13 VSお姫様
厳選なる選考を重ねたいとのことで、リンネさんは夜通し地下のスライム養成所に泊まり込み。
一人寂しく夜を明かした私は、翌朝リンネさんの所に顔を出してから、お姫様の待つ部屋へ。
「良さそうなスライムがいくつか生まれたけれど、まだこだわりたいみたい。お披露目は明日。今日は一日休みだそうよ。良かったね」
経過報告を聞いたお姫様の表情は青褪め、見る見るうちに悪鬼のそれに変わりました。
「冗談止めてよっ、頭おかしいんじゃないの、あんた!」
記念すべき開口一番が激しい罵倒の言葉とは、これいかに。
「せっかく朗報を持って来たというのに」
口を窄めて文句を返しますが、いえ、あの、怒れる彼女の気持ちは大変良く分かっているつもりです……。
今日一日を乗り越えたところで、明日からはこれまで以上に苦難を強いる拷問が待っているのですから。
訪れる過酷な未来をなるべく穏便に伝えたくて、これでも詭弁を弄した方なのです。私が目にしたそのままを口に出してしまえば、ただでさえ限界なお姫様など卒倒してしまうでしょう。
彼女のこれからの苦難を思えば、八つ当たりを甘んじて受け入れようという、御仏のような気持ちにもなります。
「どう考えてもあんたが焚きつけたんじゃない!」
そういう見方ができなくもありません。
「それにしてもお姫様、口がきけるようになったんだ?」
何よりです。これで例の情報を伝えることができるというもの。
「……っ。何なのあんた……!」
はっ、として口を噤んだお姫様の顔が憎々しげに歪みます。高貴な姫君にあるまじき形相で、疑心暗鬼に満ち満ちた眼差しを私に叩きつけてきます。
「あんた普通の人間、でしょう? なのに化け物ども普通におしゃべりして……。こんな状況で、どうしてそんな平然と振る舞っていられるの? あんたも女でしょう……? ここは誰もが女に生まれたことを後悔する場所なのに……っ。意味が分からない……っ」
引き絞るような声で喉を震わせ、眦に溜まった涙を拭います。
私を睨む双眸には、彼女の言う化け物へ向けるのと同じ敵意が宿っていました。
悔しいのか。
苦しいのか。
悲しいのか。
きっともっとたくさんの色々な感情に押し潰されそうになりながら、暴力に支配されるだけの日々を必死になって耐えて来たのでしょう。
攫われて半年。途方もない時間です。
溜まりに溜まった鬱屈が一気に吹き出し、思うままに嘆き悲しんで、その後に浮かぶ口元を引き裂いたような笑みは、どこまでも嗜虐的でした。
「あんたもきっと滅茶苦茶にされるわ。泣き叫んだって、喚き散らしたって、どうにもならない不条理がここにはあるの。人としての尊厳も、女としての矜持も、全て踏みにじられるのよ!」
「私がそうなるかはお姫様のご機嫌次第かと」
「だったらあんたを地獄へ突き落してやる! 泣いても叫んでも誰も助けてくれない! 絶望の中で死んでいくあんたを! 心の底から笑ってやる!」
お姫様はベッドから身を乗り出し、掴みかかってきます。
「怖い? ねえ、怖いでしょう? 偉そうに見下してないで部屋の隅っこで震えていなさいよ!」
「……まあ落ち着いて。あまり騒ぐとお腹に響いてしまうから、安静に。ね?」
「な、ん―――っ!」
懐妊の身を気にかけ、やんわりと制止したつもりが、火に油でした。いえ、マグマに爆弾かも知れません。
お姫様は潤滑を失った歯車のように錆びついた動きで口を半開き、次には奥歯を噛み砕かんばかりに閉口。
一時呼吸すら忘れて、込み上げて来る熱した鉄のような怒号を砲撃よろしくぶっ放します。
「お前っ! あたしにどういう言葉を向けているのか、理解しているのっ!? こんなっ、こんなっ!」
喉が張り裂けるほど叫んでも、一ミリたりとも発散できない壮絶な怒り。
「ううぅぅっあああああ――――――――――――――っ!」
両手で金糸のような髪を掻き毟り、ひと房引き抜こうともお構いなしで激しく頭を振り乱します。
「今までずっと正直に! 誠実に! 真っ当に! 一国の姫として生きて来たのに! いきなりこんなところへ連れて来られて、化け物どもに辱められて! 身体の中まで穢されて! 今お腹にいるのが魔神の子だなんて……っ! それを、それをっ、お前はあああ―――――っ!」
「おっと」
勢いよく飛びかかって来たお姫様を難なく躱します。
勢い余って床に転げ落ち、額を強かに打ち付けて、それでも彼女の憤怒は収まりません。
「う、うううっ。殺してやる……っ! 殺してやるうううううっ!」
引き裂くような叫喚に込められる怨嗟。
床石に十指を突きたてて、ガリガリと削ります。爪は剥がれ、破けた皮膚から血が滴ります。
正気を逸した自傷行為に走ろうと、気が収まることはなく、燃え盛る瞋恚の焔は彼女を駆り立てるのです。
目に映る全てを破壊し尽くしてやる、と。
けれど、所詮そこまで。
「そんな衰弱した身体ではどうにもならないでしょうに」
繰り返される調教に加え、最低限の食事すら摂取して来なかったのです。
お姫様はもはや立ち上がることすらままならず、芋虫のように床を這いずり回るのがせいぜい。
それでも身体を震わせて唸るお姫様に、私はため息をひとつ。
先程持って来た朝食のパンをひとつ掴み、彼女の前に差し出します。
「私を殺したいのならそれでもいいから。とりあえずこれ食べて体力付けてからにして頂戴」
「ぐ……っ、このっ、う、ううううっ」
お姫様は私を憎々しげに見上げ、ギリリッと歯ぎしり。振り上げた拳を床に叩きつけ、獣のように一声呻き……、そして観念しました。