夏休み ①
季節はさらに巡って8月半ば。つまりはお盆。僕のアルバイト先の喫茶藍もお盆前後の丸々10日間がお盆休みになった。店長の話では、単なるお盆休みでなくて、この間に店内の設備のメンテナンスも一括してやってしまうらしい。
で、その間僕を含む店員もお盆休み・・・なんてことはなくて、6月に店長から切り出された実験に絶賛巻き込まれ中なのである。
それは性転換装置のデータ集めという名の、1週間にわたる海の家での仕事は。と言っても、やることは基本喫茶藍と変わらない。僕の場合は厨房に立って、店長のお手伝いだ。喫茶藍で3カ月働いている間に覚えた(覚えさせられた?)幾つかの軽食の調理をする以外に、春からほとんど変化なしだ。
ただ店長は「仕事速くなったね」と褒めてくれたけど、当事者としてはあまり実感ない。
そして海の家での仕事は予想以上にきつかった。だって、ただでさえ今年も猛暑だって言うのに、調理場、どころか客用スペースにすら冷房ないんだもん!そりゃ砂浜に建ってる店だから仕方がないかもしれないけど、正直予想以上だ。タオルと、ドリンクの入ったボトルが手放せない。
扇風機はあるけど、熱風を掻きまわしてるだけだ。
それでも幸いな点が二つある。一つは営業時間が喫茶藍より短いこと。砂浜でお客さんたちが遊んでいる時間だけだから、当然と言えば当然だけど。この環境で喫茶藍と同じ営業時間だったら、確実に死んでるよ。
で、二つ目はと言えば。
「いらっしゃいませ~!」
「こちらの空いてるお席にどうぞ!」
先輩たちがキャミソールにホットパンツ、腰にエプロンを巻いて接客している。2人とも平均以上の容姿だから、普通に似合ってるし可愛い。
現に開店したその日から、美人ウェイトレスとして人気を博している。
ちなみに、こんな美女がいるんだから冷やかしのナンパ野郎とかが来て、トラブルの一つでもありそうだと心配したけど、幸いなことに今のところそんな事態は起きていない。
何故なら。明らかにそう言う輩が寄ってくると。
「ねえねえお兄さんたち~」
「良かったら私たちと遊ばない~」
扇情的な水着姿のエミリーさんやマリーさん、さらには数名の見知らぬ女性たち(ちなみに僕の目から見て普通に美人だ)が交代で待ち構えて声を掛け、引っ掛けていた。そして店には入れず、どこかへと連れ出している。
一体アレは何なんだと、最初店長に聞こうとしたけど。
「ノーコメントよ」
と冷たい微笑みで返されたので、もう聞かないことにした。ちなみに、引っ掛けられた男たちの姿を、少なくとも僕は二度と見なかった。彼らの末路を想像するに、きっとロクでもないことになっているんだろうな。
で、話を戻すけど。クソ暑い海の家での仕事で幸いな点その2だけど、それは別に先輩たちが接客している姿ではない。
な、なんだって!!!!
と思ったそこの人。いや、確かにキャミ+ホットパンツだってエ・・・ゲフンゲフン。可愛いですよ。でもね、やっぱり男として海に来たのなら期待するのはアレでしょアレ。
それは閉店後の後片付けと、掃除が終わった後にやってくる。
「それじゃあ、今日はここまで。お疲れさま」
「「「お疲れさまです!」」
これで仕事は終わり。店仕舞いした海の家は、店長が鍵を掛けて締める。
仕事が終わったなら、さっさと宿泊している場所に帰るというのが、世間一般の考えだろう。ちなみに僕たちが泊っているのは、海岸に近い民宿で、そこをお店をやる1週間貸切にしている。
でも待って欲しい。確かに店は閉店したし、陽も陰ってきているけど、まだ遊べない程の暗さではない。
と、なれば。
「じゃあ、泳ごっか!」
「忠一君、私たちの着替え見ないでね~」
「見たら絞めるから~」
「見ませんよ!」
海岸に備えられた更衣室はとっくに施錠されて使用できなくなっている。だけどそこは店長もわかっていて、お店の裏に板を何枚か立てて壁にして、簡易更衣室にしていた。
もっとも、本当にベニヤ板の柔な壁だ。隙間が出来ないように、しっかりと打ち付けられてはいるから見えることはないけど、声はだだ漏れなわけで。
「店長意外と胸大きいですね~」
という正美先輩の声とか。
「2人だっていいサイズじゃないか。富嶽君も大喜びだろうな」
という店長の笑い声とか。
「ちょっと正美に店長、多分彼に聞こえてますよ」
「いいじゃないか、減るものじゃないし。それに私たちはどうせ男なんだから。むしろ、どんどん聞かせてやれ」
いや店長、中身が男だとわかっていてもさすがに限度ありますって。
「だから、やめてください。どちらにしろ嫌がらせですよ」
と上司に言えるわけもなく、僕はとっとと着替えて先に海岸に向かうのが恒例行事だ。
「「お待たせ~」」
「御苦労様~」
数分遅れて、先輩たちがやってきた。ちなみに店長が御苦労さまというのは、この間に浮き輪なんかを膨らますのが、僕の仕事になっているからだ。
「はい、どうぞ。お嬢様方」
僕はまず店長に浮き輪を渡す。
「ありがとう。褒めて遣わすぞ」
と偉そうに言う店長だけど、着ている黒のビキニとあいまって、何と言うかスゴイ女王様なオーラを発している。
店長は普段厨房用のコック服を着ているから、あんまり体型に関しては意識していなかったけど、水着になると普通にスタイルいいです。ちゃんと出ているところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいます。ただ年齢のせいか、先輩たちと違って可愛いではなくて、妖艶と言った方が似合ってるけど。
なのに海に来てから愛用している浮き輪が、キャラクターデザインのカワイイやつで、そのギャップも半端ないけどね。
ま、いいけど。
「で、先輩たちはこっちですね」
「ありがとう」
「やっぱり持つべきものはべ・・・じゃなくて頼りになる後輩よね」
今便利な後輩と言おうとしましたよね?司先輩。僕は体のいいパシリですか?
