23 あー、うん……。オーケー、理解しました。
「どう、して……。どうして……」
「なっ、姫? これは……。どういうことだ? おい小娘!」
壊れた人形のようにうわごとを繰り返すお姫様の惨状を目の当たりにし、魔神王は凄まじい勢いで私を掴み上げました。
無駄と知りつつ、必死で言い訳します。
「いえ、私ではなく鎧の勇者が……っ」
「よくやった」
一瞬時間が停止しました。
「……はい?」
涙目で問い返すと、魔神王はにいっと口元を引き裂いて、愉快そうに呵呵大笑。
「ふはは、良くやった、褒めて遣わすぞ、娘!」
間違いではありません。魔神王、大層ご機嫌な様子。
そういえば首元を掴まれているのに苦しくありません。うまく力を加減して、身体全体をしっかりと支えてくれています。
「えっと、それはどういう?」
当然のように疑問符を浮かべる私。
易々と床に下ろしてもらい、「括目して見よ!」と魔神王に促されるまま、お姫様を見やります。
「……」
何でしょう、お姫様の周りが陽炎のように薄ら揺らいで、細々と蒸気を立ち昇らせ始めます。
スライムに皮膚を溶かされたのかと思いきや、少し様子がおかしいです。晒された素肌に黒々とした紋様が滲み出ています。
驚いたことに紋様は生き物のように身体の上を這い回り、お姫様の柔肌を浅黒く染め上げていきます。その様は、魔神王の顔に刻まれた刺青とそっくりでした。
「姫は元より王家の生まれ。選ばれし者たる器を持っていた。そこへ我が自ら力を注ぎ込み続けたのだ、こうなるのも必然!」
魔神王が歓喜を叫ぶ中、変貌し続けるお姫様を再び飲み込もうと、極彩スライムが覆いかぶさり―――。
爆発四散。跡形もなく蒸発してしまいました。
強化されたスライムを一撃です。先程まで蹂躙されるがままだったお姫様が、触れることすら許さずスライムを消し飛ばしたのです。
それはまるで、怪物の王たる者が有する圧倒的な力。人知を飛び越えた能力。
彼女の身に何が起こったのかは明白でした。この悪夢のような絶望を受け入れたのです。
「ふはは、この禍々しさ! 魔神王たる我にふさわしい! どれだけ身体を穢そうと、力を注ぎこもうと、極限のところで踏みとどまっていた姫が。おお、見ろ! 溢れ出す負の感情を! 最強の後継ぎが生まれるぞ!」
つまりは、最初からこれが目的。
お姫様を限界まで苛め抜き、過酷な現実を嫌というほど味あわせ、最後は怪物の仲間にしようと画策していた、と。
そして私たちの介入によって、予想を遥かに上回る成果を上げてしまった、と。
あー、うん……。オーケー、理解しました。
女神様、これ許してくれるでしょうか。くれないでしょうね、もう自棄です。
「それじゃあ功績を讃えて、私を解放してくれたりとか?」
「むしろ貴様に褒美を取らせようぞ、小娘! 喜ぶがいい、我が軍に引き入れ、地位を与えてやろう!」
さすが魔神王、気前が良いです。
「軍隊って怪物の? 既にそんなものをお持ちで?」
「ああ、この日のために準備を進めてきたのだ。これまでずっと辛酸を舐めてきたが、それもここまで。今こそ人間どもを打ち滅ぼしてくれるわ!」
「わ、わあっ、忙しくなりそう、あはは! はは、……はあ」
「うむ、我も楽しみだ! だが、今は我が妃を優先すべき時!」
言うなり、魔神王はマントを脱装し、勢いそのままに衣服も脱ぎ捨て、全裸になります。
「おっとぉ? まさか今からここで?」
「この好機を逃す手はない! 我は今から姫を抱く!」
大変雄々しい宣言とともに、魔神王はお姫様のもとへ。
一瞬で極彩スライムを蒸発させた灼熱の肌をものともせず、優しく、力強く、どこまでも愛おしげに、魔神王はお姫様を抱き寄せました。
「さあ姫よ。我が寵愛を受け入れるがいい」
「愛……? あたしを……? こんなあたしを愛してくれるの……?」
「当然だ」
「……ああっ、魔神王様……っ」
ひしっ、と熱い抱擁を交わす二人。
あまりの熱気にあてられて周囲のスライムが後退しているところを見ると、比喩ではなく尋常ではないほどの熱量を放っているのです。
私もお肌がひりひりとしてきました。このままここに居るのは危険です。
「あのー、魔神王様? 大層気まずいので私は失礼しても?」
「ああ、構わんぞ。さっさと出て行け、小娘。邪魔するでないわ」
それでは、お言葉通りに。
一礼を残して部屋から退散。響いて来る艶やかな嬌声をBGMに、私は廊下へ出ました。
思わぬ形でチャンス到来。再度逃亡を企てます。