夏休み ➁
「こんばんは~」
食堂に行くと、まだ誰もいなかった。
「どうぞ、出来ているのでお座りください」
奥の厨房から女将さんの声が聞こえてきた。机の上には人数分の料理が並んで、お箸や裏返しの御茶碗が並んでいる。如何にもな、旅館の食事だ。
そんなことを考えていると。
「あら、早いじゃない」
「あ、先輩・・・」
声が聞こえて振り返ると、正美先輩が立っていた。爽やかな白のサマードレスに身を包んでいて、露出した肩や・・・胸の谷間がメチャクチャ色っぽい。
「?どうかした?」
「あ、いや。お似合いですね」
「フフフ。ありがとう。でも、どこに視線がいってるのかな~?」
あ、はい。バレてますよね。先輩も本当は男だし。ていうか、その意地悪な笑み。絶対わかっててやってるでしょ!?
「忠一君も年頃の男の子だからね~そう言うところに視線言っても仕方がないよね~お姉さん、許してあげる」
あれ~?先輩こんなキャラじゃなかったはずだけど・・・というか、距離縮めないで!余計に目のやり場が困るでしょうが!
「忠一く~ん!」
と僕の思考は突如として聞こえた司先輩の声と、腕に触れた初体験の柔らかな感触によって強制中断となった。
「「な!?」」
僕と正美先輩が同時に声を上げた。ただし、僕が困惑で正美先輩は仰天だったけど。
「ねえねえ、どう?この格好。自分では中々イケてると思うんだけど!」
「え!?あ!」
振り向くと、僕の右腕に絡みついている司先輩の姿が・・・て!
「せ、先輩!当たってますって!」
「ウフフフ。当ててるんだよ~」
なんだろう、男としてスッゴク嬉しい筈のシチュなのに。腕に柔らかな感触が伝わって来るのに・・・めちゃくちゃ心の中がざわつくのですが。
それは司先輩の小生意気な笑みもあるんだろうけど、それ以上に背中に伝わってくる暗黒の波動も原因だと思う。振り返ってみたら絶対ダメな奴だこれ。多分そこにはダークなオーラに包まれた嫉妬の鬼がいると思う。
「つ・か・さ~やめてあげなよ。忠一君困ってるじゃない」
静かに冷静に、それでもって怒気が籠った言葉を口にする正美先輩。顔は見れないけど、多分般若だよ!淡々と言うから余計にすご味増してるし!
「いいじゃない!カワイイ後輩へのサービスだよ~正美もやってあげればいいじゃない~私には及ばないだろうけど」
そこのTS娘、火に油を注ぐんやない!それから正美先輩もそんなに怒らなくても。別に貧乳でもないのに。と言うか、2人とも本当は男なんだから、マジで女の嫉妬のぶつけ合いをしないでください!
字面にすると「お前何言ってるの?」だけど、これ現実なんです!お願い!信じて!
「はいはい3人とも、スキンシップは結構だけどここは公の場だよ」
唐突に場の空気が冷却される。店長のお出ましだ。
「つ・か・さ・ちゃん。女の武器を使いたい気持ちはわかるけど、そういう行為は感心できないな~」
「は~い・・・ちぇ」
この人今舌打ちしたよ!
「正美ちゃんも暗黒オーラを吹き出さない」
「・・・わかりました」
不承不承と言った具合に正美先輩も答える。
「そして忠一君~」
「はい?」
何?
「もう少し君は、乙女心と言うものを考えようね」
「いや、2人とも中身男じゃないですか」
「それはそうなんだけど。今の私たちは精神まで女の子になってるのを忘れないでね」
まあ、それはそうかもしれないけど・・・にしても「私たち」か・・・店長の場合はもう「女の子」と言うイメージじゃ・・・
「私が女の子を自称するのが、そんなにおかしなことかな?」
「おかしなことだろ。少なくとも女の子なんて年齢じゃ・・・アダダダ!」
「あら~。何をほざいてるのかしら、あなたは!」
おう、後ろからやってきたマーさんが呆れながら口走ったと思ったら、盛大にシメられた。
「あらあら、皆さん仲のいいことで」
いや、女将さん。そんな笑顔でノホホンと言うことではないと思いますが。喧嘩するほど仲がいいなんて諺はありますけど、これは明らかにそれとは違います。
けど、女将さんが来てくれたのは僥倖だな。
「ほら、店長もマーさんも。食事の準備出来てるんですから。座って食事にしましょうよ」
「・・・ふん」
「いて」
店長がマーさんから腕を話した。
「ほら、先輩たちも」
「「はいはい」」
色々グダグダがあったけど、とにかく全員席に着くことができた。
「「「「「いただきます!」」」」」
小さな民宿だけど、さすがに人を泊めるのが商売だけあるね。刺身に揚げ物、煮物が人数分出てきた。海に近いだけあって味もいい。
「ほい挙母(すっかり忘れていたけど店長の名字だ)1日お疲れさま」
「ありがとう・・・あ~、おいしい!」
