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嵐(いろいろな意味で) ①

 学校が始まり、平日の夕方と休日を中心としたシフトに入るようになった僕と先輩たち。特に後発の僕は、経験不足もあって最初かなりぎこちなかった。けど、お店が混雑して忙しなかったゴールデンウィークを過ぎるころには、自分で言うのも何だけど、なんとか様になってきた。


 ちなみに、僕も先輩たちもだけど、学校のない時間。すなわち、平日の夕方と休日全てにアルバイトを入れるのは流石に不可能(いくら何でも自由な時間がなくなる)なので、そこは店長や先輩たち、平日昼に入る2人とも調整して、交代で休みをもらった。


 もらった休みは、平日の夕方であれば勉強の時間に、休日は都合がつけば趣味の乗り鉄に費やした。アルバイト代が入って懐が温かくなったおかげで、今までになく贅沢な旅が出来るようになったのは素直にうれしかったし、アルバイトしていて本当に良かったと思った。

 

 でも、トラブルと言うのは得てして突然発生するもの。


 それが起きたのは、怒涛のゴールデンウィークも過ぎて、学校生活にもアルバイトにも慣れたと自覚できるようになった5月も中頃を過ぎた金曜日のことだった。


 この日も、学校終わりで出勤した僕は厨房に。性転換装置で正美さんと司さんの姿になった先輩たちは客席でウェイトレスの仕事と、いつもどおりのシフトに入っていた。


 ただし、この日それまでと違ったのは。


「富嶽君、悪いけど店の入り口を1回モップで拭いておいて。大分濡れてきたから」


「はい、店長」


 店長に言われて、僕はこの日3度目となるモップで店の入り口を拭く作業をした。


「全くヒドイ雨ですね、入り口がすぐにビチャビチャですよ」


 濡れたモップを排水口で絞りながら、店長にそう話しかける。


「予報だと、夜の内に上がるとは言ってるけど、本当かしら?」


 お店の厨房には窓がないため、外の様子を窺うことはできない。それでも、朝から降り続いてる雨が未だに止んでないのは、入り口の床を見るまでもなく明らかだった。何せ、激しい雨音がしっかりと聞こえてきているんだから。


 アルバイトを始めてから1カ月以上経過し、その間も雨の日は何度かあった。しかし、今日の雨はこれまでになく強烈だった。お店に出勤する時も、駅からほんの少し歩いただけなのに、大分濡れた。


 その大雨は、店長の言う通り全然止む気配がなかった。


 それどころか。凄まじい音とビルを震わせる振動が伝わってきた。


「うわ!雷まで鳴り出してる。こんな中帰るのはやだな」


 雨に加えて、まさかの雷である。しかも、その音が段々近づいてるように感じられた。


「店長、これ早仕舞いした方がよくないですか?」


「そうね。お客さんも少ないし、今日はいつもより早く切り上げようかしら」


 と店長が言った直後、これまでで最大の轟音と振動がお店の入ったビルを震わせた。そして。


「あ!?停電だ!」


 お店の中の電気が一瞬でパッと消えて、厨房も客席も真っ暗になった。


「ええと・・・懐中電灯と」


 僕は厨房の柱に付けられた非常灯を、手探りで苦労しながらなんとか手にした。


「富嶽君、大丈夫?」


「はい。大丈夫です。店長も大丈夫ですか?包丁で指切ったりしてませんか?」


 僕は店長の方を照らした。


「バカにしないでよ、そんなヘマしないわよ」


 灯に照らし出された店長は、ムスッとした表情でこっちを睨みつけてきた。いや、せっかくライト照らしたんだから・・・と言いたかったけど、相手は上司(かつヤバイ匂いのする人)なので、ここはグッと我慢して。


「それよりも、客席の様子が心配よ。ほら、早くこっちに来てちゃんと照らしなさい」


「了解です」


 そうだ。客席でもしものことがあったら大変だ。僕は店長の言う通りに足元を照らしながら、彼女と客席に向かう。


「お客様、店長です。おケガはありませんか?」


「ああ」


「大丈夫です」


 まずは店内のお客さんたちの安否確認。大雨で少な目とは言え、お客さんは何人かいたから、店長はお客さん一人一人の様子を見て回る。


 一方僕は先輩たちに声をかけた。


「先輩たちは大丈夫ですか?」


「大丈夫・・・じゃないわ!」


「え!?」


 正美さんの言葉に、一瞬焦る。


「どこかケガしたんですか!?」


「ケガはしてないけど。運んでいた飲み物零してビチョビチョよ」


 懐中電灯で照らすと、なるほど。先輩のエプロンの前掛けが派手に汚れていた。でも正美さんには悪いけど、ケガをしてないなら、とりあえず一安心。


「司先輩は?」


「こっちは大丈夫」


 司さんの方は被害なしで済んだようだ。そこへ、お客さんの安否確認を済ませた店長が加わる。


「お客様も全員無事よ。ただ、いつ復旧するかわからないから。今日は閉店するしかないわね」


「仕方がないですね」


 停電してから数分経つが、未だに復旧せずに店内は真っ暗だ。すぐに復旧するならいいけど、どうなるかわからない状況じゃ、営業の継続は無理だろうな。


「お客様、申し訳ありません。停電の復旧がいつになるのかわかりませんので、本日は閉店とさせていただきます。お代は結構ですので、これより店員が外まで誘導いたします・・・皆、悪いけどお客様を店の外まで送るわよ。富嶽君はそのまま懐中電灯で、正美と司はスマフォを使いなさい」


