3 異変と予兆
「ふふ」
リオンさんが楽しげに微笑みます。
「何か?」
「ああ、ううん。失礼」
冒険者となりここに通い詰めて三か月。
こう毎日顔を合わせていれば自然と言葉も砕け、見える表情も変わって来るもの。
「まさか、こんなに長い付き合いになるとはねえ」
感慨深げに呟きます。言葉の裏に、いろんな感情があるような気がします。
「冒険者の世界って、そんなにも殺伐しているのですか?」
「そうだね、決して簡単じゃあないよ。特に最初の三か月くらいは」
腕に覚えがあるなし関係なく。始まりの三か月は冒険者にとっての最初の難関です。
死傷率が最も高いことは周知の事実。
挫折し、心折れ、故郷に引きこもる者、神殿の養護院に入る者。経緯はどうあれ、二度と日の当たるところを歩けなくなってしまう冒険者はたくさんいます。
「ここで冒険者になって、嬉々として駆け出していく姿を見送るのが最初で最後になる……。そんな仕事にももうすっかり慣れてしまったけれど」
いつもの柔和な表情が陰ります。彼女が最初に見せた曖昧な表情の意味が、ようやく分かった気がしました。
「あの時ね、正直不安だったんだよ。あのままついて行ってしまったらどうしようって」
三か月前、剣士の少年に冒険へ誘われた時のことを思い返します。
「出稼ぎにきて冒険者になった新米さんって、お金欲しさに来ているからね。誰彼に誘われるままパーティーを組んで、経験もないのに見栄張って、怪物退治を請け負おうとするものだから。ほんと、困りものだよ」
「随分と浮かない口調ですね?」
何がそれほどリオンさんを悩ませるのかと言えば、それは例の剣士の少年が何も間違っていなかったから。
「彼らのパーティーは、ちゃんとスライム退治を果たして無事に帰ってきたのでしょう?」
「うん。幸いなことに今回はね」
「棘のある言い方ですね」
「や。そういうつもりはないんだけれど……」
リオンさんは、口が滑ったと困り顔で軽く両手を振ります。
ただ、発言を撤回するほど後ろめたく思っていないようです。
「時々というか、どうしても、ひと言もの申したくなってしまって。冒険者というのがどういう仕事なのか、本当に理解しているのかって」
深い吐息に混ぜて、やるせない想いを吐露し、ふっと表情を和らげます。
「だからかな。一介の受付嬢に過ぎない私の助言を聞いてくれた君は、とっても珍しいんだよ、アルルさん」
「てっきり疎ましく思われているかと。余計な仕事を増やしてしまって」
「うん、まあ、ねえ。なんでそんなことも知らないんだろうこの娘は、とか。よく仕事終わりに愚痴ってたり」
明るい笑顔でぶっちゃけます。
「けれど最近、君からの報告を聞くの楽しみになってきたんだよ。今日も無事に掃除終わりましたって。ふふ、当たり前な話なのに、変だね」
「はは……」
半笑いしか返せません。果たしてこれは褒められているのか、貶されているのか。
「手癖の悪い悪戯娘が成長し、こうして輝かしい功績を上げる。……うん、アドバイザーとして鼻が高いよ」
「本当に、ですか?」
半信半疑です。
重ねて言いますが、私のやってきた依頼はすべて、街の美化作業でしかなく。倒した怪物はスライムのみという有様。
今回の賞与は結局、掃除の依頼のみで食いつないできた奇特性によるおまけみたいなものでしょう。
「こんなんで私、本当に冒険者名乗っていて良いのかどうか」
「んー、さあ?」
受付嬢さんはくすり、と悪戯っぽく微笑みます。
「少なくとも私やこの街にとって、君は誰もやらない依頼をきちんと完遂してくれる、立派な冒険者だと思うよ?」
リオンさんはぺろりと親指を舐め、手元の書類を捲りながら、書き終えた報告書をまとめます。
余分な話が長くなりましたが、これで今回の掃除依頼は達成、と。少し早いですが、公衆浴場にでも行こうかと思案します。
「それで、どう? 何も変わりはないかな?」
「変わったこと? 街を歩くと鼻をつままれるようになりました」
「悲しい話は止しましょう、どうにもならないんで……」
「ですよねえ」
真面目に考えます。
要するに、冒険者生活を通して気付いたことや思ったことがないかの聞き取り調査です。これもギルド職員の仕事の一部で、定期的にこうした質問が来ます。
「そういえば、少し気になることが」
いつもは適当に済ませるものの、今回は頭の片隅に引っかかっていることがあります。
ついこの間、「おや?」と思い、今度聞いてみようと考えていて、結局忘れて先延ばしにしていた案件です。
「スライムの数が増えている?」
「あくまで主観ですけれど」
「ううん、とても大切なことだよ。聞かせて」
リオンさんの柔和な眼差しが、知的でクールなお仕事モードに切り替わります。
「ええと、ですね」
私は順を追って話し始めました。