25 えっと、非常食?
探索のための装備なし、休憩のための荷物なし。一人と一匹、我が身一つで鬱蒼とした森を進みます。
盗賊として生きていた頃に、森の歩き方はひと通り習得済み。
故によく分かっています。人の手が入っていない自然のままの森というのは大変歩きにくく、迷いやすい。手ぶらで気楽にお散歩できるような場所ではありません。
早々に小川を見つけられたのは僥倖でした。穏やかな川のせせらぎを右手に、慎重に歩を進めます。
ただ、聞こえてくるのは水音ばかりではありません。
―――ガサッ。
「……っ」
ビクリと歩みを止め、物音が聞こえた茂みを凝視すること数秒。何も出て来ないのを確認して、ゆっくりと行軍を再開させます。
手元に武器はありません。身を守る術もなしに深い森を進もうなど、狂気の沙汰。正直、生きた心地がしませんでした。
木々の間をすり抜けてくる怪鳥の鳴き声。獣の唸り。
怪物たちの「あれ、人間じゃね? 迷子? どうする? 喰う?」などという不穏なやり取りを幻聴しながら、森の中をさ迷い歩くことしばし。
「待ちなさい、そこで止まって」
突然大樹の陰から現れたのは、露出成分の多いビキニアーマーの女性でした。
ものすごく派手です。良くこんな格好で森の中を動き回れますね、この人。
どうやら少し前から捕捉されていたらしく、女性の眼差しには警戒の色が濃く出ています。出会い頭に短剣を突き付けられ、私は大人しく両手を上げます。
「怪しい者では……」
おずおずとそう申し出ている間に、お仲間登場。
屈強な体躯を持つ大男と、ローブを身に纏う初老の男性。双方同様に小さな驚きを露わにしつつ、多大な不信と敵意を向けてきます。
この人たち皆、冒険者ですよね? 何なのでしょうか、藪から棒に……。私はただ、魔神王が支配する森で迷子になっていただけだというのに。
「それって、とんでもなくおかしな話よね?」
「言われてみればそうでした」
ビキニの女性は眉間の皺を深め、少し苛立ちを交えて問い質してきます。
「もう一度聞くけど、あんた何者? 目的は何?」
隣から大男が口を挟みます。
「捕虜が逃げ出した風ではないな。魔神王の手の者か? ここで始末しておくか?」
ローブの初老がにやにやと笑います。
「いやいや。捕らえて内部情報を吐かせるのがよかろう。小娘の頭の中身くらい、どうとでも覗けるわい」
不穏な言葉を交わし合い、三者三様油断なく私を取り囲みます。
まったく、なんて物騒な会話の流れでしょうか。魔城に居た時と大差ない、どころか悪化していません?
いくら怪しいと言っても、か弱い娘をやり玉に挙げて、何なのでしょうね、この方々。
無駄に血の気が多いというか、変にピリピリしているというか。
これから始まる一世一代の大勝負を前に、緊張の色を隠せない感じ。余裕のない表情から心の焦りが伝わってきます。
「おい、さっさと答えろ! さもないと!」
黙考する私に対し、大男が痺れを切らします。
このままだと魔女裁判の魔女扱いなので、とりあえず弁明を。
「あの。私も冒険者です。魔神王でも怪物でも、あなた方の敵でもありません」
「冒険者?」
「まだ見習いですが」
私はふと思いだし、首元に下げていた認識票を良く見える位置に。これは冒険者の身分を証明するものでもあると、リオンさんは言っていました。
お三方とも認識票を認め、一度顔を見合わせます。それぞれ半信半疑といった様子。
もう一押し必要みたいです。
「再度言いますが、私はれっきとした冒険者です。期待のルーキーとして、二つ名まで授かってます。何なら、ギルドに確認をとってもらっても構いません」
「……じゃあそのスライムは何だ?」
大男が私の肩に乗った小さなスライムを目敏く咎めます。
おっとしまった、忘れてた……。
さて、これは何と答えたものでしょう。友達でもないし、知り合いといっても会ったばかりだし……。
少し悩んだ末、苦し紛れに口を開きます。
「えっと、非常食?」
「「「は?」」」
首を傾げるお三方の動きが、綺麗にシンクロしました。
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