ま、確かに現状の絵面はパシリ感満載ですけどね。
「もう司たら。ありがとね、忠一君」
正美先輩、ありがとうございます。その一言と微笑み、めっちゃくちゃ癒されます。
「さあ、日の入りまで時間も短いし。遊ぼ遊ぼ」
と、まあこんな感じで日没までの短い時間、海水浴を楽しむ。美女3人の水着を眺めながらだから、悪い話じゃない。
で、遊び終えると着替えて・・・じゃなくて、着替えが入った袋を回収して、そのまま水着姿で直接宿へ向かう。
濡れたままで大丈夫?と思ったそこのあなた!大丈夫なんだな~これが。だって僕たちが泊っている民宿は、道路1本を挟んだ海岸の反対側だから。つまり、海岸まで徒歩1分。もちろん海の家に行くのも徒歩1分。最高のロケーションてわけ。
「「「「ただいま~」」」」
と挨拶もそこそこに、僕たちは風呂場へ直行。海水まみれの水着を脱いで、浴室に入ってシャワーを浴びて潮や砂を洗い落とす。
あ、もちろん男女別ですよ。だから僕は寂しく一人でシャワーですよ。
で、シャワーを浴び終えて脱衣所に戻って体を拭いてると。
「お疲れさま~」
「あ、マーさん。お疲れさまです」
店長と一緒に性転換装置の開発をしているマーさんこと藤岡さんがやってきた。
今回彼も一緒に付いて来て、性転換装置による性転換のデータ集めをしている。ただ本人は民宿で1日中書類を作ったり、資料を見ている必要があるとかで、一歩も外に出てこないけど。
なので、夏の海辺に来ているというのに、肌が異常なほど白い。
まあ、それはいいとしてここからは仕事に関する話だ。
「今日の3人の様子だけど、何か変なところなかった?」
「僕が見た限りじゃ、3人とも異常ありませんでしたよ」
「ふむふむ。3人とも異常なしと」
ノートに書きつけている。何でわざわざ僕にこんなこと聞いて来るかと言うと、マーさん曰く「本人に聞いても気づかないことや、言いたくなくて隠すこととかあるから」だそう。
「女性の体への拒否反応とか、女性用の水着を着ての拒否反応とかもなかった?」
「ええ。それどころか、普通に女性にしか思えないくらいに馴染んでましたよ」
「ん~。ありがとう。また何かあったら言ってよ」
「了解です」
研究熱心なのはいいけど、ちょっとくらい外に出ればいいのに。
まあ、いいか。
で、お風呂から出て水着を洗濯機に放り込んで、一旦自室に戻る。ちなみに僕の部屋はマーさんと同室。男は僕とマーさんだけで、残る部屋は女性(と言っていいか定かではないけど)陣に割り振っている。
ここで汗だくの下着を変えて、動きやすいシャツと短パンに着替える。浴衣じゃないのは、まだ外に出る可能性があるから。
夕食まであと少しだけ時間があるので、スマフォをいじりながらゴロンとする。いきつけのサイトを巡回して、それから書きかけのネット小説を書いたりしていると、あっと言う間に時間が過ぎる。
部屋に備え付けの電話がなった。
「はい、201号室」
「夕飯できましたよ」
電話の向こうから、女将さんの声が聞こえてきた。
「わかりました。今行きます」
スマフォを閉じて、1階の食堂へと向かった。
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