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嵐が過ぎ去る時

「それでは、お世話になりました」


「泊めていただきありがとうございました」


「いいのよ。こっちはちょうど部屋が空いていたところだし。なんなら、また泊まりに来てちょうだい」


 性転換装置の修理が完了し、男に戻れるという店長からの連絡を受けた僕たちは、家に戻って先輩たちの荷物を回収し、そのまま店へ向かうことにした。


 だから、一度僕たちは家に戻って来たんだけど、当然先輩たちは母さんに泊めてもらったお礼の言葉を口にして、頭を下げている。


「それじゃあ先輩、行きますか」


「うん」


「行こう行こう」


「お2人とも、今後とも息子のことよろしくお願いしますね」


 母さんは上機嫌に手を振って2人を送り出したけど、2人の正体を知ったらどんな顔するんだろう?


 まあ、それはともかくとして僕も先輩たちと一緒に、喫茶藍へと向かう。性転換装置が復旧したとはいえ、明日から営業再開をするから、そのために事前の打ち合わせをしたいので、僕も一緒に来いと言うことだ。


 まあ、本来なら昨日と今日も営業日の筈だったから、色々予定は狂っている。店長も大変だろうな、届くはずの食材やお手拭きなんかの納品もあった筈だから。


 そんなことを考えつつ、「買った服どうする?」「とりあえずお店のロッカーにでもしまっておこうか」という先輩たちの女子トークを聞き流しながら、いつもどおりに最寄駅から電車に乗り、お店のある大曽野駅へ向かい、そこから歩く。


「あれ?この時間に歩いてるなんて珍しいね?」


 お店に着く直前、商店街の自治会長をしている魚屋さんと顔を合わせた。お店に魚を納めてもらうこともあるし、店長から回覧板の回覧や町内会費を収めるのを頼まれてこちらから出向くこともあるから、僕たちとも顔見知りの仲だ。


 ただ自治会長さんと顔を合わせるのは、お店が開店中の店内か、出退勤の時間だけ。こんな時間に会ったことはない。だから向こうも物珍しかったんだろう。


 いや、むしろその物珍し気な視線は先輩たちに向けられている。


「そう言えば、正美ちゃんと司ちゃんの私服姿見るのなんて初めてだね」


「え」


「まあ」


 そりゃあ、2人とも普段は店の中だけで女の子になっているんだから、当然と言えば当然だ。


「会長さんは、うちの店が休業中なの知ってます?」


「ああ。何でも落雷で電気設備がやられたんだってね。モーニング食べに行ったのに、お店休んで工事が入ってるからびっくりしたよ」


「その工事が終わったから、明日からの仕事の打ち合わせをするってことで、呼び出されまして」


「それは御苦労様。それはそうと、正美ちゃんたちはまだ高校生だったよね?」


「はい」


「そうですけど」


「それは残念。実はうちの下の息子が今嫁さん募集中なんだけどね。2人ともいい娘だから、是非とも嫁さん候補としてお見合いして欲しいんだけどね」


「「え!?」」


「でもさすがに高校生じゃ無理だわな。ハハハ!」


 と会長さん笑ってるけど、当の2人はめっちゃ複雑な顔をしてる。流石に男と結婚と言うのは受け入れがたいだろうけど、いい娘と言われて悪くは思ってないんだろうな。


「じゃあ、店長さんにもよろしく伝えておいてな」


「はい、失礼します・・・先輩たち、いつまで固まってるんですか!」


「あ・・・ごめん」


「その、いきなりお見合いなんて単語が出たから」


「2人は男なんだから、男性とお見合いできるわけないでしょ。何言ってるんですか?」


 まあ、今は完全に女性だけどね。


「でも、いい娘なんて言われちゃったし」


「悪い気分じゃないよね」


 ・・・もう何も言うまい。


 そんなこんなでお店に到着。階段を上がって、機械故障により臨時休業中と張り紙がされた扉を開ける。客室はお客さんもおらず、真っ暗だ。


 僕たちはその脇を通り抜けて、奥の性転換装置が設置された部屋へと向かう。


「店長、来ましたよ」


「おう、待ってたよ」


 と顔を出すと、男の姿の店長と、もう一人眼鏡を掛けて白衣を着た、如何にも学者と言う顔をした男性がいた。


「店長、その人は?」


「こいつは藤岡。この性転換装置の開発メンバーの一人で、修理に協力してもらってたんだ」


「藤岡的矢だ。こいつからはマーて呼ばれてるから、まあ好きに呼んでくれ」


 と自己紹介するマーさんだけど、見るからに疲れてる。


「あの、随分お疲れみたいですけど」


「そりゃ徹夜で修理作業すれば疲れるって」


 と言うなり、大あくびをするマーさん。なるほど、そりゃ疲れるわけだ。


「ごめんなさい」


「私たちのせいで急がせちゃって」


「いいよいいよ。こっちもいいデータの収集の機会になったし」


「そうそう。さ、2人も男に戻るならさっさと戻った戻った」


「「は~い」」


 正美先輩と司先輩は元に戻るため装置へ。で、僕たちは一旦厨房の休憩スペースへと移動する。


「今回は富嶽君には迷惑掛けたね。何か飲む?」


「あ、コーヒーでお願いします」


「マーは?」


「同じく。ただブラックで、思いっきり濃くしてね」


「あいよ」


 店長が湯沸かし器でお湯を沸かして、カップとコーヒーを用意する。ちなみに休憩スペースで飲めるのは、お店で出す豆から挽いた方じゃなくて、普通のインスタントコーヒー。さすがにそこまで贅沢はできないよね。


「あの2人、2日間何もなかった?」


 店長が僕の前にカップを置きながら、先輩たちの様子を尋ねてきた。


「はい。特に見る限り異常はなかったみたいですよ」


「なら良かった。今回の様な事態は初めてだったから」


「まさか停電で故障するとはね。今後の改良の課題だな・・・あ~、美味い」


 見るからにめちゃくちゃ濃そうなコーヒーなのに、それを平然と、しかも心底美味しそうに飲むマーさん。本当に疲れ切ってるんだな・・・あれ?


