!?


「朝食の時間になっても起きてこないし、携帯鳴らしても反応がないから、女将さんにスペアキーを借りて入ったのよ。もう、全然起きないから心配したじゃない」


「え!?・・・アッチャー。寝過ごしたか」


 アラームは鳴ったみたいだけど、無意識のうちに止めたみたい。それで寝坊した。


 いや、寝坊の方はいい。致命的な時間の経過はしてないから。それよりも、先輩に迷惑を掛けてしまった方が申し訳ない。


「すいません、先輩」


「もう・・・どこか体調悪いの?」


「!?」


 先輩が自分のおでこを僕のおでこに!?


「う~ん。熱はないみたいね・・・これから出るかもしれないけど」


「先輩わかっててやってるでしょ!」


「うん!」


 うわ~。素敵な笑顔で言ってくれるわ。


「なんか朝からドッと疲れが・・・」


「アハハハ!ごめんごめん。それよりも、早く食堂に行くわよ」


「へ~い」


 先に部屋を出ていく先輩に続いて、僕も部屋を出る。と、扉を閉める瞬間に気づいた。


(今先輩と二人きりで・・・)


 いかんいかん。


 僕は煩悩を全力で振り払い、食堂へと向かった。




「お先にいただいてるわよ~」


 食堂に行くと、既に皆は食事を始めていた。僕も急いで席につく。


「いただきます!」


 食卓に並んでいるのは御飯に味噌汁に焼き魚、目玉焼きに納豆に漬物・・・ザ・日本の朝食だね。


「さ、ささ。若い人はドンドン食べてくださいね」


 女将さんがそう言いながら、御飯を大盛りでよそってくれた。


「ありがとうございます」


「いえいえ。今日もお仕事でしょ。体力付けなきゃね」


「あ~。重ねてありがとうございます」


 正直朝からこの暑さだと、今日も1日思いやられるな。


「あと6日だよ」


 店長はそう言うけど、その6日がなんだか限りなく遠くに感じる。


「その6日が限りなく遠く感じます・・・店長こそ大丈夫ですか?脱水症状にはならないでくださいよ」


 でもよく考えれば、厨房で火を扱う店長の方が熱い筈なのに。平然としているなんて、スゴイよな。


「うん、気を付けるよ」


 あ、でも目を擦ってるし。やっぱりお疲れ気味だな・・・で、何でマーさんは店長を見てニヤニヤしてるんだろう?


「ところで、皆さん最後の日の夜はどうなさいます?」


 僕たちの会話を横で聞いていた女将さんが、唐突にそんなことを聞いてきた。


「最後の日の夜ですか?普通にこちらで夕食をいただいて、後は寝て翌日の午前中に帰りの電車にのるだけですけど」


 店長が答える。


「だったら、その日はこの街の夏祭りがあるんで、出てかれたらどうです?」


「夏祭りですか?」


「ええ。よければ、人数分の浴衣も用意しますよ」


「「浴衣!」」


 先輩たちが声を上げた。うん、コンマ1秒単位で揃っているな。そんなに浴衣と言う単語に惹かれたのか?いや、確かに今の先輩たちが浴衣着れば似合うこと間違いないけどさ。


「いや、そこまでしていただかなくても」


「いいんですよ。嫁に行った娘たちのお古ですから。箪笥の肥やしにしておくよりも、店長さんたちに着てもらった方が、着物も喜ぶでしょう。それに、店長さんもそちらの娘さんたちも美人ですから、きっと似合いますよ」


「そんな、美人だなんて・・・」


 あら、店長が柄にもなく顔を赤らめてるね。まあ、普段は厨房にいて面と向かってその美貌を褒められることも少ないからな。


 ただ、その5秒後にニタニタと笑いながら「馬子にも衣装」と言ったマーさんのお腹に肘打ちを喰らわして、悶絶させているけどね。


「いいんじゃないですか?せっかくの御厚意ですよ。それに、最後の日くらい何か楽しい思い出を作った方が、店長だって楽しいでしょ」


「そ、そうだね。じゃあ、女将さん。よろしくお願いします」


 にしても、店長や先輩たちの浴衣姿か。想像するだけでも絵になるな・・・ただそれを見る前にあと6日間頑張って働かないとね。




 と言うわけで、先輩たちの浴衣姿のことは一端頭の隅に置いておいて。その後6日間、僕は炎天下の海の家での仕事をがんばった。頭がクラ~と着た時もあったけど、なんとか水分補給と休憩を適度にとることで乗り切った。


 ちなみに、その間も海の家の外では、エミリーさんやマリーさんたちが相変わらず面倒くさそうな男どもを引っかけていたけど、何か日を追うごとにマリーさんのお仲間の女性が増えている気が・・・まさかね。


 そんな感じで5日間は乗り切ったけど、6日目がまさかの事態になった。


「暇~」


 お客さんのいない客席で、司先輩が完全にだらけ切っている。


「そりゃ、この大雨じゃね」


 時刻はちょうどお昼過ぎ。しかし、海の家の外は真っ暗で雷をともなった土砂降りと来ている。


 朝から雲も多いし、昼前にはにわか雨とか言っていたけど、まさかこんなスゴイことになるとはね。


 おかげで海は閉鎖。もちろん海岸には人影なんかないし、もちろん店内にも僕たち店員以外誰もいない。


 店長も厨房で暇を持て余して、さっきから自分で焼いた焼きそばやお好み焼きを、お昼代わりにパクついてるし。先輩たちもかき氷にシロップ掛け放題やってるし。


 ちなみに僕はコーラを飲みながらカレーライス、唐揚げとフランクフルトのトッピング付き。


 本来は売り物だけど、売れ残っても仕方がないのでこうやって食べてるわけだ。


「これじゃあ、売れ残りが大量に出ちゃうな・・・よし!マーのやつ呼び寄せて手伝わせよう!」


 と言って、スマフォを取り出す店長。


 え!?この雨の中、目と鼻の先とは言え呼び出すのか!?


「この土砂降りの中呼ぶんですか!?」


「いいっていいって。それ位にしか役に立たないし」


 マーさん、お気の毒に。


 しかし、この雨じゃ夏祭りも中止かな?


 僕は恨めしい気持ちで、真っ暗な空を見上げた。


御意見・御感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