8 友人、ね……
どこか遠くから声がしました。
「お別れをね、言いに来たの。せっかくだから」
鈴を鳴らしたような澄んだ響きが、湖面に広がる波紋のように聞こえてきます。
「気にしなくていいわ。これは多分、自業自得なんだから」
夢見の枕元に立ったのは、お姫様でした。
「あなたの言う通り、あたしは最低だったわ。自分だけが不幸だと思い込んで、自分だけが絶望していると勘違いして、何もせずに泣き喚くだけの馬鹿な小娘だった。犠牲にしてきた娘たちをもし、広い心で受け入れていれば……。きっと彼に想いを届けてもらえたはずなのに……」
すん、と小さく鼻を啜る音。
お姫様の声は涙に沈んでいます。
「馬鹿よね、こんなにも今さらになって謝りたいだなんて……。勝手すぎるわよね……。だから、いいの。これは自業自得。あなたを恨んだりしないわ」
嘘を吐き、自分たちだけ助かった私たちを、それでも許すとお姫様は言います。
どこかすっきりした調子で、何もかもを諦めて、恨みはないと。
「そうよ、もういいの。だって、心から求めていたものを手に入れることができたんだから」
お姫様は腕に何か抱えていました。
白い布がするりと剥がれ落ち、中身が晒されます。それは赤子などではなく、人間の頭部でした。
「これからはずっと、彼と一緒に居られるわ」
お姫様はとても愛おしげな笑みを浮かべて、かつての婚約者と額を突き合わせます。
「ねえ、見て。素敵な顔でしょう? ふふっ、うふふふふふふふ」
腕の中でくるりと回され、こちらを向いた顔には覚えがあります。勇者ロキ、その人です。
その形相は、この世の終わりを目の当たりにしたかのような、壮絶な悲嘆と絶望で塗り固められていました。
「さようなら、アルル。短い間だったけれど、あなたはあたしの恩人で、とても良い友人だったわ」
無垢な少女のように無邪気な笑い声が響き、足音が一歩ずつ遠ざかって……。
そして、私は目を覚ましました。
「……っ!」
バッ、と跳ね上げた顔を左右に振ります。周囲にはお姫様もリンネさんも見当たりません。スララも無事。
ただ、すぐそばに血に塗れて変色した、白い布が落ちていました。それが何を包んでいたのか思い出し、少々げんなりとします。
「友人、ね……。酷い交友関係もあったもんだ」
失笑が零れます。正直、どう受け止めて良いのやら。
……いえ、殺されなかったことを素直に喜ぶべきところでしょうね。
やや肩透かしを食らったような心持ちで、ひとまず差し込む陽の光の下、身体の凝りをほぐします。
太陽が大分高い位置まで上っていました。時刻は昼少し前くらいでしょうか。
地面で丸まっている白い布を拾い上げると、中に包んであった何かが落ちて、チリンと音を立てました。随分と小さい物です。
「アルル様、目が覚めましたか?」
「あ、おはよ」
通路の出入り口からリンネさんが顔を覗かせました。
私は素早く落し物を拾って、隠し通路から森へと出ます。