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スライムイーター ~捕食者を喰らう者~  作者: ユエ
4話 捕らわれの姫君
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9 最悪の展開


 

 リンネさんから告げられた言葉の意味を図りかね、少しの間しかめっ面を作ってしまいました。


 囮、というのはつまりそのままですよね? 一番狙いやすい場所に、狙って欲しいものを置いてある、と。それらは王都グランセルの街々であり、人々である……? そんな馬鹿な。



「冗談でしょ? 王都に居る人たち全員が釣りの餌にされているってこと?」

「いいえ、そうとも言えません。都に住む人間にとってそれは周知の事実ですから」

「好き好んで危ない場所に住んでいるってこと?」



 いよいよを持って、王都に住む人たちの正気を疑いました。


 しかしリンネさんは、「無理もないことかと」と一部理解を示します。



「前回の魔神王復活は二百年前。伝承によって語り継がれているのであって、実際に目にした人間など存在しません。長命な種族なら別ですが。要するに、普通の人々にとってはいつ訪れるとも分からない天災と同義であり、実感に乏しいのです」

「だからって……」



 すんなりと納得できません。しかし、よくよく考えてみれば私の住んでいる水の街(アクアマリン)にも同じことが言えました。

 大雨のたびに洪水になると分かっていても、人は豊かな川の岸辺に村を作るものなのです。



「都に住む者の大半は上級冒険者か、相応の修練を積んだ衛兵、または名のある武人です。もしくは、彼らに守護された位の高い商人や貴族など。腕に自信がないものは、王都に入ろうとしたところで門前払いされます」

「なるほど、危険な分だけハードルを高くしてあるんだ?」

「アクアマリンはある意味関所でもあるのです。あの街で冒険者として腕を磨き、名声を得、ギルドからの推薦を受けて、初めて王都へ入ることが許されます」



 リンネさんが語るの、冒険者ギルドの持つもう一つの役割とは、即ち有能な冒険者の選別と育成。地道に力をつけさせ、定期の査定を経て、その実力が十分あると認めた者だけを都へと送り出すのです。 


 こうしておけば、王都には自然と力のある者たちが集結することになり、いつともしれぬ魔神王との戦いに備えることができるとのこと。

 そんな仕組みになっていたとは思いもしませんでした。



「魔神王にとっての好機は、我々にとっても同じなのです。彼の者が復活して間もない内に最大戦力を持って叩き潰してしまうのが一番の良策と言えるでしょう。そのための前準備なのです」

「なるほどね……って、ちょっと待てよ」



 思考が一瞬固まります。もしそうだとすると、今のこの状況はまずくありませんか?



「だってもう魔神王は復活してて、着々と侵攻の準備を進めていて」

「そして、王都はまだこのことに気づいていないと思われます」

「まずいじゃないの!」

「いいえ。たとえ不意を突いたところで、王都側の持つ圧倒的な戦力差が覆ろうはずありません。あの場所には、それこそ人類の最大戦力が結集していますから」



 私は焦りますが、リンネさんは極めて冷静です。

 人間側の有する数の力に物を言わせれば、復活したばかりの魔神王など畏れる存在ではないと、繰り返し言います。



「故に、魔神王は策を弄しました。姑息で賢しい、実に人間らしい策略を」



 一拍のち、例のトンネルのことを言っているのだと気が付きます。水の街まで続いていたあのトンネルを利用して怪物を人知れず地下に配置し、合図とともに一斉に蜂起したのだとすれば、なすすべなく蹂躙されてしまうでしょう。


 そして、惨劇はそれだけに留まりません。水の街が怪物に占拠されれば、王都は挟み撃ちにされてしまい、消耗戦を強いられることになります。


 如何に数の上では人類側が有利と言えど、これは……。



「この事実を知っているのは、わたしとアルル様だけです」

「何としてもここから出ないと!」



 こうしてはいられないと、私は勢いよく立ち上がります。のんびり構えている場合ではありません、文字通り人類のピンチです。

 魔神王と戦え! などと現実味のないことをいくら言われようと心に響きませんが、今回の悪だくみに関しては奇しくも当事者。放っては置けません。


 しかし、リンネさんは静かに首を横に振ります。



「事を急いではいけません」

「でも!」

「今の我々がどう足掻こうと、この城から出ることすら難しいでしょう」

「……」



 私は押し黙るしかありません。どれだけピンチが迫ろうと、それは動かしようのない事実でした。

 意気消沈とともに、ペタンと座り込みます。



「じゃあどうしたら?」

「まずは協力者を増やしましょう。わたしは地下の娘たち。アルル様は王都の姫君に」

「でも彼女たちじゃ役に立つかどうか」



 お姫様はもちろん、地下の捕虜たちも私たちと大して状況は変わらないように思います。


 恐らく、村娘さんらも同じようにお姫様のお世話を命じられたはず。それが今は独房に戻され、処刑されるのを待つばかりといった面持ちで身を寄せ合っているということはつまり、そういうことなのでしょう。


 彼女たちは失敗したのです。



「最悪の展開を考えましょう、アルル様」

「最悪、というと……。王都と水の街が魔神王によって襲撃されること?」 

「ええ。そして、そのことを誰も知らないことです。逆に、この情報さえ伝われば、我々は安心して逃げ隠れすることができるのです」



 逃げ出すんかい。

 

 

「そこは戦いなさいよ、第二級冒険者でしょ!」

「人には向き不向きがありまして」



 リンネさんは咳払い一つで話をはぐらかします。



「要するに、情報伝達の担い手を増やそうという作戦です。心配しなくとも、彼女らが女である以上、外に出られる可能性は必ずあります」

「そんなことって」

「あるのです」



 それは一転して力強い断言でした。これまで冷静だったリンネさんの口元が、強気な笑みを形作ります。

 その不気味な迫力に、私は反論の言葉を飲み込んでしまいました。



「よく分かんないけど。とりあえず言う通りに」



 神妙な心持ちで頷きを返します。ひとまずのところは、彼女の作戦に乗ってみることにしました。

 

 

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