1 捕まってしまいました
四章開幕です。あらすじを少し。
街の地下水道に現れた巨大スライムの謎を追って、調査を開始したアルルとリンネ。水路に開けられたトンネルを見つけ、何者かの陰謀が見え隠れする中、紆余曲折の末調査を続行することに。
その先で二人を待ち受けていたのは、強大な力を有する牡牛の怪物。二人は為すすべなく、捕らえられてしまうのであった。
それでは続きをお楽しみください。
捕まってしまいました。ええ、実にあっさりと。あっけなく。
辺境出身の見習い冒険者では、強力無比な怪物相手に太刀打ちできるはずがないのです。
ため息……。
私たちは今仲良く二人並んで、煌々と燃え盛る松明に照らされた石造りの大広間で、粛々と跪かされていました。
こういった石造りの建物にはあまり縁がなく、物珍しさもあってついつい辺りを見回してしまいます。
「何を暢気な」
興味津々にはしゃぐ私を見かねて、隣でリンネさんが呆れたように嘆息します。
「だって、他にやることがなくて」
ひとまず二人とも五体満足。無事といえば無事でしたが、固い石床に跪かされて早数十分です。いい加減足が痺れてきました。
少しでも気を紛れさせていないと、どうにも堪えられそうになく。
ちなみに、拘束はされていません。見た目に反さず、牡牛の怪物は細かな手作業が苦手だったようです。
今すぐ立ち上がって、どこへともなく走り出すことは可能でした。
ただし、
「ヴオオ……」
背後で唸り声を上げる怪物をどうにかできればの話ですが。
無理です。ふしゅー、ふしゅー、と荒い鼻息を聞いているだけで背筋が凍ります。
これと接敵した直後のこと。牡牛の怪物は、私とリンネさんに手を下すことはなく。予想外にも脇に抱えて、そのまま走り出したのでした。
ことのあまり気絶していた時間を差し引いても、かなり長いこと走り続けていたように思います。
ほとんど視界の利かない洞窟の中、飛ぶように岩壁が後ろへと流れていき、正直自分がどのあたりにいるのか、まるで分からなくなってしまいました。
もしかしたら、国の外まで連れ出されてしまったのかも知れません。
華奢な乙女とはいえ、人間二人を軽々持ち上げるほどの怪力。
その丸太のような剛腕の先に握られているのは、巨大な鉄斧。刃こぼれした切っ先のところどころが、どす黒い血で汚れています。
怒気に塗り固められた強面が、「下手に逃げ出そうものならその場で真っ二つしてくれるわ!」と雄弁に物語っています。
「後ろのこれは、ミノタウロス。知能と引き換えに並外れた怪力を獲得した怪物です。非常に強力な上個体数も多く、こいつを討伐することができれば、冒険者として一人前と認められるくらい箔がつきます」
私も名前くらいは知っていましたが、話を聞くのと目の前で対峙するのとでは訳が違います。なるほど、噂に違わぬとてつもない怪物です。
「剣士の少年を殺したのは、こいつに違いないでしょう。四足になれば、あのトンネルを抜けて街の地下水道へ入り込めますから」
リンネさんは、淡々と推論を結びます。
そうだとすると、クランさんは途方もない恐怖に襲われながら死んでいったのでしょう。今更ながら、彼の不幸を悼みます。新人冒険者が相手にして良い類の怪物ではありません。
しかし、どうでしょう。第二級冒険者たるリンネさんなら、どうにかできないでしょうか。
「無理です」
即答でした。
「なに情けないこと言って? あなた第二級でしょう? 冒険者の中で二番目に強いのでしょう?」
「等級は単純な強さを示しているわけでは……。どちらかというと、ギルドへの貢献度によって左右されてしまうもので」
珍しくも歯切れの悪い回答でした。まあ、悪戯に祭り上げられても困るという気持ち、分からなくもありません。
「無論倒せないわけではありませんが、手元の武器も満足な装備もなしというのは些か厳しいものがあります。あなた様を守りながらとなるとなおのこと、難儀な戦いになるでしょう」
あ、私がお荷物なのか。
「何かいろいろとごめん」
譲り受けた"黒刀"は既に没収され、地下洞窟のどこかに捨てられてしまいました。接敵したあの瞬間、かっこばかりでもいいから抜いておけば良かったと悔やまれます。
「その場で握り潰されていたでしょうね」
リンネさんがぼそりと否定を口にして、いずれにせよ詰んでいたことが発覚しました。
「スライムみたく捕食できない?」
「わたしを何だと思っているのですか? あんな脳まで筋線維に置き換えたような生き物、筋張っていてとても食べられたものではありません」
「脳まで筋線維……ふふ」
その表現はあながち間違いでもないように思えます。
背後で仁王立ちするミノタウロスは、斧でもって逃亡を牽制するものの、それ以外は無関心というか。こうして捕虜同士が身を寄せ合い、不穏な会話をしようとお構いなし。
ある種強固なまでのその姿勢には、何か別の者の意図を感じます。
「さすがアルル様。鋭い洞察です」
「それじゃあやっぱり?」
「ええ。彼の者は、何者かからの命令を受けているとみて間違いないでしょう。番人として侵入者を捕らえはするものの、それ以上は手を出せない。そうでなければ、接触した時点で死んでいました」
そうなる未来は容易に想像できました。むしろ、そうなっていない今の状況こそが不思議なのです。
命はある。しかし、とても助かったとは思えません。
凶暴な怪物を言葉一つで従えるその人物とは、果たして何者なのか。トンネルのことといい、一連の事件を裏で操るその人が、私たちのすぐ近くにいるのかも知れません。
「強力な怪物を従え、石造りの古城に潜む主とくれば、大方予想はつきます」
「……それって、まさか」
リンネさんの静かな声色に触発され、私の頭にもとある可能性が閃きます。
背筋が凍るほど恐ろしい推考を重ねているうちに、ご本人の登場です。
「番人が地下で侵入者を捕まえたとのことだったが。なるほど、そいつらか」
実に堂々たる発声とともに現れたのは、若々しい顔立ちに黒づくめの風貌の青年でした。