店長がマーさんから瓶ビールを注いでもらって、一気飲みしている。お店では絶対に見られない貴重な光景だな。
「はい、忠一君」
「ありがとうございます」
正美先輩が僕にジュースの瓶を渡してくれた。未成年の僕らは当然お酒は飲めないからね。蓋を開けてコップに注ぎ、口を付けようとしたら。
「今日1日お疲れさま」
「・・・あ、お疲れさまです」
先輩がコップを差し出してきたので、僕も慌てて差し出した。カチンとお互いのコップが小気味良い音を立てる。
「あ、2人だけでなんてズルいじゃない」
「はいはい、お疲れさま」
「司先輩もお疲れさまです」
司先輩とも乾杯。
「はい、2人ともお疲れさま・・・はあ、労働の後の一杯は格別ね」
乾杯するなり、司先輩はジュースを一気飲みした。ただその行動とセリフに。
「何親爺臭いこと言ってるのよ」
また正美先輩が余計な挑発めいたことを言う。
「うるさい!事実を口にしただけじゃない」
せっかくの食事中にまでそんな場面持ち込まないで欲しいよ、まったく。ただ司先輩のセリフには同情することしきりだけど。
とにかく、ここは手早く仲裁するに限る。
「まあまあ2人とも。確かに、普段よりは骨の折れる仕事には違いありませんからね」
普段の喫茶藍での仕事もそれなりにハードとは言え、冷房のある店内での仕事だ。冷房無しの海の家での仕事に比べれば、格段に環境はいい。
「これを一週間か・・・今更だけど甘く見過ぎてた」
「本当。クーラーのある店のありがたさが、しみじみ身に染みるわ」
そんな僕たちの会話に、店長が苦言を呈する。
「あら~。3人とももう根を上げるのかしら?若いのに情けないわよ」
「そういうわけじゃないですけど、普段よりも過酷なのは間違いないでしょ?」
「確かにね~冷房ありとなしとじゃ雲泥の差。まあせいぜいがんばってデータを・・・痛て!」
「それは私たちへの当てつけかしら?」
不用意なことを口走ったマーさんが、またもシメられている。
ただ今回はマーさんがどう考えても悪い。
確かにマーさんは今回僕たちと一緒に来てはいるけど、僕たちが海の家で働いている昼の間、マーさんはと言えばクーラーが点いたこの旅館の部屋でひたすら書類仕事しているだけで、ほとんど外に出ない。実際僕も含めた海の家組は、大なり小なり日焼けしているのに、この人だけ全く日焼けしていない。
「別に当てつけじゃねえよ。書類仕事だって立派な仕事なんだからな!」
「それはわかっているけど、もう少し気遣いなさいよ」
「はいはい、お嬢様。もう一杯いかがですか?」
「いただくわ」
とマーさんがビールを店長のコップに注ぐ。下手に出たマーさんに、店長はちょっとばかり気をよくしたらしい。
その後は終始和やかなムードだった。
この2人、何だかんだ言っていいコンビだよな。と思うのは僕だけか?
そんなこんなで、食事も終わりに近づくころ。
「ねえ、この後ちょっとコンビニに行ってアイスでも買わない?」
「いいわね」
と、2人がチラッとこっちを見る。明らかに「「私たちに付き合いなさい」」と言ってるね。
「デザート食べたじゃないですか?」
僕が食べ終えたスイカの皮が載った皿をチラッと見るが。
「それはそうだけど」
「もう少し欲しいかなって」
甘いものが足りないらしい。
「出歩けば汗も掻きますよ」
夜になったとはいえ、現代日本の夏真っ盛りの時期だ。夜になってもまだまだ外は暑い。わざわざ外にでて行かなくてもいいのに。アイスは無理だけど、ジュースなら館内でも買えるんだからと思ってしまう。
しかし、2人とも引き下がる気はないらしい。
「そんなの、帰ってまたお風呂に入ればいいだけじゃない」
「そうそう。服も洗濯すればいいし」
ダメだこりゃ。
「はあ~。わかりました。お付き合いしますよ。店長にマーさん。そういうわけで出かけてきます」
「いってらっしゃ~い」
「田舎とは言え気を付けてな」
いったん先輩たちと分かれて、自分の部屋へと戻る。そして財布とスマフォを持ちだして、今度は玄関へ。
「お待たせ」
「じゃあ、行こうか」
同じように身支度を済ませた先輩たちも降りてきた。
「はい、行きましょう」
玄関から出ると、すっかり陽は落ちていた。田舎だけあって車の音もほとんど聞こえない。でも真夏の夜のねっとりとした空気と、遠くから聞こえる波の音と潮の香りが僕たちを出迎える。
事前にもらった地図に拠れば、最寄りのコンビニまでは約500m。
本当にささやかな、先輩たちとのお出かけの始まりだ。
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