4 虫の知らせ
「う……っ、んん……?」
草木も眠る真夜中過ぎのことです。私は突然飛び起きました。
顔面をひんやりとした衝撃が襲い、睡眠状態から強制的に覚醒させられたのです。
「なあに? スララ、どうしたの……?」
視界がちかちか明滅する中、額のスララを引っぺがします。
何でしょう、反抗期? それまた随分と早いことで。
「―――! ―――!」
「……と、思ったけれど。なんか違うみたい?」
やや目が覚めてきます。スララは必死に身体を伸び縮みさせ、何かを訴えかけてくるのです。
怒っている? いいえ、これは……怖がっている?
「何事ですか」
「うわっ」
耳元の声に驚き、危うくベッドから落ちるところでした。
リンネさんは目覚めと同時に私の方へと身を寄せ、周囲の警戒を始めています。要人の護衛に付く兵士のような機敏な動きです。
「起こしちゃってごめんなさい。えっと、スララが怖い夢でも見ていたみたいで……」
とりあえず適当な理由を述べますが、スララの訴えは収まりません。
夢とかそんな漠然としたものではなく、もっと明確に、身近に迫る脅威をはっきりと肌で感じ取っている様子です。
「何だろう……。何か、ここにいたら危ないって言ってるのかも……」
完全に当てずっぽうでした。まるで要領を得ない話です。
にも関わらず、リンネさんは真剣な思案顔を見せ、次には私の腕を掴み、判断を固めた声で告げました。
「逃げましょう」
「え、今から?」
「準備してください。急いで!」
困惑した私は、腕を引かれるままに立ち上がります。
バリケードを吹き飛ばす形で乱暴に撤去し、固く閉ざしていたドアを体当するようにこじ開け、私たちは着のみ着のまま王城の廊下を疾走し始めます。
等間隔に設置された照明が後ろへ流れていく中、前を走るリンネさんから迷いのない凛とした声が響きます。
「宝物庫へ向かいます。王城には緊急時のための隠し通路があるのです。宝物庫の奥の抜け穴から通路へ入れます」
「何でそんなこと知って?」
「言ったでしょう、この城の構造は調査済みです」
それは聞きましたけどねえ……。宝物庫に何の用があって入ったんでしょうか、この人。
「ねえ、リンネさん待って。本当に良く分からなくて。だから慌てる必要なんてないんじゃ?」
先を行く背中に胸中の不安を訴えかけるも、リンネさんはどこか確信を得ているように「いいえ」と首を振ります。
「スララは小さくとも怪物です。その身に宿る本能が危険を感じ取っているのなら、一刻も早くその場を離れるべきです」
「だからって言っても……」
うん、まあ、分かっていましたけど。リンネさん、スライムのことなら何でもありな人なのかも。
「いいえ。わたしが信じたのはアルル様です」
え、私?
「スララが怖がっているかもっていうやつ?」
「はい」
まさかと思いますが、リンネさんからは短い肯定が返ってきます。本気で言っているようです。
「一旦落ち着いて考え直してみた方が」
「必要ありません」
控えめな抗議を一蹴し、リンネさんは走り続けます。
「恐らくですが。あなた様はわたしが見なかった何かを見て、わたしが知らない脅威と結びつけたのです。それが逃げろと言っているのなら逃げましょう。どのみち、ここに未練などありません」
「ああもう……っ」
リンネさんは止まりません。仕方なく私もついていきます。
うねる螺旋階段から広い正面階段へ合流し、段差を一足飛ばしで駆け降りて、広い玄関を横切ります。
こんな訳も分からないまま作戦を変更していいのでしょうか。良いわけないですよね、絶対。
そんな不安に応えるように、走り行くその先でとんでもなく厄介な人たちと遭遇してしまいました。
細い通路の先、松明が作り出す煌々とした光の中に二つの人影。片方は、リンネさんを城から助け出した、例の鎧の偽勇者でした。