嵐(いろいろな意味で) ⑤
「ねえねえ、忠一君~」
土曜日の朝食時、司先輩が猫撫声でこっちを見てきた。
「何ですか?」
自分が男であることを忘れたのか、それとも今の女としての立場を目一杯楽しもうという魂胆なのか、いずれにしろ昨日の夜から司先輩(正美先輩もか?)の、わざとらしく女らしさを強調する動きが目立って来た。
いや、精神はあの性転換装置で女になっている筈なんだから、これが女の「司」としての素なのかな?
お店で顔を合わせる時間は、厨房とフロアにわかれているせいか、長いようで短いし。休憩時間を入れても、こうも近い距離に長時間一緒にいるのは初めてだし。
ま、それはともかくとして、わざわざそんなことを聞いてくると言うことは、何かを要求してくるに違いない。
あ、ちなみに言っておくけど朝起きた時に枕もとまで来て起こしてくれる、幼馴染イチャラブ展開を期待した人には申し訳ないけど、僕は普通に目覚ましで起きました。
むしろ司先輩と正美先輩の方が、中々起きてこなかったし。特に正美先輩は。起きてからもしばらく、何かうつらうつらしてたし。女になると朝に弱い体質になるのかな?
「せっかく休みだし、店長からもらったお小遣いもあるし。どこか遊びにいかない?」
「少なくとも午前中は却下です」
僕はにべもなく断る。
「ええ!?即答!」
「学校の課題がまだ残ってるんですよ。それを仕上げる前に、出かけるなんてできませんよ。先輩たちこそ、課題やらんでいいんですか?」
すると、2人ともギクッと明らかに肩を震わせた。確か昨日お店から勉強道具とかは持ちだしているのを見たから、家でも出来るはずだけど。
「アハハハ・・・そうね、課題はやらなきゃダメよね」
「憂鬱だわ」
言葉通り、めっちゃ憂鬱そうな顔をしてるな。
ま、2人とも学校の成績は、あんまりよろしい方じゃないからな。赤まではいかないけど、赤ギリギリなんてことは、これまでも何度かあったし。
「課題が終わったら出かけてもいいですよ」
この点だけは、約束しておいた。
「はい、終わりと」
朝食終わって部屋に戻って30分もしないうちに、僕の方の課題は完了。まあ、昨日の夜の内に大部分は終わらせていたから、当然と言えば当然だけど。
「さて・・・先輩たちはどうかな?・・・差し入れでも持っていくか」
僕は台所で人数分のコーヒーを入れて、お盆を持って先輩たちの部屋に向かう。
「先輩、飲み物持ってきましたよ~」
シーン・・・
あれ?返事がない。
「先輩たち、大丈夫ですか?」
シ~ン・・・
やっぱり返事なし。
う~ん、女の子だけの部屋にいきなり入るのはマナー違反だけど、何かあると困るし。僕はソッと扉を開けて、中を覗いた。
そして、何が起きているか確認し、溜息を吐きながら抜き足差し足で部屋の中に入り、コーヒーをこぼさないように、お盆をゆっくり部屋の片隅に置いた。
2人の方に向いて、準備完了。息を大きく吸い込み。
「こるらあああああ!!」
「「ひええええ!?」」
机に突っ伏して居眠りしていた2人が、飛び上がるほどの大声で叫んだ・・・と言うより本当に飛び上がったし。
「まったく、何やっとるんですか!あんたら!まだ1時間も経ってないのに、2人そろって居眠りだなんて!」
「だ、だって・・・眠くなったんだから仕方がないでしょ」
「教科書とか問題集とか、ほとんど睡眠魔法書いた魔術書だし」
呆れた言い訳をする正美先輩に司先輩。2人が勉強不得意なのは知っていたけど、まさか女子になってもちゃんと引き継ぐなんてね。特に司先輩なんか、外見だけ見るとどちらかというと秀才系キャラなのに、現実コレかい!
