3 冒険者の生き様
意識を現実に引き戻して、そもそもの話でもしましょうか。
魔神王の討伐なんて英雄的所業、一介の冒険者が本当に為せるものなのか……。
そりゃあ、後ろの化け物と比べれば、まだビジュアル的に易しさを感じるので、破れかぶれに飛びかかっていきやすい気がしますけど。
「気を付けてください。ああ見えて皮一枚下の肉体は、後ろの筋肉達磨と同等かそれ以上かと。言葉がしゃべれるのなら、魔法を扱う知恵も持ち合わせているはずです」
「あー、うん。理解した……」
おかしな気を起こすのは止めた方が良さそうです。
「この我をミノタウロス如きと比べるとは、笑止千万。随分と口が軽いな、そこの神官。捻り潰されたいのか?」
リンネさんの推察を耳にしたのか、魔神王は不敵に笑いました。凄む眼力に、私はブルッと背筋を震わせます。
彼の者の力を十全に理解できなくとも、本能が目の前に居座る異常性を感じ取り、警鐘を鳴らしていました。逃げろ、と。
嘘でもハッタリでもなく、私たちを物理的に捻り潰してしまうくらい、彼にとっては造作もないのです。
態度を改め、小さく挙手します。
「はい、質問よろしいでしょうか」
「は?」
魔神王は不快そうに眉根をひそめたものの、一拍のちには興味を失い、ゆったりと背もたれに寄りかかります。
「何だ、小娘。言ってみろ」
殺す価値もないと嘲笑しながらも、一応話は聞いてもらえるようです。
それではまず、状況の把握と整理から。
「ここは魔神王様のお城で、私たちはそこに潜入した賊だと疑われ、こうして捕まっている、と。そういうことでよろしいでしょうか?」
「はん、惚けたふりして何を当然のことを聞いている? それが目的で侵入してきたのだろう?」
「えっと……」
話が進まないので、とりあえず否定しないでおきます。
「それで捕虜である私たちには、具体的にどのような罰則が科せられるのでしょう?」
すぐに殺されないということは、何らかの利用価値があるということ。
情報を吐かせたいのか、はたまた死ぬまで肉体労働をさせたいのか。その内容によって身の振り方が変わってきます。
即ち、危険を顧みず今すぐ逃げるか、苦境に喘ぎながらもチャンスを覗うか。
「馬鹿を言え、貴様らのような先兵など捨て駒だ。拷問してまで引き出す情報などない。枝のような細腕でこなせる労働など、この城には存在するわけあるか。かえって他の者の邪魔になろう」
「では、おいしくいただかれてしまうとか?」
「愚弄する気か、小娘? これでも元人間だぞ、喰って堪るか」
「おや?」
少々イメージとの齟齬が生まれ、首を傾いでしまいます。
「王たる者の矜持か、彼は人食を好まないようですね」
「やろうと思えばできるわけね……」
危険性に変わりはありません。しかし、そうなると魔神王の狙いは何でしょう?
拷問ではなく、
労働でもなく、
喰うでもない。
ならば、彼は一体私たちに何をさせようというのでしょうか。
「分かっていて言っていませんか、アルル様?」
「いいえ、さっぱり」
清々しい真顔を貼り付けて、きっぱりと首を横に振ってやります。
そんな私を疑わしげに見やりつつ、リンネさんは仕方なく口を開きます。
「屈強な怪物どもの城に囚われた若い女人の末路など決まっています。連中の慰みものです」
まあ、そうなるでしょうね。
「今この場で舌を噛み切ってしまおうかしら……」
「奇遇ですね、わたしも同じことを考えていました」
「えっ、止めてくれないの?」
早まるな、きっと助けは来るから! というセリフが欲しい場面です。
「根拠のない励ましに意味などありません。助けが来る当てなどないのですから」
「女神様に仕える神官がそれを言うの?」
「神官故に言うのです。魔の王と交わるなど、屈辱の極みではありませんか……っ」
変化の乏しい表情の中に、激しい嫌悪と不快感が見て取れます。リンネさんは、神に捧げた我が身が穢されることを何よりも恐れていました。
膨れ上がる彼女の猜疑心を、しかし魔神王は一笑に伏しました。
「男を知らん生娘など、ぎゃんぎゃん喚くばかりで相手する気にもなれん。まずはスライムを使って事切れるまで調教してやろう。かろうじて生を繋ぐことがあれば、我自ら孕ませてやることもあるかもなあ。くはははははっ!」
「……ほほう?」
なるほど、スライムですか。理解しました。
高笑いする魔神王の前にしずしずと歩み出て、私は進言します。
「そういうのは私ではなく、リンネさんの方が得意かと」
「わたしを売るとは何事ですか、アルル様!?」
「だってリンネさん、スライムとかお好きでしょう? 食べてしまうくらいに」
「好みの問題ではありません。食していたのは生きていくため仕方なくです!」
絶対強者を前にして繰り広げられる、醜い足の引っ張り合い。これもまた賢き冒険者の生き様なのでした。