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嵐(いろいろな意味で) ③

「ただいま~」


 扉の開く音と、母さんの声が聞こえてきた。買い物を終えて帰ってきたらしい。


 ちょうど課題も終わりかけだったのと、先輩たちがどんな出で立ちになったか気になったので、見に行くことにした。


「お帰りなさい」


「ただいま」


 と母さんが返してきたけど、それよりも僕は先輩たちの姿に釘付けになっていた。


「た、ただいま」


「に、似合ってるかな?」


「は、はい」


 我ながら、可愛い女の子(中身は男だけど)にもう少し気の利いたことを言えないのかなと呆れてしまうような第一声だったけど、それくらい2人は可愛かった。


 正美先輩は白のシフォンの飾りがついたワンピースの上に、藍色のジャケットを着ている。普段のメイド服と同じ取り合わせだけど、配置としては逆転しているので、印象がガラッと変わっている。しかもメイド服よりも体型が良く出ていて、小柄な体に反比例するボリュームの胸と、それとは対照的にすっきりした細い胴が、言っちゃ悪いけど目に毒だよ。


 しかも髪飾りまで着けてるし。


 一方司先輩の方はと言えば、落ち着いたデザインの紺色のブラウスに、クリーム色のフワッとしたデザインのロングスカートだ。もちろん、正美先輩を越えるボリュームの胸は、その落ち着いた服ですら存在感を放っているけど、でも眼鏡を掛けているのと合わせて知的な雰囲気が、いつにも増して強くなっている。


 頭に付けたカチューシャも良く似合ってる。


「もう、忠一。もっとマシな言葉ないの?」


「いいんですよ、お母さん」


「褒めてもらえれば、それで充分です」


 先輩たちも僕にそうしたところは、期待はしていないのか、苦笑しながらも僕を擁護してくれた。嬉しい反面、ちょっと残念。


 こう言う場合は、話題を変えるに限る。


「にしても、随分買い込んだね?」


 3人の周りには、多分服が入ってるだろうビニール袋が何個も転がっている。もちろん、その中身はしっかりと膨らんでいる。


「あたりまえよ、女の子なんだから。服にズボラな忠一とは違うの」


「はいはい」


 ちなみに僕の場合、基本的に格好いい服とは趣味の鉄道やミリタリー関係の制服のことで、コスプレ趣味的にそうした服を集めたい願望があるだけで、普段着は正直着れれば何でもいいというスタンスだ。


「おう、母さん帰ったか・・・お!その娘たちが連絡のあった忠一のアルバイト先の同僚の人か」


 声を聞きつけたのか父さんもやってきた。


「「お世話になります」」


「狭くて大したおもてなしもできんけど、まあゆっくりしていってくださいな」


 と先輩たちと社交儀礼を交わした父さんが、チョイチョイとこっちにくるように、僕にジェスチャーする。


「じゃあ、私は夕飯作るから。4人ともちょっと待っててね」


「母さん、手伝わなくて大丈夫?」


 既に時刻は8時を回っていた。この時間から普段の倍の人数の夕飯を作るのだから、何か手伝わないと申し訳ない。


「あら、手伝ってくれるの?」


「今日はバイトも早上がりだったし、学校の課題もほとんど終わったから」


「そう、じゃあ手伝ってもらおうかしら」


 ついでに言うと、喫茶藍でのアルバイトである程度経験も積んでるし。


 最初の1週間くらいは本当にカッティングマシンでカットした野菜の盛り付けとか、片付けばっかりだったけど、その後は店長から少しずつフライのパン粉付けやら、カッティングマシンでは切れない具材のカットとか、色々な料理関係の仕事も習い始めたし。


