15 魔神王の嫁
お姫様はお姫様らしく、どこまでも自己愛的で我がまま。そして何より残酷でした。素直に怖がって差し上げる道理はありません。というより、恐怖より憐憫の方が勝ってしまって。
命懸けでこれを助けに来る冒険者の人、お気の毒に。
「何よ、偉そうに説教でもするつもり?」
すかした態度が気に入らなかったのか、お姫様は舌を打ちます。
「あんただってどうせ腹の底では怯えて泣いているくせに!」
「それはお互い様でしょうに。お姫様のお腹の中では、魔神王の後継ぎが産声を上げているわけだから」
「な……っ!」
売り言葉に買い言葉を被せれば、間髪入れずに奥歯の擦れる歯ぎしり音が響きます。ちょっとすっきり。
「でも、その割にあんまりお腹大きくないんだね」
「触らないでっ!」
何気なく伸ばした右手を即座に叩き落されます。
お姫様は己の恥部を隠すように、両手でお腹を抱え込みます。
「おぞましい……っ。魔神王との子だなんて、冗談じゃないわ……っ。何なのよもうっ。なんであたしばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないのっ」
「まったくその通りね」
「はあ? ……何よ、あれだけ言って今さら同情?」
同情? いいえ、私は本心から可哀そうだと思いました。
彼女の嘆きは本物だと思います。何故ならば、不幸な境遇に立たされた娘たちの嘆き悲しむ姿を、私はずっと近くで見聞きしてきましたから。
盗賊団の捕虜となり無残に殺された村娘たちと、囚われの身であるお姫様の姿が重なります。
短いながらも冒険者となり、外の世界を知った今は、……いいえ、もしかしたら腹の底ではずっと前から。私は、彼女たちのことを憐れんでいたのかも知れません。
お姫様は、きっと悪くありません。彼女に降りかかった不条理な現実が、理不尽な悪夢が、真っ白だった彼女の心を根本から変えてしまった。無理もないことだと思います。
ただし、それはお姫様だけが味わった絶望でないこともまた事実でした。
「ここ連れて来られた娘さんたちは皆、きっとあなたと同じ気持ちを抱いて、それ以上酷い目に遭って死んでいった。そして、今度は私。……ねえ、一体何人の人を犠牲にすればあなたは気が済むの?」
「……っ」
問いかけに、お姫様の瞳が大きく揺れました。考えたこともない。そんな風に言いたげに。
そんなはずはないでしょう? そんなはずはないのです。考えずにはいられません。
己の残酷な振る舞いを後悔できないほど、お姫様はまだ人間性を失ってはいないのです。
彼女はその強靭な精神を持って、己を卑下する深層心理に蓋をしただけ。彼女の心は今、少しつついただけで溢れ出す、脆くて薄い、薄氷のようでした。
「辛い目に遭ったから、酷いことをされたから、自分の全てを踏みにじられたから。だから助かるかも知れない娘が許せない。だから、八つ当たりする」
「……うるさい」
「人を不幸にして悦に浸り、人の絶望を耳にして歓喜する。なあんだ、魔神王の嫁にぴったりじゃない」
「黙りなさいよっ! ――――ごほごほっ、げほ……っ」
先程散々叫んだせいで、すっかり喉が痛んでいたのでしょう。吼えると同時に咳き込んでしまったお姫様の背中をさすってやります。
「だから無理だって。そんな身体じゃあ」
「もっと寄越しなさいっ!」
私の気遣いを振り払い、お姫様は食事を要求しました。
残りのパンを差し出すと、一心不乱に食べ始めます。
「見てなさいよ、アルル! お前だけは絶対に許さない! 虚仮にしやがって……、復讐してやる……、あたしがこの手で……八つ裂きにしてやるっ!」
瞳をぎらつかせ、金切り声を上げながら、お姫様は用意された全ての食事を平らげました。
「……ふむ」
これまでにないほど活力を漲らせ、恨みがましく私を睨むお姫様。焚き付けた手前、その意気込みようは少々気になりました。