「ちょっと聞いてもいいですか店長?」


「うん?何?」


「店長は修理作業してなかったんですか?」


「全くしてないってことはないよ。ただ俺は喫茶藍の店長としての仕事もあるから、掛かりきりってわけじゃなかったけど」


「じゃあ、マーさんだけ徹夜して修理ですか?」


「いや、俺も徹夜でやったって」


「その割には、店長は疲れてなさそうですけど」


 すると、店長とマーさんの表情が険しくなった。


 あれ~。もしかして、僕地雷踏んだ?


「あの、もしかして何かマズイこと聞きました?」


「まあ、マズイと言うか・・・言っても大丈夫か?」


「装置のこと知ってるんだし。良いんじゃない?」


 2人がヒソヒソと、僕に言っていいのか話し合ってる。そして話し合いを終えると、店長が口を開いた。


「君の言う通りだよ。実は私も性転換装置の試運転がてら男に戻るまで、疲労困憊だった」


「じゃあ、店長が疲れてないのは装置で性転換したからなんですか?」


「そう言うことになるね」


「へえ、あの装置そんな機能まであるんですか?」


「いや、厳密にいうと今まではそんなことなかったんだ」


 うん?


「あの性転換装置では女になるにしろ、男になるにしろ、肉体に大きな負担を掛けるんだ。だから性転換する際には、脳に特殊な電波を送って快感を覚えるようにして、苦痛をやわらげる機能がついているんだ。言わば、麻酔代わりに催眠を掛けているようなものだね」


 なるほどなるほど。


「で、これまでも変身終了後も倦怠感や疲労感が残らない程度にはなっていたんだね」


 だよね。先輩たち性転換終えても普通に立ってたし・・・あれ、でも。


「確か性転換しても、普通に先輩たち疲れたとか言ってましたよ」


 そう。確かに性転換した分の負担で足腰立たなくなるみたいなことはなかったけど、普通にその日働いた分の疲れは感じていたはず。


 すると、店長からマーさんが言葉を引き継いだ。


「実は今回、修理に併せて幾つか改修もしたんだよ」


「改修ですか?」


「そう。主なものとしては、作動中に停電が起きてもいいように、緊急用のバッテリーの搭載とか、負荷が掛かってもいいように緊急用のバイパス回路を付け加えるとか、主に安全性能の底上げだったんだけど、ついでに研究室で進めていた、プログラムのアップデートもしたんだ」


「アップデート?・・・あ、なんとなく読めました。そのアップデートの結果、疲労回復にも効果が出たとか?」


「理解が早くて助かるよ。そう、より肉体への負担を軽減するためのプログラムだったんだけどね。何故かわからないけど、肉体の疲労回復にも効果を発揮して」


「なるほど・・・でも、それが何かマズいんですか?」


「マズいことはないよ。むしろ画期的。応用次第では、スゴイ発明ができるよ。例えば某スペース・オペラに出てくるアレだって実現できるかもね」


「ああ、あの短時間入っただけで普通に寝るのと同じくらい効果があるやつですね」


「そうそう」


「でもそんな発明が世に出てみなよ。大騒ぎになるだろ?」


 あ、なるほどね。外に漏れたら大変てことか。でも、それを言ったら。


「性転換装置だけでも、充分大騒ぎになると思いますけどね」


 マーさんの言葉に、思わず突っ込む。まあ、それはともかくとして、確かにスゴイ発明だ。だからこそ、慎重にならなきゃいけないんだろうな。


「とにかく、わかりました。このことは黙っておきます・・・先輩たちにも」


「助かるよ」


「お願いするわ」


 と会話がキリのいいところまで行ったところで、先輩たちがやってきた。


「ふう」


「元に戻れた」


 もちろん、男の姿だ。


 ただ、先輩たちには申し訳ないけど、ちょっと勿体ないなと思ってしまった。


「なんだチュウ。俺たちが女のままの方が良かったって顔してるな?」


「キノセイデスヨ、センパイ」


 精一杯自分落ち着かせながら言ったけど、なんだか棒読みになってた気がする。


 ただ幸いなことに、先輩たちはあまり深く突っ込んでこなかった。


「ところで店長。なんか男に戻った途端、妙にすっきりした気分なんですけど?」


 その代わり鹿屋先輩が、さっきの話題に案の定触れてきた。


「そうそう。疲れが取れたと言うか」


 岩川先輩も実感したみたい。


 それに対して店長とマーさんは。


「「キノセイダヨ」」


 あの、店長にマーさん。めっちゃ棒読みなんですけど。


「ふうん」


「まあ、そんなもんかな」


 て、先輩たちもあんまり深く考えてないね。


「とにかく、2人とも無事に戻れたなら座った座った。明日からの店の予定について伝えるから」


 そう言って店長は強引に話題を変えた。


 ま、それが賢明だね。


 結局そのまま、明日以降のシフトとかに関する話になって、先輩たちは終ぞさっきの話題に踏み込むことはなかった。




 


 


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