14 同情する要素ゼロでびっくり
「よこしなさいっ」
お姫様は私の指を噛み千切らんばかりの勢いでパンに食らいつくと、怒りのままに口内へ押し込みます。案の定喉を詰まらせた彼女に水入れを手渡し。
上品さの欠片もなく一気に飲み干す様を横目に、私はベッドの上に腰を下ろします。
さて、これでようやく第一歩といったところでしょうか。
好きなように喰らい、飲み、ひとしきり怒りを発散させたお姫様は、どうにか自分の脚で立ち上がると、じろりと私を睨みつけ、
「……」
何を思ったのか、よろめきながらもベッドの方へやって来て、私からできる限り距離を取った場所で腰を落としました。
長い金髪で顔を隠しながら、ぽつりと呟きます。
「あんたはあたしに同情しないのね……」
「いいえ、とても可哀そうだと思うけど」
「はっ、やめなさいよ、白々しい」
お姫様は気に入らなそうに鼻を鳴らして、私の気遣いを一蹴します。
一度爆発して気が済んだのか、平静を取り戻した様子。口調はよりつっけんどんになってしまいましたが、会話できるのならまあ良しとしましょう。
「今までの娘たちはみんな、あたしの顔色を覗いながら、怯えながら、優しいふりして同情してくれたわ。あんたみたいに残忍なことを言う奴隷は初めて」
「奴隷じゃなくて世話係ね。れっきとしたお仕事。報酬として部屋まで用意してもらったもの」
「似たようなもんでしょ? あたしのご機嫌取りをしなければ殺されてしまうんだから」
どうやらお姫様、あらかたの事情はご存じの様子。
それと知っていた上であんなにも反抗的な態度を取っていたとなると、少し話が変わってきます。
「それで、お姫様はその娘たちをどうしたの?」
「決まってるでしょ! 全部無視してやったわ! あははっ、上辺だけ取り繕っていた顔が、日に日に引き攣って行く様は最高だった! 震えながら必死であたしのご機嫌を取ろうとして、失敗して、泣き叫びながら許しを乞う! 最後は化け物に力任せに引きずり出されていって! その時のあいつらの顔と言ったら!」
聞くに堪えない凄絶な哄笑でした。
「あんたの前が一番酷かった。どんな娘でも三日は保っていたのに、すぐにここから逃げ出そうとして、できないと分かって泣きじゃくって。獣みたいな耳と尻尾が生えてるってだけでもお笑いだっていうのに、喧しいったらなかったわ。最後はあたしに泣きつく始末よ? 信じられる?」
私のひとつ前の世話係。私よりも少し先にここへきていた、獣人の娘。
それはもしかすると……。
「その娘はどうなったの?」
「死んだわ。面白そうだったからからかってやったのよ」
お姫様はくすくすと、邪悪に口元を歪めます。
「……どんな風に?」
「簡単よ、ちょっと甘い言葉で仄めかしてやればそれでいいの。出口はどこかってね。あのバカ女、疑いもせずに通路を走って行って、飢えた化け物どもの群れ中に飛び込んでやんの。あははっ。冒険者だって言っていたけれど、冗談。あんな情けないの見たことないわ。あっという間にめちゃくちゃにされていたもの」
「……まあ、そうなるでしょうね、どう考えても」
「あはっ、いい顔するじゃない、ざまあみろっ! あたしばっかり辛い目に遭うだなんて冗談じゃないわ!」
何か勘違いしているのか、随分と饒舌です。
「ねえ。そんなことして楽しい? 本当に?」
「ふふ、さあね」
お姫様は凄惨な笑みを浮かべ、意味ありげに視線を窓の方に投げます。そこにはガラスなどなく、四角い風通し穴が開いているだけです。
「この城ってあちこち風通しが良いから。たまに聞こえて来るわ、この世のものとは思えない叫び声が。うふふ、そう、どれもどこか聞き覚えのある声だったわね……。それを子守唄にする時だけ、ゆっくりと眠れる気がするの。深く深く、何も考えなくて良くなるくらいに。今はそれだけが唯一の楽しみなのよ。……ふふっ、あんたの時も楽しみね。せいぜい良い声で哭いてね?」
楽しくて堪らないと言いたげな、狂った愉悦を孕んだ笑み。
そこに強がりの類は見られません。彼女は本心から、私の凄惨な最期を望んでいました。
そんな彼女に対して何らかの感情を抱くのだとしたら、それはもはや諦観以外の何物にもなり得ないでしょうね。
「同情する要素ゼロでびっくり」