11 美食家の飽くなき追及
日の出とともに起床し、リンネさんと別れを済ませ、日中はお姫様の世話を焼き、部屋に帰ると互いの無事を喜び合って、二人一緒に床に就く。
そうこうしている内に早十日。だいぶ捕虜生活も板についてきました。
こんな状況に慣れ親しんでいる場合ではありませんが、ぶっちゃけ生活リズムは街に居た時と大して変わりありません。
むしろギルドの管理下から離れ、ある程度自由気ままにできるので、気が楽でした。
今日は朝からお姫様が調教で留守にしています。
「よし、掃除終わり」
モップでコン、と床を突き、綺麗になった室内を見回して、独り満足します。
お姫様が不在の今がチャンスと、掃除用具両手に大暴れ。
窓枠の蜘蛛の巣を取り払い、煤と埃だらけの壁を洗い流し、清潔なシーツでベッドメイキング。ピカピカに磨かれた石床は大理石に負けず劣らず、眩く光を照り返します。
ああ、なんて清々しい空気でしょうか。置かれた状況も忘れて、大きく伸びなどしてしまいます。
そこへ、べちょりとした粘着質の物体が落とされました。お姫様でした。
「……あの、ちょっと?」
粘っこい液体が盛大に飛び散った床に視線を落としつつ、何をするんだと抗議しますが、途中で声が詰まりました。
「……」
ドロドロの粘液の中に沈むお姫様。ゆっくりと上げられた面は甘やかに蕩け、頭から足の先までぬらぬらのスライム塗れ。
綺麗だったドレスは見るも無残に溶けて崩れ落ち、ほぼ全裸を衆目の下に晒しながら夢見るように薄笑いを浮かべる様は、大層不気味でした。
口元を引き攣らせた私に構う余裕もないのか、お姫様はあうあうと意味を含まない言葉を小さく喘ぎながら、蛞蝓よろしく石床を這いずります。
憔悴し切った身体では立ち上がることもままならないようで。
力なくのたうつお姫様を、見かねたミノタウロスが子猫よろしく首根っこを摘み上げ、整えたベッドの上へ放り落としました。
仰向けに寝転がり、四肢を放りだし、瞳はゆらゆらと揺れて焦点が定まらず、頻りに手足の先を痙攣させては、思い出したかのようにビクッと身体を仰け反らせて……。
なんかこう、生理的にアウトでした。
自力で起き上がることもできないほど息も絶え絶えなのに、赤らんだ顔だけが恍惚と輝いていて、とても見るに堪えません。
怖い……。
「今日はいつにもまして苦難を強いるものだった。気をやってしまうのも無理はない。文句があるならお嬢ちゃんの相方に言うといい」
ミノタウロスがため息交じりに、ドン引きしている私に言います。
「あの子が一体何を?」
怪訝を込めて問い返すと、ミノタウロスは渋い表情を作り、
「あの神官が世話係になってから、スライムどもが凶暴化している。我々の手に余るほどだ」
「どうしてそんな事態に? ただお世話をしているだけじゃないの?」
「いいや。奴はいくつもの個体を混ぜ合わせ、より強力無比な新種を生み出そうとしている。恐ろしいほどの探究心だ。かつてあれほどの者を見た奴はいないだろう」
「……」
いずれどこかで伝説として語り継がれそうなくらいの、スライム狂いっぷりでした。
それにしてもリンネさん、一体どうしてそんなことをおっぱじめたのか。
おそらく、地下に住み着く野生のスライムに飽きてしまったのです。
「ほんと、美食の追及に余念がないことで……」
呆れて言葉もありません。
「非人道的な実験が繰り返される中、より調教に特化したスライムが生み出された。感覚が狂うほどの劇薬を嗅がせ、常軌を逸し、双方限界を取り払い、際限なくヒートアップした結果があれだ。止めに入ろうにも、強力なスライムが暴れ回るせいで手が出し辛くて敵わない」
「城の番人を務めるあなたが手を焼くってどんだけ……」
「返す言葉もない。姫を引っ張り出すのもひと苦労だった」
苦労を語るミノタウロスの苦り切った顔を前に、私はしばし唖然としてしまいました。
何をやっているんだか、と天を仰ぎ、一歩前に出てミノタウロスに詰め寄ります。
「地下の独房ってどこ?」




