7 まあ、ゆるりと行きましょうか
さてさて、改めてお姫様と向き合います。
ベッドの上の姫君に特に変化はなし。死んだように転がっています。
きっと死にたいのでしょう。同じ境遇に立たされた乙女として、彼女の気持ちは痛いほど分かります。
が、仕事は仕事。きっちりこなしましょう。でないと殺されてしまうので、私が。
「さて、お姫様。適当に掃除して食事していただきますので」
「……」
無反応。
よくよく見るとドレスのフリルはよれよれ。金色の髪はくすんでぼさぼさ。肌艶も良くなく、爪は伸び放題でお手入れされている様子はありません。
「先にお風呂かな? 湯船にお湯を張って……。いや、この状態で入れると溺れてしまいそう……。それじゃあ身体でも拭いてみようか」
「―――っ!」
そうっと伸ばした手ひらを、バシンと叩き落とされました。油断しました、それくらいの元気はあったようです。
乱れた御髪の向こうから睨む双眸はどす黒く輝き、憎悪と怨嗟がハリガネムシの如くとぐろを巻いていました。
「あら、可愛いお顔」
ひりひりとする手のひらを擦りながら、仕返しとばかりに微笑んでやります。
「……」
言い返す気力もないのか、お姫様はふらりと身体を揺らして、再びベッドに倒れ込んでしまいました。
虚ろな瞳で虚空を見つめ、手足を投げ出し転がる様は、やはり背筋をぞっとさせる光景です。
すっかり気概を削がれてしまったので、ここは一時撤退です。今日の所はこれくらいで勘弁してください。
「ご飯、置いておきますね」
ミノタウロスが運んできたパンと水をその場に残し、さっさと独房から逃げ出しました。
「ううむ……」
これまた前途多難です。どうしたものか、と考えながらの帰り道。
ふと、窓の向こうの夕暮れに視線を投げかけます。お城の外は深い森に囲まれ、遠い地平線の向こうに小さく建造物のような影が見えました。
風通し穴の枠に突っ伏して黄昏ることしばし。
そういえば盗賊暮らしをしていた頃は、よく捕虜の見張り番をさぼって、こうして沈む夕日を眺めていたのを思い出します。
割と好きなんですよね、こういうの。何となくセンチメンタルな気持ちです。
「故郷か……」
先の、ミノタウロスの言葉を思い出します。
そう呼べる場所が、私には思い当たりません。どちらかというと、焼け野原を作り出す側の人間でした。
こうして一度離れてみると、ロクデナシの集まりだった盗賊団の中にもきちんとした取り決めがあって、人並みの温もりもあったんじゃないかとさえ思えてくるから不思議です。
いつか、彼らとまた会える日がやって来るのでしょうか。
まあ、来ないでしょうね。こんな状況に陥ってなお、彼らとともにいた方が良かったなどと、微塵も思いませんから。
「まあ、ゆるりと行きましょうか」
どうせ、先立つ予定はないのです。難攻不落のお姫様を陥落させる術は、追々ということでいいんじゃないでしょうか。
所詮私は見習い冒険者。やれることなんて、やるべきことなんて、何にもないんですから。
この時私は、割と本気で、そんな風に考えていました。
リンネさんはああ言っていましたけれど、いずれ誰かがやって来て、魔神王を打ち滅ぼしてくれるんじゃないか、と。
その時私たちは生きていないかもしれないけれど、それはそれで仕方のない話なんじゃないか、と。
夢も希望もないのなら、今すぐここから飛び降りて、地面で潰れてしまえばそれまでなのに。
そうと分かっているのに、決してそれを良しとしない。
ずるずるずるずる、無意味に、無駄に、無作為に、他の命を貪って生きる。そんな愚か者を救ってくださる女神様は、果たしてどれほど慈悲深いというのでしょうか。大変興味が湧きますね。
思わず一人で笑ってしまいました。
気づくと夕日は完全に沈み、ちりばめられた紅色の宝石のような輝きが、ゆっくりと夜の帳に塗り潰されていきました。
「……帰ろっと」
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