12 ”異端なる調教師”
長い階段を駆け降りて、真っ直ぐ伸びた地下通路を走ります。通路というより、数多踏み固められて出来上がった獣道でしょうか。
左右を挟むごつごつとした岩壁には、ちらほらと大穴が開けられ、中には若い娘さんの姿が見えました。足を止めずに視線を周囲へ振り、ついぞ見つけた背中へ向かって、鉄格子越しに声を張ります。
「こらーっ」
「おや、アルル様。よくぞご無事で」
「今朝別れたばかりでしょうに!」
変わらぬ涼やかな面持ちでこちらを振り返ったリンネさん。
一体どうしたのかと疑問を投げかけてきますが、そっくりそのまま突き返して小一時間ほど説教してやりたい気分です。
そこは一際大きく抉られた空洞でした。リンネさんは手に鞭を持ち、一段高い場所に立って、床一面を覆い尽くす大小様々色とりどりのスライムへと檄を飛ばしていました。
「一体何をやっているの?」
「これですか? スライムを融合させているのです」
「融合?」
「スライムはその性質上、他者の身体を取り込むことができるのです。こうして狭い空間内に密集させることにより、互いが互いを喰らい合い、各個体が持ち得る性質が入り混じる。そして、より強靭なスライムが誕生するわけです」
「……」
得意顔でスラスラと解説してくれますけれど、彼女一応神官ですよね? 女神様に仕えているのですよね?
正直言って私、眼下に広がる光景から目を背けたいんですけど。
ぐちゃぐちゃ、ぬちゃぬちゃ、べちゃべちゃ。
参集し、密着し、互いに互いを押し合って奏でられるスライムの交響曲なんて、これ以上聞いていたくないんですけど。
いいんですか本当に、彼女これで。
「まったくもう……。止めてよ、仕事増やすの。リンネさんがスライム元気にするせいで、お姫様が部屋汚すんだけど? ねえ、分かってる? あのお姫様が元気にならないと私殺されちゃうんだよ? それも結構酷いやり方で!」
まだまだ色恋を知らない初心な私。無理やり怪物を孕まされた挙句、身籠った仔に我が身を食い破られる未来など、想像したくもありません。
「どうかお許しを。わたしも命懸けなのです。この腐りきったスライムたちに生きる意味を与えてやらねば」
「何に命を懸けてるの?」
セリフだけ聞けば神官っぽいですが、やっていることは調教師です。
”異端なる調教師”、爆誕。
「支配などない自由な場所で精一杯生きて欲しい。思う存分跳ね回り、好きな獲物を捕食して、スライムとしての生を謳歌して欲しい。どんなスライムにも自由に生きる権利があると、わたしはそう思うのです」
「その方がおいしくなるから?」
「それはもう格別に!」
出会ってから初めて目にする一番の笑顔。彼女は甘美なる美食の虜でした。
「そういえばスライムって、金属でも溶かせるんでしょう? 鉄格子なんて意味ないんじゃないの?」
「強力な融解能力は、厳しい自然淘汰の中を生き抜いた個体の特権と言えるでしょう。拷問用に調教されたスライムが溶かせるのはせいぜい衣服や防具が限界。好んで食べるのは捕虜の体液。これも適応のひとつとも言えますが……、くっ、そんなものの何がスライムか!」
あまりの体たらくに、リンネさんは堪らずぐっと拳を握り、声高らかに演説を打ちます。
「捕食者を名乗るのなら肉体もろとも喰らい尽くせ! 魔神王など恐れて何になる! 淫乱姫君など、文字通り昇天させておやりなさい!」
「止めなさいってば!」
叫び散らしながらも、鉄格子にもたれかかり、がっくりと膝をついての脱力。もうどう収拾つければ良いのか分かりません。
頭を痛くする疲労感を脇にどけつつ、妥協点を探ります。
「融合はいいけど、それなら服をきちんと溶かせない? 中途半端にされちゃうと引っぺがすのが面倒だし」
「聞きましたか、者ども! 明日は姫を一糸纏わぬ姿にひん剥いてやるのです! 生まれたままの裸体を晒す恥辱を脳髄の奥まで叩き込んで差し上げなさい!」
「それから調教のあとのドロドロ、あれ何とかならない? 部屋の掃除が大変で。ベッドも汚れるし、臭うし」
「あれはスライムの身体の一部なので、すぐに全て取り払うのは難しいですね。洗い流そうにも、体内から吐き出してしまう分はどうにもなりません」
そういえば、食事を摂らない分の栄養を無理やり流し込んでいるという話でした。
臓腑の中から逆流するせいで、あんな異臭を漂わせているのでしょう。
「スライムって融合させれば体組織を変質できるんでしょう? 今は緩すぎるんだよ。もっと粘りを強くして、体内に長く残しておけるようにしてみるとか。そうすれば、食べさせた栄養素とやらもたくさん吸収できるでしょう?」
「なるほど。さすがはアルル様、良いアイデアです。ではその方向でいつくかスライムを掛け合わせてみましょう」
「へえ、そんなにすぐできるの?」
「ええ。ここにいるスライムたちの性質はおおよそ把握できています。より強い粘質を求めるのなら、あれとあれを」
「ふうん……」
何気なく鞭の先端で指示された方へ視線を投げてみます。
どんなものに仕上がるのか、ちょっと興味が出てきました。
「私ここで見ていてもいい?」
「ええ、是非。ゆるりとご覧になられてください」
数多犇めくスライムを前に、きゃっきゃっとはしゃぐ私たち。
周囲からの視線は大層冷ややかでしたが、特に気になりませんでした。
「……答えろミノタウロス。いや、教えてくれ。なぜあの二人は嬉々として姫を苦しめようとしている? 世話を申し付けたはずだが?」
「……申し訳ありません、魔神王様。自分にもさっぱりです」
後ろからそんなやり取りが小さく聞こえてきましたが、気に病むほどのことでもありませんよね。
たぶん。