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夏休み ➂

「ありがとうございました~!」


 店員のおばちゃんの声と笑顔を背に受けて、僕たちは買ったばかりのソフトクリームを手にして、コンビニの外にでた。


「夜だけどまだまだ暑いわね」


「でもその分アイスがおいしいけど」


「確かに」


 買ったばかりのソフトクリームを頬張りながら、僕たちは来た道を戻る。


 海に近い田舎町のせいか、人も車もほとんど通らない。聞こえてくるのは波の音と、夜も鳴きとおすセミの声、そして僕たち3人の足音とお喋りする声だけだ。


 何だか不思議な気分になる。夜の道を歩くのなんて、珍しくもなんともないことなのに、普段歩いたことのない道を歩くだけで、こうも違うものだろうか。


 それとも。


「忠一君、それおいしい?」


 正美先輩が僕のソフトクリームをマジマジ見ながら聞いて来る。ちなみに僕のはチョコで、先輩のは普通のバニラ。司先輩はチョコとバニラのミックスを食べている。


「はい?ええ、僕チョコが大好きなんで」


「そう言われると、私も食べたくなっちゃうな」


「あら~後輩にたかる気?」


「そんなこと一言も言ってないでしょ!」


 やれやれ。司先輩も余計な挑発をして。そして正美先輩もそれをすぐ買うし。この2人、本当に懲りない人たちだよな。


「2人とも、そんなこと言い合ってる間に、アイス融けちゃいますよ」


「「うぐ・・・」」


 さすがに溶けては叶わないとばかりに、2人とも無言になって急いで食べ進める。昼よりは大分涼しくなったとはいえ、まだまだ暑い。油断すればすぐ融ける。


 だから僕は、あっという間にコーンの部分まで食べ終えちゃったけど。2人も男の時はかなりの早い食いかつ大食いだったけど、女の体になったせいかどちらも控えめになっている。


 2人が食べ終える頃には、旅館はもう目前だった。


 そして右手には、昼間働いた砂浜が闇の中に溶け込んでいる。漆黒の闇の中に、月明かりと星明りに照らされて白波が立ち、沖合を見れば船の灯が幻想的に浮かび上がっている。


 昼間とは全く違う顔を覗かせるその光景に、思わず引き込まれそうになる。だから自然とこんなセリフが口から出た。


「先輩、せっかくだからちょっと海の方行きません?」


 こっちとしては、すぐ近くに2人がいたから、何の気なしに声を掛けただけ。


「海?別に行ってもいいけど」


「へえ、忠一君たら中々ロマンチックな提案するじゃない。いいわよ」


 先輩たちの方も、特に反対はしなかった。


 僕たちは砂浜へと脚を踏み入れた。昼間たくさんの観光客で賑わっていた砂浜も、今は夜の闇の中だ。


「スゴ~イ。昼間と全然違う」


「とても同じ場所とは思えないわ。昼間はあんなに騒がしかったのに、今は波の音だけ」


 司先輩と正美先輩は、砂浜に足を踏み入れるとキャッキャと声を上げる。だけど、僕の感慨は2人のようにはしゃぐ気持ちとは違う。


 夜という闇に包まれた時間のせいか、それとも普段とは違う非日常にいるせいなのか、よくわからないけど、心が2人とは違う意味で昂ぶる。


 見上げれば、満天とは言わないまでも普段見るよりもはっきりと、たくさんの星が見える。遠くの方に月も出ている。本当に幻想的な光景だ。いつまで見ていても飽きない、いや見ている自分が星空に吸い込まれるような・・・


 と、いけないいけない。こういうロマンチックな光景は、女の子にも教えないと。


「先輩、星と月が綺麗ですよ」


 すると、2人ともキョトンとした。あれ?何か変なこと言ったか?


「ほら、上を見てください」


「え?・・・ああ・・・うわ~」


「確かに、とってもキレイ」


 本来の2人は、星にときめくようなキャラではないけど、やっぱり今はしっかり女の子なんだな。


「・・・キャアア!?」


 バシャーン!


「「司(先輩)!?」」


 いきなりの悲鳴と、水音に僕と正美先輩は驚いてしまった。慌てて駆け寄ると、そこには転んで全身波に洗われている司先輩の姿があった。どうやら、星空を見ている間に波打ち際まで行っちゃったようだ。


「もう、ビックリするじゃない。大丈夫?ケガしてない」


「うん・・・でも、服がビチョビチョよ」


 そりゃ転んで波に飲まれているんだから、司先輩が濡れネズミなのは想像に難くない。


「先に帰って着替えてきなさいよ」


「ええ~」


 何でそこで嫌な声出すの?


「そんな濡れネズミじゃいやでしょ。大丈夫よ・・・」


 そこから先は、正美先輩が小声で喋ったせいかよく聞き取れなかった。


「わかったわよ・・・約束守りなさいよ・・・じゃあ忠一君、私先に戻るから。くれぐれも、気をつけてね」


「はあ・・・」


 去り際にそんなことを言う司先輩。一体何に気を付けろと?