「はあ~・・・とにかく、コーヒー持って来たんで、これで眠気覚ましにでもしてください」
「お!気が利くね」
「持つべきものは、頼りになる後輩だね・・・あ、砂糖タップリお願いね」
「それくらい、自分で入れてください」
僕はわざとらしく、砂糖入れを先輩の前にドンと置く。
「ケチ~」
「文句言ってる暇があったら、手を動かしなさい」
ちなみに僕は基本ミルクだけ入れる派。先輩たちは、男の時は基本的にブラックで飲んでいたけど。
チラッと見ると、正美先輩はクリープも砂糖も入れている。そして司先輩は、クリープに加えて砂糖をドパドパ入れている。
「2人とも、クリープも砂糖も存分に入れるんですね」
「アハハハ・・・男の時みたいにブラックはとても飲めなくて」
「やっぱり女になると味覚も変わるのかな?」
実にお約束の展開だけど、実際それでおいしそうに飲んでるんだから、そうなんだろうな。
「お2人の場合はそうみたいですね・・・勉強に関しては全く変わらないのに」
僕は皮肉を込めて言う。これで勉強が少しでも出来るようになれば、万々歳なんだけどね。
「だからさあ、忠一君。哀れな先輩たちに御慈悲を~課題手伝って~」
情けないな、もう。
「1年後輩に頼まんでください。それに、流石に習ってないところまで教えるのは無理ですって」
「でも地理と歴史ならなんとかなるでしょ?」
まあ、そのあたりは趣味とも被るからな。自慢じゃないけど、地理だけは学年1番取ったことあるし。
「まあ、ちょっとくらいだったら、ならんことはないですけど」
「だったらさ、お願いお願い」
司先輩、グイグイ攻めてくるね。まあ、手元の真っ白なノート見れば、危機感も当然と言えば当然か。
「わかりました。でもダメなところはダメですから。そこは自分で何とかしてくださいね」
「やった!ありがとう!恩に着るよ~」
「はいはい。じゃあ、課題見せてくださいね」
結局こうなるか。我ながら先輩たちに甘いな。
そして初めから十数分。
「ねえねえ、ここなんだけどさ~」
「先輩、近いです」
擦り寄って来る司先輩。正直困る。色々な意味で。
「なんで~せっかく美女が近づいてるんだから、ありがたく思いなよ~」
背が低くなってるせいで、先輩が僕を見上げる形になる。正直破壊力抜群だ。
「そう思うなら、男の煩悩を刺激するのはやめてください」
頭の中では目の前の小柄の巨乳少女が、ガチムキ男だってわかってるのに。でも上目遣いもそうだけど、ブラウスの上からでも凶悪な存在感を放つ胸は嫌でも視線内に入るし、体を密着させれば柔らかな感触が伝わって来るし、それに化粧してるのかな?甘い匂いも香ってきて、正直めちゃくちゃ男の煩悩を悪い方向で刺激してくる。
「フフフ。やっぱり反応するんだ~この痴れ者が~・・・あ、痛い!?」
さらに密着しようとした司先輩が飛び跳ねた。
「いい加減にしなさいよ。忠一君困ってるじゃない」
司先輩が悲鳴を上げて、僕の体から離れる。そして、僕は司先輩の後ろに素敵な笑みを浮かべている正美先輩の姿を見た。その手には、丸めた教科書が握られている。
一瞬「先輩、教科書は大事に使わないといけませんよ」と場違いなことを考えてしまった。
「もう、何よ。可愛い後輩とのちょっとしたスキンシップじゃない。自分の体が貧相で、同じように出来ないからって、僻んでるのかしら?」
「・・・」
無言なのが逆に怖い!そして司先輩、なんか慇懃な態度に拍車が掛かってる!
もしかして、胸と言う圧倒的な戦力差を手に入れた分、増長しているのかな?男の時は2人の体格とか実力とか互角で、どっちも譲らなかったからな。
明らかに勝てる部分が出来たってことは、やっぱりそれだけ優越感が生まれちゃうもんなのかね。
「忠一君、よけいなことは考えちゃダメよ~」
ガッデム!また心の中を読まれた!そして正美先輩、その恐怖の笑みはやめてください。
「とにかく、司はベタベタし過ぎ!」
と言って、何故か僕の隣に、司先輩との間に割って入るように座る正美先輩。
「と言うわけで、以後近づくの禁止」
そして僕に擦り寄って来る正美先輩・・・勘弁して欲しい。いや、女の子に腕を絡められて嬉しくないなんてことはないけど、これはもう次の展開が明らか過ぎる。
案の定、今度は司先輩の表情が険しくなった。
「何それ!?自分が忠一君とベタベタしたいだけじゃん!人のこと言えないじゃん!ちょっと、どきなさいよ!」
「反論は受付ませ~ん」
「こ、こいつ~」
うわ~ 何この低レベルな喧嘩・・・でもこれは長引きそうだ。なので、ここは逃げるに限る。ちょうど全員カップの中身が空になったことだしね。
「お2人ともコーヒーはもう飲み終えましたね。じゃあ、僕はカップを台所に戻してくるんで、ちょっとお2人で待っていてください」
お2人でのところを強調して、僕は立ち上がり、手早くお盆にカップやミルクを載せていく。
「「あ!こら!!逃げるな!!」」
逃げるなと言われて逃げないバカはいないのですよ、先輩がた。
2人に捕捉される前に、立ち上がって全力脱出!
たく、女になっても喧嘩するのは本当に変わらないんだから。
こりゃほとぼりが冷めるまで、ちょっと2人の部屋に戻らない方が良さそうだな。
僕は台所に戻ると、ちょうど母さんもいなかったので、カップやスプーンを水洗いして時間を潰すことにした。
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