5 ……だって、ねえ?
「あの、受付嬢さん」
私から声を掛けると、リオンさんはどこか残念そうに瞳を伏せます。しかしそれも一瞬のこと。
すぐに受付嬢としての表情を貼り付け直し、先の失礼を詫びました。
「……出過ぎた忠告でしたね。分かりました、それでは―――」
「いえ、そうでなく。罰則は?」
「罰則?」
パチクリと瞳を瞬かせ、何のことかと訊き返すリオンさんに、私は盗んだ硬貨を指差して見せます。
「……ああ! ふふ、そうでしたねえ」
それだけで意図を察してくれたようです。リオンさんは嬉しそうに表情筋を緩めると、手元の書類の束から一枚抜き出しました。
これはギルドが発行する依頼書です。馬車を停める広場の景観を保持するため、しばらくの間定期的に清掃を行ってほしい、という旨の記載があります。
「これを今回の件に対する罰則とします。無事に完遂できたのなら、報酬から登録料を差し引き、正式な冒険者として認めましょう」
「どうも」
私は依頼書を受け取り、神妙な態度で剣士以下三名さんに頭を下げました。
「お誘いどうも。しかし私はまだ冒険者の見習いでして。こちらの依頼を優先しなくてはならないのです」
「ああ、そう……。じゃあいいや、別の奴誘うから」
すっかり興味を無くした調子で別れを告げて、クランさんとそのパーティーは酒場の方へと去っていきました。
その後、私は順当に事を運びました。リオンさんから依頼についての簡単な説明をしてもらい、依頼書を片手にそそくさとギルドをあとにします。
単身、依頼書が示す場所へ。
「……」
去り際、先のパーティーがまた別の新米冒険者に声を掛けているのを見て、
「……だって、ねえ?」
独りきりなのをいいことに、つい苦笑いしてしまいました。
新しい自分になろうと決意して、こんなところまで来て、冒険者になって……。いきなり怪物と戦って怪我でもしてしまったら、最悪の事態に陥ったら、もうそこまでではありませんか。
要は、ビビってしまったのです、怪物退治という聞き慣れないワードに。団体行動という苦行に。
怪物怖い。
団体行動難しい。
ならば一人でやるしかありません。何事も経験を積んでから。
「そのために冒険者になったんだから。人生、楽しまないとね」
改めて依頼書に目を通します。これが冒険者としての第一歩になるわけです。
ひと悶着ありましたが、胸のわくわく感は収まるところを知りません。気づけば、自然と駆け出していました。
依頼書にあった街の広場へ辿り着き、ざっと見回してみます。
公共の場がゴミだらけ、なんてことにはさすがになっていませんが……。草花は伸びっぱなし。落ち葉は隅っこで山となり、腐りつつあります。どうやら荷馬車の停留所として扱われているだけのようで、十分な手入れは行き届いていません。
そして、こういうじめじめした場所には必ずといっていいほど〝奴〟がいます。
「あ」
目が合いました。比喩ですが。
体長わずか十センチ。青みを帯びたゼリー状のボディをふるると震わせて、こちらを伺う怪物と遭遇しました。
スライムです。
私は急ぎ、装備を整えます。ギルドに申請すれば、依頼に基づく適切な支給品を用意してくれるのです。胴付き長靴を履き、竹ぼうきを右手に構え、会敵した怪物へ慎重ににじり寄ります。
「えい!」
隙を伺い、ほうきの柄で小さな潤いボディを一突きにしてやりました。
急所である核を貫かれたスライムは、断末魔を上げるように身体を震わせ、やがて融解していきました。
「よーし!」
初任務における初戦果。手に入れた〝スライムの核〟を右手に掲げ、誉れ高く勝鬨を上げます。
こうして、私の冒険が幕を開けました。周囲に民家が立ち並び、多くの人や物が行き交う、街道沿いの公共広場の真ん中で。
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読了ありがとうございます。第一章、これにて完結です。
次回より第二章の幕開け。
冒険者となり、新しい生活を始めたアルル。彼女の冒険っぷりをどうぞお楽しみください。