 店長のありがたいところは、仕事を本当に少しずつ教えてくれているところ。おかげでこっちも急がず焦らず仕事を覚えていけてるし。


「あ、だったら私も手伝いましょうか?」


「私も」


 僕に触発されたのか、2人も手伝いを志願してくれるけど。


「お客さんに手伝わせるわけには、いかないわね」


「そうですよ。お2人も色々あって疲れてるでしょうから、部屋で休んでいてください」


 何せ先輩たちは、慣れない女体で2日間過ごすのだ。色々とストレスもあるだろうから、少しぐらいはゆっくりして行って欲しい。


「じゃ、じゃあ」


「お言葉に甘えて」


 先輩たちは恐縮しきりの顔で、自分たちの部屋へと入って行った。


「さ、忠一。ちゃっちゃとやるわよ」


「はいはい」


 こうして、僕は母さんの夕飯作りを手伝う。


「肉じゃがのつもりだったけど、時間もないし人数も多いから、カレーにするわよ。野菜切るの手伝って」


「はいはい」


 カレー自体は、喫茶藍で働きだす前から作っている料理だから、不安なく僕一人でも出来てしまう。


 人参、たまねぎ、じゃがいもを2人で手分けして洗って、皮を剥いてカットしていく。


 それが終わったら、今度はその野菜と豚の細切れ肉を炒める。炒め終えると、具材と水を鍋に入れて煮込む。


「よし。私はサラダを準備するから、食卓の準備してちょうだい」


「はいよ」


 食卓の上を拭いてから、人数分の食器に、コップ、取り皿を並べていく。その間に母さんは、予め買ってきておいたポテトサラダとレタスでサラダを作っていく。


 煮立った鍋にカレールーを入れて煮込むと、カレーの良い匂いが香ってきた。


「ねえ、今日の隠し味はどうする?」


「前回は何使ったの?」


「ヨーグルトとジャム」


「じゃあ、今日はコーヒー入れたら?」


「オッケー」


 うちのカレーは市販のルー(ちなみに中辛がスタンダード)を使ったオーソドックスなものだけど、テレビ番組の影響で、いつからか何かしら隠し味を入れるようにしている。ただその入れる隠し味は、その場の気分でいれるから、母さんお手製のヨーグルトだったり、何かしらのフルーツだったり、コーヒーだったりと一定しない。


「よし・・・じゃあ、忠一。皆を呼んで来て」


 あとは最後の煮込みだけ。母さんが僕に皆を呼んでくるように言いつける。もちろん、拒否する理由も気もない。


「わかった」


 まずは父さんの部屋に行く。扉をノックして。


「父さん、御飯」


「お~う・・・飲み物何かいるか?」


「じゃあ、ジュース用意しておいて・・・ああ、お客さんたちの分もね」


「うん」


 夕飯の時の飲み物を用意するのは、父さんの係だ。


 父さんの呼び出しを終えると、次は先輩たちだ。先輩たちが泊っている部屋へと行く。父さんの部屋も僕の部屋も洋室だけど先輩たちが泊っている客間は和室で、襖になっている。


 だからノックするわけにはいかないので、少し声を大きくして呼びかけようとした・・・ら。


「ちょ・・・やっぱり恥ずかしいよ」


「あら、似合ってるじゃない。きっと富嶽君も喜ぶわ」


「何でここで、あの子の名前出すのよ!」


 うん?恥ずかしそうな正美先輩の声に、囃し立てるような司先輩の声・・・何をやってるんだ?


「あの、先輩方!」


「え!?富嶽君!?」


 そんなビックリしなくてもいいのに。


「はい。夕飯の準備ができましたよ」


「そ、そう。じゃあ、直ぐに着替えるから」


 着替える?一体何に着替えるって言うんだ?


 そんな疑問を浮かべて、首を傾げると。


「富嶽君、ちょっと入って来て見てみなさいよ」


 という司先輩の声。


「げ!?ちょっと、何勝手なこと!?」


「いいじゃない、どうせ夏には見せるかもしれないし」


「いや、まだ見せるって決まったわけじゃ!」


 何の話をしているんだ?一体。


「あの、先輩たち大丈夫ですか?入りますよ」


「入って入って」


「たんま!まだ、心の準備が!」


 と、言われると開けづらいな。襖の持ち手に伸びた手を止め・・・たんだけど。


「はい、御開帳!」


 勝手に中から開きました。というより、司先輩が開けました。


 そして、目に飛び込んできたのは。


「あ・・・あ・・・」


 口をパクパクさせて、顔を真っ赤にして固まっている、水着姿の正美先輩の姿だった。


 うん、ピンク色のワンピースタイプの水着だけど、良く似合ってる。肩や腰周りのパレオも、いい感じにアクセントになってるし。ビキニに比べて露出は少ないけど、今の先輩の魅力を良く引き出してる」


「へえ、富嶽君も面と向かって正美のこと褒めるんだ」


 しまった!途中から口に出ていたか!?・・・いかん、こういう場合は正面突破だ!


「いえ、普通に良く似合って可愛いですから」


「似合って・・・可愛い・・・」


 うわ~。多分漫画なんかで、プシュ~て湯気の音を立てる場面だわ、これ。真っ赤になった先輩が、恥ずかしそうに俯いてるし。その姿も普通に可愛いし。


 ていうか、言ってみるとこっちも恥ずかしいな。いかん、今さら恥ずかしさが!


「ちょっと忠一、どうしたの?・・・あら、やっぱり良く似合ってるじゃない正美ちゃん」


 いいところで、母さんがやって来た。多分僕が遅いから呼びに来たな。


「あ、あの。これは」


「試着してるところを邪魔しちゃったみたいね。夕ご飯だから、ゆっくり着替えていらっしゃい・・・ほら忠一。正美さんの水着は堪能したでしょ。行くわよ」


「う、うん」


 母さんには感謝だな。この場を切り上げる口実が出来た。僕は母さんと一緒に、食堂に脱出した。


 それにしても・・・何で正美先輩は水着なんか買ったんだ?似合ってはいたけど、男に戻ったら着れないのに。


 


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