21 女神の祝福
どうするのか、との詰問に、リンネさんは涼しい顔して答えます。
「教会で祈りを捧げることができない今、我々の窮状を女神様へ届けるのに時間がかかりましたが、どうにかなりそうです。時間稼ぎはここまでとしましょう」
魔神王に捕まってから今まで、リンネさんは神官たる力をフル活用して女神様に救いを求めていたそうです。そしてつい先程、状況打開のための信託を授かった、と。
しかし、”女神の祝福”――――聖職者が行使する祝福を得るための祈り――――は、複数の者が祈りを捧げる必要があったはずでは?
「ええ、皆同じ気持ちで女神様に祈りを捧げていました。どうか救いをお与えください、と」
「あ、そういうこと」
リンネさんの不敵な笑みで気が付きます。
そう、地下の独房にはたくさんの信者たちがいたのです。命の危機に瀕し、救いを求めて儚く祈る村娘さんたちが。
リンネさんはそれを束ねて女神へと祈りを届け、先の祝福を受け取ったのでした。
こうなるともう水を得た魚も同じ、リンネさんの独壇場です。
「女神のご加護ある今ならば、恐れるものなどありません。頼るべきは自らの直観です。動ける時に動くべき」
「それでピンチになったら?」
「その時にこそ、女神様のおっしゃる救いが現れるはず」
「ああ、なるほど。って納得していいのやら……」
もうじき舞い降りる救いとやらに助けてもらうため、自ら窮地へ足を踏み入れるとはこれ如何に。
矛盾していませんか?
軽く小首を傾げますが、しかしやってしまったものはもうどうにもなりません。状況は開始されました。
あとは運を天に任せて、何があろうと精魂尽き果てるまで駆け抜けるだけです。
「さあ、舞台は整いました! 救いが現れる時は、今!」
高らかな宣言とともに、リンネさんは我が身を曝け出すように両手を大きく広げます。
その次の瞬間、眼前で石壁が勢いよく爆散しました。
「無事か、姫君! 助けに来たぞ!」
立ち昇る砂煙を切り払い堂々と現れたのは、身の丈ほどの大刀を構える鎧の騎士でした。
「うむ、ナイスタイミングです」
「おお~」
リンネさんは鷹揚に頷き、私は謎の感嘆とともに拍手を送っていました。
偶然か、奇跡による御業か。いずれにせよ、タイミングは神懸っていました。
鈍色の鎧兜に身を包み、面に刻まれる険しい目つきは、歴戦の冒険者であることを物語ります。
これが〝勇者〟を冠する者。数多いる冒険者の頂点。
まさしく圧巻の出で立ちと言えます。
瓦礫を踏みつけ颯爽と現れた鎧の勇者は、鋭く辺りを見回して、すぐ近くにいたリンネさんに目を留めます。
「む、君は……。そうか、君が! よくぞ無事でいてくれた、姫君!」
「え?」
「助けが来ることを信じていました」
「いや、ちょっと?」
威勢よく勘違いした勇者と、当然とばかりに乗っかるリンネさん。どんな早業でしょう、ベールで顔を覆い隠し、正体がばれないようにしています。
慌てた私はリンネさんの腕を引っ張り、小声で窘めます。
「そんな適当なこと言っていいの?」
「構いません。勇者の彼だってあんなスライム塗れを連れ帰るのも嫌でしょう?」
「いや、でもね……」
私だってせっかく助けてもらえそうな雰囲気に水を差したくはありませんが。……いいのでしょうか、これ。
だって、ねえ? さすがに置いていくわけにもいかないでしょう。
「わかったよ、もう……」
とにかく助けが来てくれたわけだし、この場は流れ任せに。というより、言い出しっぺのリンネさんに丸投げしておいたほうが良いでしょう。
内緒話を切り上げて、私は一歩身を引きます。




