16 素朴な質問でした
「ねえ。そんなに辛い目にあったのにどうして生きていられるの?」
「は?」
素朴な質問でした。お姫様は、意図をつかみ損ねてキョトンとします。
「何言ってんのよ、いきなり……。死にたくないからに決まってんでしょ?」
「そう? 本当に死にたくない?」
「……何よ、そんなの当たり前でしょ!」
「でも話を聞いている限り、とてもそうとは思えないんだけど。だってあなたの人生、もう終わっているじゃない?」
「っ……!」
受け入れ難い事実を突き付けられたかのように、お姫様は苦渋に満ちた表情を浮かべます。
しかし、間違ってはいないと思うのです。魔神王に捕まり、子供を孕まされ、今は出産のために無理やり生かされている身。
たとえ生き永らえたとしても、この先彼女に安息な日々が訪れるとは考えられず、完全に詰みでした。
何故生きるのかとの質問に対し、お姫様は心底怪訝そうな顔をしましたが、私からすればその方が不思議です。少なくとも私の経験上、こうまでされた捕虜の末路は自死でした。
なのに何故、彼女はまだ生き続けようと思えるのか。
不思議でした。問いかけずにはいられません。
「魔神王に孕まされたあなたをまだ誰かが愛してくれるの? 故郷の皆は受け入れてくれる? 善良な娘さんたちを陥れた醜い嫉妬心をあなた自身は許せるの? 恐怖と悲しみと絶望と後悔を抱えながら、穢れと罪に塗れた人生をそれでも歩みたいと思うの? どうしてそれほど執念を燃やして生きていられるの?」
「それは……っ。だって、そんなこと言ったって……」
お姫様は答えに詰まり、視線を泳がせます。
「まあ、死にたくないのは生き物として自然かもね? でもそんなに産みたくないのなら、今すぐお腹を叩いてその子を潰してしまえばいい。また孕まされるのが嫌なら、子宮を引きずり出してそこの窓から捨ててしまえばそれで解決するでしょう?」
「そ、そんなことできるわけないでしょっ!」
顔色を激変させるお姫様に、私は正直に思ったことをそのまま伝えます。
「そんなに驚くようなこと、言っていないと思うけど?」
嘘でもハッタリでもなく、それくらいやる人はいます。いいえ、いたのです。
確かにお姫様は可哀そうな境遇です。が、私の中では既に彼女に対する評価は決定しています。
我が身を犠牲にしてまで救う価値なし。
彼女自身、自分にそんな価値があると本気で思っているのでしょうか。何人もの村娘さんを犠牲にしてなお、心からそんな風に思えるのでしょうか。
お姫様は俯かせた顔を頻りに振り、あからさまな動揺を露わに、声を震わせます。
「か、簡単に言わないで! 自分で自分をなんて、そんなこと……っ」
「あら。絶望して気が狂ってしまった割に随分と余裕ね、お姫様?」
「……い、一体何が言いたいのよ、あんた……っ。一人で死ぬこともできない臆病者だって?」
「まさか。自殺した勇者なんておとぎ話でも聞いたこともないもの」
私は何も、生きている価値はないからさっさと死ねなどと、薄情なことを言いたいわけではないのです。
「こんな状況下にいても自殺を選ばないのには、何か理由があるのかなって思っただけ」
逃げる算段、あるいは希望。
どうせ誰も助けになんて来てくれない。けれど、もしかしたら来てくれるかも知れない。そういう感じの、儚い望み。
それこそがお姫様の心を支えているような気がします。
「誰か、助けに来てくれる当てがあるんじゃない? ……いいえ、助けに来て欲しい人がいるんでしょう?」
確証などありません。ほとんど当てずっぽう。鎌をかけてみただけ。
どうやら図星のようでした。
お姫様は懊悩と唇を震わせ、やがて小さく語り始めます。