「「「はい!」」」


 こうして、急遽営業は取りやめになって、僕たちは店に残っていたお客さんを、店の外へと誘導することになった。


「足もとにお気をつけください」


 そして店の出口まで降りてきたところで、僕はようやく停電がこの地区一帯に起きていて、周囲も真っ暗なことに気が付いた。


「お客様、どうやら停電はかなり広い範囲で起きているようです。お気をつけてお帰りください」


「おう。兄ちゃんたちもな」


「店長やメイドさんたちによろしくな」


 お店を出ていくお客さんたち一人一人お辞儀をして見送る。皆さま気のいい人たちばかりで助かる。逆に言葉を掛けられると、逆にこっちが恐縮しちゃうよ。


 そう言えば、うちの店って今のところクレームとか冷やかしとか、そういうのないよな・・・あの店長のことだから、何か恐ろしいことやってたりして・・・


「て、バカなこと考えてないで、早くお店に戻らないと」


 いつまでも貴重な懐中電灯を持って突っ立ってるわけにはいかない。僕は急いで階段を駆け上がってお店へと戻った。


 途中で僕と同じようにお客さんを誘導する正美さんたちと合流、その人たちの誘導もフォローして、お客さん全員を送り出したところで、改めてお店へ戻る。


「皆御苦労様。急なことで申し訳なかったわね」


「いえ、これも仕事ですから。でも、今日は閉店ですか?」


「ええ、電気は復旧しないし」


「そうなると、片付けもできませんね」


 客席も厨房も停電で営業を中止した状態のままだ。早く片付けた方がいいんだろうけど、電気がなければまともに動けない。懐中電灯とスマフォのライトだけじゃさすがに不便過ぎる。


・・・あれ?待てよ。


「あの店長、質問良いですか?」


「何?」


「あの性転換装置の動力て、電気ですよね?」


 僕の言葉に、正美先輩と司先輩の顔色が青くなる。


「・・・そうね、電気ね」


 店長もその事実に思い至ったらしく、明らかに不自然な間を置いて、しかも視線を逸らしながら答えた。


 何と言うか、めちゃくちゃ顔に動揺が現れているんですけど・・・


「どうやって皆さん元に戻るんですか?」


「・・・まあ、1日元に戻らないくらい、どうってことない「「わけないでしょ!!」」


 正美先輩と司先輩が店長に詰め寄った。


「親には女になってること内緒にしてるんですよ!?」


「この姿じゃお家に帰れません!!」


 だろうな。性転換装置のことはトップシークレットだし。女の姿のままじゃ、2人とも家に帰れないよね。


「落ち着いて2人とも!電気が復旧すれば大丈夫だから!」


「復旧しなかったらどうするんですか!?」


「そうそう!」


「そ、そこは・・・神に祈るしか。と、とにかく少し待ちましょ。ね!」


 結局、しばらく電気が復旧するか様子見ということで決着した。


 とは言え、2人の顔がめちゃくちゃ暗く沈んでるんですけど。まあ、わからくはないけど。


 本来僕は先に帰っても良かったんだけど、そんな2人が気の毒過ぎて、というより雰囲気的にとても帰れるもではなかった。


 そして待つこと小1時間。店の中の電気が点いた。


「よ、良かった」


「これで元に戻れる」


 うん、2人とも絵に描いたような安堵の息を吐いてるね。


「さ、3人とも。電気も点いたし、後片付け手伝ってちょうだい」


「「「はい」」」


 とにかく、これでめでたしめでたし。ということで、僕たちは何ら憂いなくお店の片付けに邁進することになった。


 ただし、この1時間後それがぬか喜びだったと思い知らされることになったけど。


「さてと、それじゃあ元に戻りましょうか」


「うん。本当、冷や冷やした」


 店の仕事も終えて、2人が性転換装置で男に戻ろうとした。僕はいつもどおり、先に着替えて岩川先輩を待ってようかとした。


 ところが。


「あ、あのね2人とも」


 先輩たちの前に、店長がやって来た。しかも、明らかに顔色が悪い。


 あ、嫌な予感・・・


「ごめん!装置故障しちゃって」


「「・・・」」


「・・・」


「「・・・」」


「・・・」


 場を不気味な沈黙が支配した。で、1分後。


「「はああああ!?」」


 2人の悲鳴が店内に響き渡った。


 

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