まったく、ため息ものでした
「ああああああああああああああああああああああっ!」
「うわっ、何事?」
突然の大声に驚き振り向くと、ギルドの受付嬢があんぐりと大口を開き、私を凝視しているではありませんか。
とても良く見知った顔でした。
「ああ、リオンさん。お久しぶりです」
「久しぶりじゃないよ! 何で生きているの!」
「これまた、随分なご挨拶で……」
王都グランセルを出立してから、長い長い旅路の果て。比較的大きな街に辿り着いた私とリンネさん。
一度別れて、リンネさんは街の神殿へ、私は冒険者ギルドへ。
それぞれの生きる場所へと足を運び、生活の拠点を築こうとしていました。
で、ギルドの建物に入るなり、リオンさんに捕まったわけで。
少しの間、世間話を交わします。
「やー、王都襲撃が知らされて、水の街を放棄するってなった時、ずっと気にはなっていたんだけれど、さすがに地下水道中を探している余裕はなくて。スライムイーターさんも一緒だから大丈夫だろうって」
「そう自分に言い聞かせたわけですね……」
体よく見捨てられてしまった、と。
まあ、彼女が言わんとしていることは分からなくありません。その時点で既に、地下水道に潜ってから一ヶ月近く音信不通だったわけですし。
危機迫る状況の中、我が身を優先するのは当然です。
「それにしても。偶然とはいえ、再会できるとは思いませんでした」
「ここは水の街から一番近い街だからね。いざという時の避難場所に指定されているの」
「それじゃあ、水の街にいた人たちは皆さんここへ?」
「うん、ほとんどがそうだと思うよ。まあ、一番近いっていうだけで、実際は広大な平野を越えて来ないといけないから。人によっては故郷の村に引き上げていってしまったけれど」
王都の陥落により、人類側は戦線を引き下げざるを得ない状況になりました。
王都に代わり、水の街を魔族との戦いの最前線と位置付けたのです。
当然そこで暮らしていた人々の多くは逃げ出します。いつ自分の街が戦場になるか分からないのですから。
明け渡され、無人の廃墟と化したには、今続々と腕利きの冒険者が集められ、王都奪還に向けて動いているのだとか。
「そういう経緯でしたか、なるほど」
私とリンネさん、実は通りすがりに一度、水の街に立ち寄っていました。
その際、街がもぬけの殻だったのはそういう理由じゃないか、とリンネさんが言ってましたっけ。
治療院に居た怪我人たちも、全員避難しているとのこと。オリビアさんもおそらく。
地下水道で回収してきた魔導書をお返しする目途が、ようやく立ちそうです。
それはそれで良しとして。
さて次の問題に取りかかるべく、私はおずおずとリオンさんに問いかけます。
「あのぅ、また安く部屋借りることってできますか?」
「んー、そうしてあげたいんだけど……」
「やっぱり駄目ですか」
まあ、そうでしょうね。いきなり増えた避難民の寝床を全員分用意できるような街なんて、普通ありません。
「部屋は用意できるんだけど、お金がね。アクアマリンの時より三倍くらい高騰してるかな」
当然、持ち合わせなんてあるはずなく。
「また仕事するしかないかあ……」
ため息もつきたくなります。長旅の疲れを癒すこともできないとは。
お金って大切……。
「あ、そうだ。換金所ってあります?」
「え? うん、もちろんここにもあるけど」
ギルドの換金所では、遺跡探索や怪物討伐時に手に入れた、古代のお宝やドロップアイテムを鑑定して、換金してくれる良心システムが導入されています。
売れそうなものが手元にあれば、ひとまず今夜の宿を確保できるということです。
「これって換金できますか?」
左手の銀の指輪を外して、鑑定をお願いします。
「あら、指輪? 価値ある魔法道具とかだと、結構な値段がするけれど。アルルさん、これをどこで?」
「ええと。道中で仲良くなったとある娘さんから、お礼の代わりに貰い受けました」
嘘は言ってない、はずです。
「……あの。これをどこで?」
「え? ですから」
物は言いようなんだなあ、としみじみ感じ入っていたのですが、繰り返される問いかけに、ふと顔を上げます。
リオンさん、鬼のような形相をしていました。
「王族の家紋が入った指輪を、一体どこでどうやって手に入れたっていうの?」
「……あ、」
気づいた時にはすでに遅し。逃げられないよう、がっしりと腕を掴まれていました。
「や、違います! 王都襲撃の騒ぎに乗じて、火事場泥棒していたとかではなくて!」
「詳しく話を聞かせてもらいましょうか?」
見たことあります、このパターン。
だからこの先の展開も何となく予想できました。
「誤解です! 私は無実です! むしろ盗みを働いていたのは悪食な神官様の方で!」
「いいから来なさい! 姿を見せなかった間一体何をやらかしたのか、洗いざらい吐いてもらうから!」
「勘弁してください!」
やっぱり人の運命なんて、そう簡単に変えられるものではないのでしょうね。
まったく、ため息ものでした。
☆ ☆ ☆
ここまでの読了ありがとうございます。「スライムイーター」は一端区切りとします。
番外編としてまた別のお話を投稿したいと考えています。イメージ的には、文庫本の一巻目が終わり、二巻目を始めるといった感じでしょうか。(別作品の連載も始めようと考えているので、いつから投稿になるかはっきりしませんが・・・。)
またアルルとリンネの行き当たりばったりな旅模様を楽しんでいただければ、幸いです。
ありがとうございました。