5 これでいいんでしょうか、本当に
諸事情あり、以前公開したものを改稿してあげ直しました。後半部分にシーンを追加しました。
鎧の偽勇者、どうやら誰かと密会中でした。
「君には本当に、なんとお礼を言っていいのか」
「止せよ、ロキ。俺たちの仲だろ? 辛いときは助け合うのが当然だ」
ロキと呼ばれた男が申し訳なさそうに頭を垂れると、鎧の騎士が肩を抱き寄せて明るくフォローします。
なるほど、彼がそうですか。噂の婚約者であり、本物の"勇者"ロキ。その人の登場です。
屈強で似たような背格好の二人ですが、勇者ロキの方は明らかに顔色が優れず、見るからにやつれています。
意地なのか、見栄なのか。疲労困憊の身体によく馴染んだ装備を身に着けていますが、腰に差した剣の重みで若干ふらつくほど。
どれほどの能力を有していようと、こんな状態でお姫様奪還に赴くのは酷というものでしょう。
「そこの二人、聞きたいことがあります!」
リンネさんは手早くベールで顔を隠し、歩調を緩めながら鋭い声を飛ばします。
突然闇の中から現れた私たちに対し、すぐさま身構えた鎧の騎士でしたが、リンネさんを見て目を丸くしました。
「おお、姫君。どうしてこんな時間にこんな場所へ?」
「は? ……何だと?」
さっ、と剣を収めた鎧の騎士の隣で、勇者ロキが怪訝そうに眉根を寄せます。
良く知る意中の少女が別人のように様変わりしていれば、それは驚くでしょう。いえ、正真正銘別人なわけですが。
「おい、一体何の冗談だ? 彼女がエリーゼ姫だと?」
「ああ。何でも、怪物どもの魔法で容姿を変えられてしまったとか」
「なんだって? そんなことがあるのか……。ああ、そうか。それで顔を見せたくないと。いやだが、しかし……、本当に?」
「きっとそれだけ酷い目に遭わされたんだ。今はあまり詮索してやるな」
「あ、ああ……。分かった」
思わずといった調子で喰ってかかった勇者ロキでしたが、多大な負い目に押し負けて、大人しく引き下がりました。
リンネさんに向けて深々と頭を下げ、誠心誠意の謝意を表明します。
「すまない、エリー。君が大変な時に俺は何もしてやることが……」
「心底どうでもいいので、後にしてください」
一蹴されました。
リンネさんは、じろりと二人をねめつけて、
「あなた方、武装していますね? 何か異常でも?」
「え? あー……」
ポカンとして固まった勇者ロキに変わり、鎧の騎士が答えます。
「街の地下通路を怪物が数匹うろつき回っているらしく。念のため、城の兵たちと協力して様子を確認させているところでして」
「やはり……っ」
「まさか本当に?」
歯噛みするリンネさんの呻き声と、私の驚きが重なります。
「あの、姫君?」
「どうも。他の者たちの避難と街の守護はあなた方の役目です。任せました」
「あっ、お待ちください! どこへ行かれるおつもりですか?」
困惑気味の問いかけに、リンネさんは堂々と言い放ちました。
「決まっているでしょう、逃げるのです!」
なんて言うか、うん。仮にも冒険者が清々しいなあ……。
まあ、今に始まったことでもありませんけど。
「待ってください、姫君! そんな騒ぐようなことでは……。むしろ今城から出れば、再び姫君の身が危険に晒されることになりかねません!」
「では、あなたはここに突っ立って一体何をしているのですか、鎧の騎士? 敵が迫っていると知りながら暢気に構えている者に、託せる命などありはしません」
鎧の騎士の警告などまるっきり無視して、リンネさんは再び宝物庫へ向けて走り出します。
私も置いていかれないよう、差し伸べられた手を掴み、前へ。
一方で、取り残された鎧の騎士と勇者ロキは、しばし思考を固まらせたのち、互いに顔を見合わせるばかりでした。
胸に抱いた困惑とともに、私たちが走り去る足音を見送ることしかできません。
「あれは本当にエリーゼ姫なのか……? 何もかも違う、完全に別人じゃないか……」
「いやしかし、自ら姫と名乗って……。だったら、ロキ。あれは一体何者だと言うのだ?」
ついぞ、言い争いを始めてしまいます。いくら考えようと、決して交わることのない議論が両者の間に横たわり、仕掛けた張本人は蚊帳の外。まったくもって不毛でした。
と、そこへ切羽詰まった声が飛び込んできます。伝令の兵士です。
「冒険者の方、緊急事態です! 至急応援願います!」
「何だ、騒がしいな」
「たった今、城壁の見張りから知らせが入りました! 魔神王の森の奥から怪物の軍勢が押し寄せてきます!」
「何だと! ちっ、魔神王め、姫を取り返しに来たってことか。……おい、どうだ、ロキ? まだ疑わしいか?」
「……すまん。くだらないことを言ってしまった。行こう、今度こそエリーを守り抜いてみせる!」
「よし、それでこそ誉れ高き"勇者"だ! この俺も力の限り手を貸そう!」
直前までのわだかまりなどどこへやら。
勇者ロキと鎧の騎士は、息を合わせて頷き合い、己が武器を引き抜きます。
勇猛果敢に飛び出して行く背を最後に、私は彼らから視線を外しました。
正直、後ろ髪引かれる思いはあります。
私だって冒険者。怪物と戦い、市民を、街を守ってこそでしょう。
もちろん、単なる見習いでしかない私の力なんて、何の役に立たないかもしれません。
けれど……、これでいいのでしょうか、本当に。
「アルル様、急いでください!」
「……」
……リンネさん、本当にこれでいいんでしょうかねえぇ。
そんな疑惑を残しつつ、迫り来る猛威から逃げ切るため、私たちは薄暗い廊下をひた走りました。
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