4 レッツ、実食パーティー!
偏食趣味を馬鹿にされたと思ったのか。「失礼なことを言わないでください」と憤るリンネさん。
次にはゆらりと立ち上がり、言わねばならないことがある! と眉を吊り上げます。
「だいたい、スライムを女人の拷問に使うだなんて言語道断! 人の体液を喰らうスライムなど、生臭い上に食感はドロドロで口にする気にもなれません!」
荒げる声にこもるのは、壮絶な怒り。握った拳に曲げられない信念を滲ませて、声高々に力説します。
「美味なるスライムとはやはり肉食。それも、強大な怪物を喰らったスライムは格別です。するりと流れるようなのど越し、鼻を抜ける爽やかさ……。あれは是非、アルル様にも味わっていただきたいっ」
「いや、正直遠慮したいんだけど。……でもそんなにおいしいの?」
「ええ! とりわけ、竜の肉を喰らったスライムはこの世のものとは思えない味がするのだとか」
「へえ。スライムってドラゴン倒せるものなの?」
ドラゴンというと、あれです。怪物の中でもトップクラスの希少性を誇る生物。強さ云々ではなく、もはや遭遇することが奇跡であると言われるほどの伝説級の怪物。
ギルドから借りた怪物図鑑には、そんな風に書かれていました。
まあ、強いんじゃないですかね。国をひと晩で焼き払ったー、みたいな伝承も残されているくらいですし。その神秘性からか、一部地域では守り神、別の場所では邪神として崇められているそうですよ。
そんな裏事情を踏まえて、改めて見てみましょうか。
ドラゴン VS スライム。
諸人を馬鹿にしているとしか思えない、大変笑える構図の出来上がりです。
「確かに、力関係を考慮すればとても考えられません。しかし、不可能と言い切るのは早計です。運よく死肉を喰らいでもすれば、あるいは」
「なるほど。レアドロップを狙うわけか」
「そうして竜の肉を喰らったスライムは、いずれ軍勢を率いる王となる資格を手に入れる、というのが通説です」
一体どこで流布されている与太話なんでしょうね、それ。
深く聞くのは止めておきましょう。〝スライム実食クラブ〟などという、怪しげな集まりについての話が飛び出してきそうです。恐ろしい……。
「ああ……っ、是非生きている内に実食してみたいっ」
「あなたも好きねえ」
内なる欲望に侵されて、身悶えるリンネさん。胸の前で両手を組み、知的に整った顔を紅に染め、恋する乙女のように身をくねらせます。
一つ、閃きました。
「それならいっそう、食べさせてみたら? 魔神王の城というくらいだから、ドラゴンだっているんじゃない?」
「おおっ、確かに! なんて斬新な発想でしょうか。さすがです、アルル様!」
話はまとまりました。
「聞きましたか、そこの魔神王! 身を差し出す従順な竜と新鮮なスライムを一匹ずつ、今すぐ用意なさい! 成功の暁には想像を絶する美味を味わうことができるのです!」
「用意できるわけあるか、たわけ」
要求は即刻却下されました。
「スライム如きがドラゴンを喰らうなど、狂気の沙汰だぞ……。おいそれと我が身を差し出すドラゴンが居ようはずもない。誇り高き竜族の面汚しだ」
魔神王は苦虫を噛み潰したような面持ちで、私たちを見下します。
「なんなのだ、こいつらは……。恐怖で頭がいかれたか? いくら顔立ちが良くとも、頭のネジが飛んだ阿呆など相手をする気にもなれん。オークどもにでもくれておけ」
さぞかしお似合いだな、とニタニタ笑います。彼の脳内では一体どんな愉快が繰り広げられているんでしょうか。
ちょっと考えたくないですね……。
「良かったな、馬鹿女ども。今は大層気分が良い。この場での無礼には目を瞑ろう。性欲処理の仕事を与えたのち、貴様らの大好きなスライムの餌にしてくれよう」
「おや、何か良いことでも?」
「それはテンション上がります、どんな味わいなのかと思うが故に!」
「違うわ! もうじき、我の後継ぎが誕生するのだ」
「あら、おめでた?」
「実食パーティーにはちょうど良い余興です」
「ふむ、余興か。言い得て妙だな」
また怒られそうなことを口走ったかと思いきや、魔神王は意外にもご機嫌な様子。
「何です?」
リンネさんが先を促すと、魔神王は嬉しそうに口角を吊り上げ、やおら立ち上がり、自慢げにマントをはためかせました。
「ふははっ。近々、我が姫の腹より後継ぎが生まれる! それを祝して、王都を襲撃するのだ! 我が子の初陣にはちょうど良い!」
「姫? 後継ぎ? 王都?」
矢継ぎ早に繰り出さされるワードに、なんのことやらと首を傾げます。反面、どこかで聞いたような話でもあるような……。
ちょっと整理する時間が欲しいです。




