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スライムイーター ~捕食者を喰らう者~  作者: ユエ
4話 捕らわれの姫君
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6 応援どうも


 

 リンネさんと別れ、私は独りミノタウロスに連れられて、石造りの通路をひた歩きます。

 トンネルを歩くより遥かに足裏への負担が少なくて、改めて整備が行き届いた建築のありがたみが身に沁みます。


 ふと、気になりました。このお城、誰がいつ作ったんでしょう。

 魔神王が復活を記念して作ったのでしょうか? その割に随分と古い建物に見えますけれど……。


 先導する筋肉の塊は、やがて一つの扉の前で止まります。

 扉は鉄格子が付き、監視窓までありました。独房を模した個室のようです。



「よし、入れ」



 小窓から中を確認したミノタウロスは器用にも鍵で扉を開き、低い声で促します。低音が耳に心地良いワイルドボイスです。


 というか、しゃべれたんですね。見た目に反して中々流暢です。



「魔神王様の側近として、人の言葉を授けていただいたのだ」

「ああ、なるほど。人間が宿主になると、怪物とも意思疎通ができるんだ」



 良いことです。どうやら道具を巧みに扱う知恵も持ち合わせているようで、最初に出会った頃の印象とはだいぶ変わってきましたよ。

 周囲の環境に適応し生きているのは、何もスライムばかりではないということなんでしょう。



「ふん、人間の相手などうんざりだ」



 憎々しげに吐き出します。どうやら、心底人間を毛嫌いしているようです。


 それでもやりたくない役割に従事しているのであれば、私が口出しできることはありません。大層立派です。



「姫の相手は簡単じゃない。これまで幾人もの娘が姫の世話係となり、十日と経たずに皆いなくなった。意味が分かるか?」

「殺されたと?」

「そういうことだ。貧乏くじ引かされたな、お嬢ちゃん」



 強面の怪物からいただく憐憫の言葉に、つい乾いた笑いが零れます。お姫様をどうこうするのは、それくらい困難を極めるということらしいです。


 まあ、こうして身の安全を保証されているだけ見返りとしては十分ですし。既に腹は括ってあるので、何でも来いです。



「……謁見の間でも思ったが、妙なお嬢ちゃんだ」



 よし、と意気込む私を見て、ミノタウロスは怪訝そうにつぶらな瞳を細めます。



「お嬢ちゃんの連れもそうだ。拷問用のスライムの世話なんて誰もやりたがらないのに、拷問部屋を見るなり、ここが悪いだの、もっとこうしろだのと目を輝かせて」



 どうやら、リンネさんにはリンネさん向きの役割が与えられているようです。大量のスライムを前に仁王立ちする楽しげな笑顔が瞼の裏に浮かびます。



「変わり者に違いはないかと」

「……そうか」



 ミノタウロスは話を打ち切り、部屋へ入るよう促しました。

 私は素直に従い、薄暗い独房の中へ。そこで囚われのお姫様と対面します。


 無骨な石壁に囲まれるだけの冷たく暗い部屋に、不釣り合いにも天涯付きのベッドが置かれ、清潔なシーツの上に赤色のフリルドレスを纏った女の子が仰向けに転がっていました。

 

 歳は私より一つか二つ上くらい。

 蝶よ花よ、と大層愛でられそうな幼顔には、しかしにこやかな笑みなどなく。無機物な人形のように冷たく凝り固まって、生気の抜け落ちた瞳はただただ虚空を見つめていました。



「初めまして、お姫様。あなたの世話係を命じられました、アルルと申します」

「……」



 異様な雰囲気に若干腰が引けつつも挨拶すると、無言が返ってきました。


 隣に立ったミノタウロスが「気にするな、いつものことだ」とフォローしてくれます。



「こちらの言葉には無反応。出した飯にも手をつけない。魔神王様は何とかしろとおっしゃるが、我々が近づいただけで泣き、ひと言を掛ければ狂ったように喚き出す。始末に負えない」



 雄々しい顔に苦悶を覗かせ、隠しもせずに日々の苦労を吐露します。



「最近は捕虜の娘を世話係として使っていたのだが、あまり効果が見られない」

「もしや、私たちを殺さなかったのも?」

「ああ。女は極力捕虜にするよう心がけていた。何かと使い勝手がいい」



 口ぶりから察するに、女と見るや手当たり次第だったようです。もしかすると、行方知れずとなっているマインさんはこの城に? 

 

 探ってみる価値あり、と言葉を吟味していると、だいぶくたびれた吐息が漏れ聞こえてきました。



「随分と難儀しているようで」


 

 つい、ねぎらってしまいます。



「少しでも加減を間違えればうっかり殺してしまいかねない。なんて脆弱な生き物なんだ、さっさと皆殺しにしてしまえばいいのに」



 淡々とした口調で物騒なことを口走ります。



「お嬢ちゃんは、なるべく長く保ってくれることを期待する」



 言葉尻には皮肉と一緒に、切実な何かが入り混じっていました。

 バックに魔神王の影が見え隠れしている中、扱いも分からぬお姫様の世話係をするのは相当な苦行だったようで。



「失礼なことを聞くようだけど。あなたほどの力自慢がどうして魔神王に従うの? 外の世界でも十分生きて行けるでしょう?」


 

 聞くと、ミノタウロスはゆるく首を振り、



「何もおかしなことはない。王たる者に付き従うのは当然の道理だ。魔神王様はいずれこの世の全てを支配下に置く。傘下に入るのが早いか遅いかの違いだ」

「そうなるって、魔神王が世界を掌握する未来がやって来るって、本当に思ってる?」

「ああ」



 短いながらも確信めいた声でした。

 勝ち組への道筋を信じたいという利己的な妄執ではなく、魔神王への純然たる信頼。冒険者の誰しもが勇者や英雄を夢見て、期待に胸膨らませるのと同じです。



「彼ならきっと、今度こそ、我々の世界を勝ち取ってくれる。だから、ここに居るのは間違いじゃない。ここは俺みたいなのがいてもいい場所なんだ」



 彼は言葉少なくは生い立ちを語ります。かつて人間たちによって故郷の森を追われ、当て所なくさ迷っていたところを魔神王に拾われたそうです。



「もう俺の知っている故郷はどこにもない。ただの焼け野原だ。人間が憎い。皆殺してやりたい。……俺は何か間違っているか?」

「人間の私に聞くのは間違いでしょうね」



 彼は一瞬だけ驚きを顕わにすると、思い直したようにふっ、と口端を小さく吊り上げ、



「それもそうだ。しゃべり過ぎた、忘れてくれ」



 恥じ入るようにそう願うと、次には対峙した敵を見定めるような瞳で私を一見し、部屋の鍵を差し出しました。



「せいぜい足掻いて見せろ、人間」

「応援どうも」



 足音を響かせ去っていくミノタウロスの背を見送り、私は部屋の中へと踵を返しました。

 

 

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