9 徒労に終わる冒険譚
一足先に起きて見回りをしていたというリンネさんに、情報の提供を求めます。
「ねえ、近くに誰か居なかった?」
「いいえ、何者も」
「そう……」
「だいぶ明瞭な寝言が聞こえましたが。何か、楽しい夢でも見ていたのですか?」
問われた私は、どう答えたものか少し考え、
「……そうね、夢だったのかも知れない」
右手に握った落し物へと視線を向けながら、そう答えました。
贈り物はお姫様の薬指で輝いていた、銀の指輪でした。そっとポケットにしまい込みます。
その後、リンネさんに連れられて少し移動。昨日と同じ崖の上に立ち、改めて王都の街並みを見下ろしました。
明るい太陽の下だと、より一層悲惨な被害の状況が見えてきます。
東側にはもはや街など存在せず、燻った灰色の煙が瓦礫の山で揺蕩うばかり。
残された西側も人影一つなく、襲い来る滅びを受け入れたように静まりかえっていました。
栄華を誇った巨大な都が、たった一夜のうちに半壊する。前代未聞の大事件としか言うことができないでしょう。
きっと、風が吹き抜けるよりも早く人々の間を駆け回って、恐怖と不安を煽りに煽り、そして魔神王は力を増していく……。
王都グランセルの陥落は、これから始まる悪夢の序章に過ぎないのかも知れません。
私は、人知れず小さく身震いします。
「様子はどうだった? 街の方まで行ってきたんでしょう?」
「ええ、一応」
リンネさんの神官服はところどころ煤けて、硝煙の匂いを漂わせていました。
第二級冒険者の身体能力を持ってすれば、壊滅した都を散策するくらい苦にならないようです。
「魔神王は制圧した王城に軍隊を配置し、一度魔城へ引き上げていきました。この勢いのまま徐々に西側を潰していくつもりでしょう」
私は、あえて訊ねます。
「どうするつもり?」
「どうもこうも。戦ったとして勝てると思いますか?」
「私には無理だろうけれど……」
「ええ。そして、わたしにも無理です」
毅然として断ずる言葉は、一切の希望的要素を許しません。
「どれだけの力を有していようと、たった一人の冒険者にはどうすることもできません。故に人間は魔城の目と鼻の先に王都を作り、潤沢な資源と人材を用意して備えてきたのですから」
「それが潰されたとなると……、これからどうなっちゃうんだろ……」
「さあ。いずれどこかで誰かが魔神王を討伐して、事態は終結するでしょう。放置で構わないのでは?」
リンネさんのあまりの言い草に、私はやや唖然としてしまいます。
「……まためちゃくちゃなことを」
「そう心配なさらず。誰かがやってくださいます。ええ、きっと」
「どうしてそう言えるの?」
リンネさんは涼しげに微笑みます。
「言ったでしょう? 一人は世界に勝てません。今のこの世は人の物。あらゆる場所には人がいて、あらゆるものに人が関わっているのです。それすべてを破壊し尽くすことなど、到底不可能です」
此度の戦にて、魔神王側はほぼすべての戦力をつぎ込み、王都の半分を占拠しました。
要するに、その程度でしかないのだとリンネさんは言いたいようです。
「圧倒的な力の差は、圧倒的な数の差で埋められてしまうもの。それがこの世の理ですよ、アルル様」
「そう簡単にいくとは思えないけど」
「ええ、簡単ではないでしょう。ここから先は息の長い戦いになります。十年か、二十年か。いずれにしても、人類の勝利で幕を下ろすでしょう。これまでずっとそうでしたから」
「結局、質より量ってことなんだ」
覆ることなく、
翻ることなく、
運命が定めるままに、
歴史は再び繰り返されるようです。
「……」
私は、最後にもう一度、瓦礫と化した王都を見渡します。
何というか、こう、深いため息が零れました。
掃除から始まって徒労で終わる冒険譚など、誰が好き好んで読みたいと思うでしょう?
それをリアルに体験してしまった身の上としては、まあ冗談じゃないほどの精神的疲労感でした。
もういっそのこと、この場で崩れ落ちてしまいたい。
膝を抱えて無為に一日を過ごし、原因の一端を担うこの惨状について、大いに反省したい気分です。
どこまで行こうと、私の眼前に広がるのは焼け野原。
結局私は、何も変わることなどできませんでした。
「さて。使えそうな物は集めておきましたし、行きましょうか」
無慈悲な宣告でした。
「とてもそんな気分にはなれないんだけど……」
「人生山あり谷ありです、アルル様。どれだけ失敗と後悔を重ねようと、こうして生きているのなら、必死に生きていくしかないのです。それもまた一つの運命と言えるでしょう」
「……行くって、どこへ?」
「別の国の別の街へ。そこでまた冒険者を始めましょう」
「私も一緒に?」
「ええ、参りましょう。アルル様、わたしはあなた様とともにありたい」
「……そっか」
なんだかずるい言い方でした。
差し伸べられた手を取り、立ち上がります。
かくして私の冒険は大失敗に終わり、またここから新しく始まるようです。
先行きの分からない、行き当たりばったりで、出たとこ勝負の途方もない旅が。
へたり込んでしまいそうでした。
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