 そんなことをボーっと考えていると。


「ね、忠一君」


「わ!?なんですか、いきなり」


 いきなり正美先輩が僕の手を掴んできた。いきなり、それも小さくて柔らかい女性の手に掴まれたから、思わず声が出る。


「立ったままだと司みたいになっちゃうかもしれないから、座らない?」


「ああ・・・そうですね。それにそっちの方が首も痛くならなさそうですし」


 僕たちは波打ち際から少し下がって、並んで座り込んだ。


「本当綺麗~」


「ですね」


 見上げれば、普段は見られないような美しい星空がある。聞こえてくるのは波の音だけ。しかも座ったおかげで、余計に集中していられる・・・筈なんだけど。


「あの~、先輩」


「何?」


「何で手を繋いだままで?」


 さっきから正美先輩が手を放そうとしない。いや、確かにこの感触が続くのは嬉しいけど、やっぱり何だか恥ずかしい。 


「私と手を繋ぐのは嫌?」


「いや、嫌ではないですけど。何かまるでカップルみたいで、恥ずかしいから」


「私は別にカップルでもいいんだけど~」


「ふぁ!?」


 僕は思わずそれまで上を向いたままだった顔を、正美先輩に向けちゃった。それくらい驚いた。


 え!?マジですか。た、確かに今の先輩は心まで女の子になっているけど、本当はガチな体育会系男子のはず!


 それに百歩譲って、例え心まで女になって男を好きになったとしよう。そうであったとしても、この美人さんが僕みたいなオタクな男子を好きになるなんて、あり得ない!


「先輩、そういう心臓に悪い冗談はやめてください」


 ホッとしながら、僕は再び星空に視線を戻した。


「あ、バレた。ごめんごめん・・・でも、男として可愛い女の子と手を繋ぐのは嫌じゃないでしょ?」


「もちろんですよ。正美先輩みたいな美人さんと手を繋ぐなんて、多分後にも先にも僕の人生でありえないことですよ」


 僕は自分がモテるなんてこと考えたこともないし、女の子と付き合いたいとも思わない。前はそう思ったこともあったけど、今はもう諦めている。


「美人さんね・・・ねえ、仮にもし私が本当の女の子だったら、忠一君は付き合いたいと思う?」


 その質問に、僕は少し考え込んだ。


「付き合いたいとは思うかもしれませんけど、付き合ってる光景を思い浮かべることはできませんね」


「どうして?」


「正美先輩が本当に生まれつきの女の子だったら、先輩が僕に目を掛けるなんてこと絶対にありえませんし、逆に僕も憧れは抱いても告白して付き合うなんて絶対に無理です」


 今の正美先輩は、普通に女の子としてレベル高い。そんな彼女とこうして親しく出来ているのは、あくまで男の時の付き合いの延長で、僕が偶然先輩たちの秘密を知ることになったからに過ぎない。


 もし先輩たちが生まれつきの女の子だったら、絶対に僕と接点なんか生まれない。だから付き合う以前に、そもそも友人になれるかさえ怪しい。


「だから付き合うなんて無理ですよ」


「・・・そっかそっか」


 と答える先輩。普通に返答したように聞こえた。聞こえた筈なのに、何故か僕は思わず先輩を見てしまった。


「せんぱ・・・」


 首を曲げて先輩の横顔を見た瞬間の光景、多分僕はその光景を一生忘れられないと思う。


 月明かりと星明りに照らされた先輩の横顔が見えた。ただでさえ、美形になっている先輩の顔。その顔が、空に向けて上向いてる。だけど、その空を見る目はどこか儚げで、そして月明かりと星明りの淡い明るさが、その儚さを余計に飾り立てているような。


 哀しそうな顔・・・哀しそうな顔なのに、僕はその美しさに見とれてしまった。


「どうかした?」


 すぐに先輩が振り返って僕の方を見てきたので、それも一瞬で終わったけど。


「あ、いえ。何でもないです」


「そう・・・さてと、それじゃあ私たちもそろそろ帰ろうか。あまり長居すると、司たちが余計な心配をしかねないから」


「そうですね」


 僕たちは手を繋いだまま立ち上がった。


「さてと、忠一君。エスコートよろしくね」


「はいはい」


 そうイタズラっぽく口にする先輩の目に、先ほどの儚さはもうなかった。


 あれは一体何だったんだろう?でもそれ以上は考えられなかった。何故なら。


「ああ!?」


 旅館に帰った途端、浴衣に着替えた司先輩が目ざとく僕たちを見つけて。


「ちょっと正美!約束と違うじゃない!」


「違ってないって!手を繋いだだけだから!」


 また言い争いを始めちゃったからね。僕は2人の間に入って、とりなしをする羽目になった。



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